東京都写真美術館で写真展「本橋成一とロベール・ドアノー 交差する物語」が開催され、日本とフランスの写真家に通じ合うヒューマニズムとその親和性が共感を呼んでいる。
6月30日、同館ホールにて、本橋成一とアーティストの奈良美智とのトークショーが開催された。奈良は本橋が画家の丸木位里と俊夫妻を撮影した写真集『位里と俊』(2017年、オフィスエム)に「ふたりの画家とひとりの写真家、とぼくたち」と題したテキストを寄稿している。そして今回の展覧会では本橋が奈良の制作風景を撮影した新作が出品されるなど、互いに親睦を深めており、対談中二人とも笑顔がたえなかった。
司会 奈良さんは、この展覧会をご覧になって、いかがでしたでしょうか?
奈良 どの写真も、時代が持っている強さみたいなものがあって。それは生命力だったり現代社会にないものが、庶民の間に漂っている感じ。かつて自分が子どもの頃、どんだけ走っても走り続けられていたバッテリー満タンみたいな感じを思い出すことができて、そういう写真群にかこまれて、リフレッシュされました。
本橋 奈良さんとおつきあいさせてもらって、そんなに長くないんですけど、なにかとっても新鮮なんです。彼の絵画はぼくにとって、とても新鮮なんです。
司会 丸木位里さんと俊さんの写真を撮影されたときのことをお話しいただけますか?
本橋 丸木ご夫婦のおかしさは何だろうっていうのが撮るきっかけだったんです。お二人が生き生きと絵を描かれている日常は、「原爆の図」の丸木位里と俊ではなく、いつもおかしな夫婦で、その写真を奈良さんがとてもほめてくださったので、すっかりぼくは奈良さんと友達になった気になってしまって。
奈良 お二人が絵を描いているのを、隣近所の人たちが見に来ているんですよね。
本橋 なんか自由なんですよね。
奈良 二人のそばにいる人がいっぱい写っていて、その誰かの間から見ている感じ。現場の空気感が伝わってくる、それを一番感じました。
本橋さんとはじめて会ったときに、サハリンに行った話をしたんです。「何で?」と聞かれて、ぼくのおじいさんが炭坑夫だったと言ったら、「坑夫の血が流れているんだよね」って本橋さんが言われて、そのときぼくはひじょうにうれしかったんです。
司会 本橋さんは奈良さんのアトリエに2回ほど撮影に行かれたのですね?
本橋 たったの2回なんです……。ぼくは写真を撮るときに、ともかく面白いことを見つけるのが大好きなんですよ。撮影の1回目が終わって、ふとアトリエの天窓から朝日が入ってきたら、もっと面白くなるじゃないかと思った。どうしてももう1日来たくなって、また来ていいですかと聞いたら、「いいですよ」と。
2回目に行くと、奈良さんがごそごそ箱に絵の具や何やらを詰め込んでいるんです。それを見て、面白いなと思いまして。
奈良 自分も客観的に見て、あの写真は面白いなと思いました。
©本橋成一
本橋 でも一向に天窓から光が入ってこないんですよ。ちょっと2階へ行こうか、となって。2階の部屋には本棚があって、そこにいろんな人形や動物や、こけしも並んでいたり。1回シャッターを押すと癖になって、次々にいろんな人形を撮りたくなって。ぼくもこういうのが好きだから。
奈良 ぼくは知らない人に撮られるのが苦手で、大体断るんです。でも本橋さんが来たときは、絵の具とか並べたり、人形を見せたり、自然な感じですね。
司会 奈良さんご自身も写真を撮られていますね。
奈良 中学校1年生のときにカメラをもらってから、ずっと撮っていたんです。(スライドを見ながら)これはサハリンの少数民族の方を撮ったものですが、後で並べてみて、自分が何を見ていたのか確認して、「こういうことだったのか」と思うんです。
本橋 奈良さんの写真は面白いところがたくさんあって、本当に楽しいんですよ。
奈良 2014年から2018年までiPhoneで記録みたいに身の回りのものを撮って、2つを組み合わせていくのが好きで。1つだけだと、じつは個性のない写真かもしれない。でも2つで1つにして、後からで何で撮ったのかと考えてわかるのが好きです。自分は絵を通して構図とかそういう基礎訓練をしてきたんじゃないかなと思います。
本橋 じーっと見ていると面白い。なんか理由があるんですね。
奈良 偶然にシャッターを切っていて撮れている写真っていっぱいあるんですよ。でも偶然というのはじつはない、シャッターを切るのは必然なんです。自分が本来どういうことに興味があるのかとか、まったく違うものを並べても、その2つに共通する見えない奥のつながりを感じ取ることができるので面白い。
本橋 いい話ですね。ぼくも長い間写真ばかり撮っているけど、早くそういう話を聞いてたらよかったなあ。今からでも遅くないものね。写真を撮る人間は、そういう意識で撮り溜めていくのは本当は一番大事なことなんだよね。みんな何か完成させようとするけど。
奈良 完成をイメージして、それを撮りに行っている人もいるんです。そういうのはすぐわかっちゃって、テレビのコマーシャルの作り方を見ているみたいで面白くないです。脚本があるみたいな。それが壊れると何が出てくるかわからないから、全然ダメなときもあるかもしれないけど、何かすごいものができるかもしれない。
司会 今回の展覧会で、奈良さんが被写体の写真が3枚選ばれて展示されていることに、ご感想はありますか?
奈良 じつはその3枚の前だけ素通りしていまして。周りで見ている人たちに「あ、この写真の人だ」って気づかれると思った瞬間に、さっと移動してしまって。自分が写っているのはたいてい嫌いなんですけど、この絵の具を並べて考えているところとか、それは本当に自分っていいなって思いました(笑)。自分が人形の前にいてうれしそうに笑っているのも、これも自分なんだって。この2枚、自分でも好きです!
本橋 絵の具をあれほど考えて並べて置く絵描きの方ってはじめてですよ。ともかく何が始まるんだろうなって、撮り進めていかないと。
(2023年6月30日 東京都写真美術館1階ホールにて)
「本橋成一とロベール・ドアノー 交差する物語」
会場:東京都写真美術館 2階展示室
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
会期:2023年9月24日(日)まで 月曜休館(祝休日の場合は開館、翌平日休館)
開館時間:10:00~18:00(木・金曜日は20:00まで、図書室を除く)入館は閉館時間の30分前まで
※7月20日~8月31日の木・金曜日は21:00まで
観覧料:一般800円、学生640円、中高生・65歳以上400円 セット券割引他もあり
問い合わせ:03-3280-0099
「本橋成一とロベール・ドアノー 交差する物語」
東京都写真美術館編集 定価2,860円 平凡社刊
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