仏も鬼も人も花も愛おしい――棟方志功が彫った慈悲の美

別冊太陽|2023.10.11
文=別冊太陽編集部 バナー画像=制作中の棟方志功 1969~70 年 撮影=飯窪敏彦

生誕120年を迎えた世界的版画家・棟方志功。別冊太陽では、その生涯と画業を棟方の孫である石井頼子氏の文を中心に総合的に紹介している。
幼い頃より「絵馬鹿」と呼ばれるほど絵に夢中だった少年が、前途に見出した「板画」の道を極めていく。独自の芸術観を打ち立てた棟方は「板木を使った画(え)」という考えから、自らの作品を版画ではなく「板画(はんが)」と表記すると宣言したのであった。
棟方は森羅万象を慈しみ、衆生への敬虔な祈りをこめて数多の作品を生み出した。
ここでは、本誌に収録した作品群より、編集部が10点を選んで棟方芸術の魅力を語ってみる。

1. 大和し美し

倭建命(やまとたけるのみこと)一代記を全20点の場面で構成している。詩人の佐藤一英の長詩に絵を添えた版画絵巻というユニークなもの。昭和11年の国画会に出品したのだが、全長7メートルという長大な作品のため会場で展示を拒まれていたところ、通りかかった濱田庄司と柳宗悦が認めて出品できたという記念的な作品。柳との出会いで棟方は民藝という新しい思想の潮流に飛び込んだのであった。

大和し美し(やまとしうるわし) 全20点のうち1点《倭建命(やまとたけるのみこと)》 1936年 青森県立美術館蔵

2. 華厳譜より《風神》

この風神の疾走感! 髪をなびかせ、激流みたいな風の中を走る姿は、突き出した手にハンドルを持たせたらスピード狂の青年という感じ。この神様は「華厳譜」という作品の一部分で、全体像は、棟方ならではの解釈で華厳経の密教的な諸仏諸神を左右一対に組んだ曼荼羅世界を形づくっている。《風神》は、黒く太く大胆に削り取られた模様のような線が強烈なインパクトを与えた画期的な作品。

華厳譜(けごんふ) 全23点のうち1点《風神》 1936年 棟方志功記念館蔵

3. なめとこ山の熊版畫

宮沢賢治の童話「なめとこ山の熊」の文を彫り出して絵を添えて画巻に仕立てようとしたものという。「なめとこ山(やま)の熊(くま)のことならおもしろい。」と、漢字にルビも振られて、子供にも読みやすくしていたといえる。熊たちがコロコロした犬のようでかわいい。物語は熊狩の身を因果と嘆く猟師小十郎が、年老いて冬の山中に倒れ、熊の群れに看取られて死ぬというというもので、孤独だった小十郎の人生に慈愛の光を照らす作者の目線が感じられる。

なめとこ山の熊版畫 全22点のうち1点 1937年 個人蔵 撮影=市瀬真似

4. 二菩薩釈迦十大弟子

棟方の名声を世界的に高めた代表作。棟方は自伝『私の履歴書』の中で、「手元に丁度六枚の板がありまして、曲がったり端が欠けているような板でしたが、わたくしはこの表裏に釈迦十大弟子を彫ろうと決めました」と語っているが、制約のある細長い板だったとはわからないほど、12体の仏や菩薩が説法したり思案したりしている姿は自由闊達で、無限大にイマジネーションが膨らんでいくのである。

二菩薩釈迦十大弟子 全12点 1939年 日本民藝館蔵

5. 遺憾なことにの柵

これは陶芸家の河井寛次郎が寄せた「華厳譜」の賛辞に感激した棟方が、その言葉を板画にしたもの。河井の「遺憾なことに、真当のものは大抵は痛ましい中から生れるものだ。君もそういう籤(くじ)を引いた一人なのだ」という文章に、棟方は自分の本質を見抜いた師に対して震えたことだろう。棟方に美的指導を与え、作家として目指す境地が一致した河井に出会えた奇跡への感謝がこの一枚に込められている。

遺憾なことにの柵 1944年

6. 御群鯉図 

倉敷の実業家・大原總一郎も棟方を支援し続けた盟友。旧大原邸に遺された「御群鯉図(おんぐんりず)」は、總一郎が父・孫三郎の還暦のお祝いに棟方に制作を依頼した襖絵。15面の襖に64匹の鯉が描かれている。大原家はそれまで画家を招き入れて絵を描かせたことはなかったというが、以来、棟方は毎年のように大原家を訪ねて豊かな作品を作っている。本作品は通常は非公開。今回特別に撮影を許可され、本誌で掲載がかなった。

御群鯉図(おんぐんりず) 1940年頃 個人蔵

7. 鐘渓頌より《倭桜》

黒い身体に白い線で腕や足などの輪郭を彫り込む棟方独特の表現は、この作品から始まった。本作は京都・五条坂にある河井寛次郎の「鐘渓窯」の名を冠して感謝の意をこめたもの。此岸から中岸を経て彼岸に達するまでの道程を24体の像で表現した。《倭桜(やまとざくら)》の女性像の豊満な肢体と愛らしい顔立ちは、棟方が生んだ美の化身の代表格といえよう。

鐘渓頌(しょうけいしょう) 全24点のうち1点《倭桜》(やまとざくら) 1945年 雪梁舎美術館蔵

8. 鍵板画柵より《大首の柵》

谷崎潤一郎のベストセラー小説「鍵」に、棟方の挿絵を入れたことで大いに評判をとった記念碑的作品。板画の白と黒の対比が印刷に映えるように工夫され、人物の背景の暗部と女性の肌の白さが際立っている。《大首の柵》はヒロインの太い眉と大きな目が黒曜石のように強靭で、輪郭の曲線は餅のように柔らかい印象だ。谷崎の好みのタイプの女性像であることはまちがいない。

鍵板画柵 全59点のうち1点《大首の柵》 1956年 青森県立美術館蔵

9. 基督の柵

柳宗悦の宗教哲学論考を研究する東京大学名誉教授・松井健氏が注目した作品が棟方の「基督の柵」。柳25歳のときの論文の中で、キリストの像を描くならばその周囲に「絢爛たる光」を放つようにしたいと記しているが、それから40年後に棟方が「茶掛十二ケ月板画柵 十二月」の基督像を披露すると、柳はそのキリストの相貌に長年のイメージの結実を見て感動した。柳は表具に「絢爛たる光」を装案して5点も軸装した。いずれも本誌に掲載したのでご覧いただきたい。

「基督の柵」(「茶掛十二ケ月版画柵 基督 十二月」 装案・柳宗悦 1956 日本民藝館蔵

10. 捨身飼虎の柵

棟方の最晩年を飾る作品。釈迦の前世の物語の場面で、飢えた母虎と7匹の子虎を哀れに思い、自ら餌食となるために身を投げた釈迦と、それを見守る菩薩たちが板画に彫られている。棟方の父親の50回忌の年に制作されていることからも、画中の釈迦の慈悲心をすべての生きとし生けるものへの尊厳として深く同意しながら天に捧げた作品であると想像する。

捨身飼虎(しゃしんしこ)の柵 1974年 棟方志功記念館

棟方志功
仏も鬼も人も花も愛おしい

別冊太陽編集部 編(平凡社)
定価=2860円(10%税込)

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時代を超越したアクティブなアーティストとしての人物像を生涯を通して紹介し、「世界のムナカタ」になるまでの画業の変遷をたどる。

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