2024/2025シーズン2作目も新制作、原語上演日本初演の快挙
新国立劇場オペラ2024/2025年シーズン2作目の新演出は、イタリアの作曲家ジョアキーノ・ロッシーニ(1792―1868)が1829年にパリ・オペラ座で世界初演した『ウィリアム・テル』(仏語の正式名は『ギヨーム・テル』)。11月20日に幕を開けた。日本で全曲が舞台にかかるのは、1983年10月の藤沢市民オペラ(神奈川県)による日本語上演以来41年ぶりという。序曲だけが突出して有名で、全曲はめったに上演されない実態には、はっきりとした理由がある。恐ろしく長大で、入り組んでいるのだ。
ヴェルディやワーグナーらを先取りした総合芸術の難物に挑む!
オペラはドイツの劇作家シラーの戯曲『ヴィルヘルム・テル』を原作として、14世紀スイスの愛国者テルがハプスブルク家の圧政に敢然と立ち向かう物語に、盟友アルノルドとハプスブルクの皇女マティルドの「道ならぬ恋」やバレエ場面を追加したものだ。ドイツ文学とイタリアのオペラセリア(シリアスな歌劇)様式、フランス語のグランドオペラ台本が渾然一体で総力戦の様相は、後の時代のヴェルディやワーグナーらを先取りした総合芸術の難物といえる。今回の上演に接し、ロッシーニがこれを最後にオペラの作曲をやめ美食三昧の「長すぎる老後」生活に入った背景にも、何となく察しがついた。
ヤニス・コッコス演出。グランドオペラに欠かせないバレエもモダンに
演出と美術、衣装を手がけたヤニス・コッコスは1944年にギリシャのアテネで生まれ、パリのコメディー・フランセーズの舞台美術家として頭角を現した後、1987年にオペラの演出を始めた。「抽象的で普遍の森」を意図した舞台装置の中で男女の様々な階層や敵味方で細かく設定が変わる合唱の動きを思い切って図式化、村娘たちの素朴な民族風衣装の一方で独裁者の尖兵に黒ヘルメットを着用させるなど、あえて様式を統一せず、ストーリー展開に沿ったキャラクターの描出に徹した。激しい闘争シーンを避け、抑制と戯画的処理を尊重したのは現在、世界のあちこちで悪化している紛争への連想を最小限に抑える配慮だろう。人間が昔も今も争いに明け暮れる愚かさへの警告は、幕切れにガザ地区の爆撃廃墟と思われる画像を背後で映すにとどめた。グランドオペラに欠かせないバレエでも、ナタリー・ヴァン・パリスの振付に古典の要素は少なくモダンだ。
歌手陣も持てる力を存分に発揮。入魂の演技で魅了
いわば「観る者に優しい」視覚の中で、キャストは持てる力を存分に発揮した。題名役(テル)のアルバニア人バリトン、ゲジム・ミシュケタは同じ劇場で2022年に『ラ・トラヴィアータ』(ヴェルディ)の父ジェルモンを演じた際に比べ声の威力だけで押す傾向が収まり、はるかに内面まで踏み込んだ歌と演技で魅了した。メルクタールのアメリカ人テノール、ルネ・バルベラも過去に『セビリアの理髪師』(2020年)、『チェネレントラ』(2021年)とロッシーニのオペラブッファ(喜歌劇)2作品で出演しているが、セリアは今回が初めて。どこまでも伸びる高音と密度の濃い声が愛と正義の谷間で揺れるキャラクターを巧みに描く。その恋の相手である皇女マティルドのロシア人ソプラノ、オルガ・ペレチャッコは2017年に『ランメルモールのルチア』(ドニゼッティ)題名役をここで歌った時に比べて声が細くなり、ヴィブラートも大きくかかるので心配したが、時間とともに安定度を増し、第3幕から4幕にかけての見せ場を渾身の演技で乗り切った。
日本人ではまず、テルの妻エドヴィージュの齊藤純子(メゾソプラノ)の美声とフランス在住ならではの自然な発音に感心した。夫妻の息子ジェミを演じた安井陽子は日本内外で『魔笛』(モーツァルト)の「夜の女王」を歌うハイソプラノだが、健気で意思の強い少年役に新境地を披露。悪の権化ジェスレルの妻屋秀和(バス)、テルの相棒ヴァルテル・フュルストの須藤慎吾(バリトン)らの存在感も確かだった。
大野芸術監督の独自の解釈が光る指揮、合唱の確かな力量にも大きな拍手
新国立劇場合唱団(合唱指揮=冨平恭平)はフランス語歌唱においても、いつもの傑出した力量を保った。新国立劇場オペラ芸術監督の大野和士はロッシーニのファンが慣れ親しんだ流儀の指揮ではなかったが、ヴェルディやワーグナーのルーツとして存在する異形(いぎょう)の大作という視点に立ち、「桂冠指揮者」の称号を持つ東京フィルハーモニー交響楽団から柔らかく味わいに富む響きを引き出し、歌を巧みに支えた。11月30日まで上演。
(11月20日 新国立劇場オペラパレス)
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