愛らしく、ユーモラス。そして妖しい異世界空間への誘い
日本画のような巧みな筆さばきで、化け猫や妖怪、想像上の生き物を、活き活きと描き出す「絵描き」、石黒亜矢子(1973–)。
その豊かな想像力から生み出される生き物たちは、鮮やかな色彩の迫力のある容姿に、どこかコミカルな愛らしさをたたえ、同時に「ばけもの」としての怖さも備えて、見る者を魅了する。
その人気は、多くの絵本作品のほか、小説の挿絵や装画、展覧会や企業とのコラボレーション作品まで展開し、活動は多岐にわたる。
国内外で個展も多く開催されてきたが、初の大規模個展「石黒亜矢子展 ばけものぞろぞろ ばけねこぞろぞろ」が世田谷文学館で開催中だ。
最新作の絵本『ねこまたごよみ』をはじめ、『いもうとかいぎ』『えとえとがっせん』『どっせい! ねこまたずもう』などの原画を中心に、画業の最初期の妖怪絵や、描きおろしの新作約20点を含む500余点が一堂に会する。
ぬいぐるみ作家・今井昌代との特別展示や、雅太郎玩具店による新作も会場を彩り、妖しくも楽しい、あやかしの世界が展開している。
特別展「運慶」のために描かれた《龍燈鬼》と《天燈鬼》に導かれ、提灯の点るやぐらをくぐり、会場はまさに「異界神社の祭り」への誘いとなる
会場は、絵本原画の間に、「干支と相撲」「奇想の動物たち」「百鬼夜行」「UMA/未確認生物」などのテーマごとに絵画作品がちりばめられて、石黒のイマジネーションの奥行きを魅せる。
はじまりは、最新作絵本の『ねこまたごよみ』から。
愛猫家で知られる石黒のあやかしには、化け猫をはじめ、猫から発想されたものが多い。こちらも尾が二股になった化け猫の五つ子ちゃん家族の一年間を追う物語だ。「猫の日」(2月22日)のある2月から始まる彼らの一年は、各月が見開きに緻密に描かれて、それぞれの猫たちのしぐさや表情を追うだけでも、見ごたえ、読みごたえたっぷり。
こうした猫は、さまざまな特徴を持つあやかしとしても描かれる。それらは、日本の伝統的な絵画に着想を得たものから彼女のオリジナルまで、バラエティ豊かに絵画化されている。
身体から鉱物を生み出す猫の妖怪
『いもうとかいぎ』は、妖怪ならぬ、妖精のてふちゃん(てふてふ=蝶々)が、何かとおねえさん風を吹かす“ねえね”をぎゃふんと言わせるため、“いもうと”たちを集めた会議を開く物語。果たしてその計画と結末は……?
ネコ目とネコ耳を持つかわいらしい妖精の顛末は、雅太郎玩具店によるキャラクター人形とともに展示され、ホッコリする。
右の愛らしいぬいぐるみは雅太郎玩具店とのコラボレーションで生まれた新作
「干支と相撲」では、十二支に選ばれなかった動物たちと干支の動物たちの合戦という奇想天外なアクションコメディ絵本『えとえとがっせん』の原画や、十二支をそれぞれに描いた絵画作品、横綱にゃんこのやまの無敗神話を崩すべく100年に一度の大相撲大会に挑むさまざまな妖怪たちを描く『どっせい! ねこまたずもう』の原画を追う。
絵巻物《十二類絵巻》に着想を得たという
『えとえとがっせん』の原画とともに、精緻な下絵にも注目
自分の干支がどんな絵になっているか確認しよう! 持って帰りたくなる
どちらの絵本も強者に挑み、既存の価値をひっくり返すことを試みる視点が心地よい。殊に「ねこまたずもう」の掛け声「どっせい!」は秀逸。思わず声にしたくなる。
展示される壁に躍る文字も、音(声)が聞こえてきそうで楽しい
ぬいぐるみ作家・今井昌代とのコラボレーションによる特別展示は、小さな家のなかに石黒の絵と今井の人形が配される。ふたりの異なる雰囲気が融合した空間は可能な限り近寄ってのぞき込んでみたい。
ファンシーな今井の人形と、石黒の“妖しかわいい”風情が独特の空間を創る
本展のメインイメージともなっている《地獄十王図》は新作。
日本美術でおなじみの閻魔大王をはじめとする十王と地獄の情景は、石黒お得意の猫又たちで表される。猫又王たちが手にする小物まで細やかに描き変えられて、恐ろしくも楽しい地獄絵図だ。
「奇想の動物たち」「UMA/未確認生物」では、まさに石黒の遊び心と想像力が全開している。
幻獣や伝説・物語、星座や古典的な図から現代の話題まで、古今東西の多様な要素を援用しつつ、どこか親しみやすい独創的な生き物を生み出している。それは、奇妙で恐ろしく、そして楽しく、ときに荘厳で美しくすらある。
右:宮沢賢治「星めぐりの歌」シリーズ 展示風景から
自由で大胆な発想が全開。お気に入りを探して
四虎は尻尾でつながって円を描く。『ちびくろサンボ』のバターになったトラからイメージしたそうだ
右:《麒麟図》2016年 ©Ayako Ishiguro(展示から)
美しく勇壮な麒麟の姿にうっとり
UMA(未確認生物)への関心からは、絵本『つちんこ つっちゃん』も生まれている。
ぴいこちゃんが学校の帰りに拾ってきたヘンな生き物。洗ってみたらなんと幻の「つちのこ」だった! パパ、ママ、ねことともにお世話を始めることに……。
雑誌に掲載された「つちのこの飼育の仕方」の下絵もパネルで紹介され、夢が広がる。
そして、妖怪といえば、「百鬼夜行」は欠かせない。
「おろろん」とは百鬼夜行のこと。絵本『おろろん おろろん』では、赤い月夜にパレードに出かけた大人たちを真似て、留守番の子ども妖怪たちが自分たちも「おろろん」を始める物語。
古来描かれてきた「百鬼夜行絵巻」を彷彿とさせながらも、キュートなちびっこ妖怪たちの百鬼夜行には悩殺される。
右:展示風景から
他の動物たちも唐獅子をはじめ、狐や狸、ラッコから半魚人まで。カラフルに、賑やかに壁を彩っている。
ちなみに猫愛のほか、石黒は爬虫類好きでもあるそうだ。あちこちにその片鱗を見つけてみたい。
獅子舞図から狐や狸の妖怪たちが並ぶ
左:「獅子舞図」は、香港のカンフー映画に着想を得たという新作
右:動物たちの妖怪はどこかユーモラス
こうした石黒の作画は、やはり妖怪絵から始まっているようだ。
江戸後期の絵師・曾我蕭白(そがしょうはく)や、幕末から明治に活躍した絵師・河鍋暁斎(かわなべきょうさい)の作品に出逢った時、「自由に描いていいんだ」と、それまで自身を縛っていたものから解放されたという石黒の、初期の貴重な白描画は、発想のみならず、彼らの巧みな描法からも影響を受けたことを感じさせるだろう。
やはり精緻な筆を感じさせる絵本『九つの星』は、彗星との衝突で弾けた9つの星のかけらを追って旅をする子供たちの物語で、石黒が長い間大切に温めてきた構想だという。それぞれの星の挿絵には、対応する鉱物がともに展示され、その想いが伝わってくる。
右:『九つの星』(URESICA 2019年)展示風景から
精緻な線に確実な画力を感じる
石津ちひろとの共作『こねこの きょうだい かぞえうた』は、かわいい3匹の子ねこたちが「おやつ」「おふろ」「おやすみ」のテーマで過ごす一日から、数を覚えるシリーズ本になっている。子ねこたちの表情に注目。
右:展示風景から
最後には石黒がこよなく愛する猫たちが多様に、多彩に、変化(へんげ)した「化け猫」たちが大集合!
『ばけねこぞろぞろ』の原画をはじめ、古今東西、さまざまな姿態、装いの妖猫たちがまさに「ぞろぞろ」。化け猫、百花繚乱だ。
そこには、阿吽(あうん)像や菩薩像まで、どこかで見たことがあるような、それでいて独特の魅力を放つ作品も光る。
ユニークで、愛らしく、美しくて、ちょっぴり怖い。
石黒が紡ぎ出す、愛さずにはいられない魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちが跋扈(ばっこ)する極彩色の異世界空間で、ぜひ現世の猛暑を忘れるひとときを!
展覧会概要
「石黒亜矢子展 ばけものぞろぞろ ばけねこぞろぞろ」 世田谷文学館
開催内容の変更や入場制限を行う場合がありますので、必ず事前に展覧会公式ホームページでご確認ください。
世田谷文学館 2階展示室
会 期: 2023年4月29日(土・祝)~9月3日(日)
開場時間:10:00‐18:00
※入場およびミュージアムショップは閉館の30分前まで
休 館 日:月曜日 ただし月曜が祝日の場合は開館、翌平日休館
観 覧 料:一般1,000円、65歳以上・大学・高校生600円、小・中学生300円
障害者手帳持参者500円(ただし大学生以下は無料)
問 合 せ:03-5374-9111
公式サイト https://www.setabun.or.jp/