初日拝見!新国立劇場『アイーダ』、芸術への想いが結晶。開場25周年に〈勝利の凱旋〉

カルチャー|2023.4.13
文=岸 純信 (オペラ研究家・大阪大学非常勤講師)| 撮影=堀田力丸 提供:新国立劇場

豪華歴史絵巻、5年ぶりの再演。 初演時の静かなドラマに思いを馳せる

 新国立劇場の開場記念公演として、1998年にジュゼッペ・ヴェルディの『アイーダ』が披露されたとき、有名な〈凱旋の場〉の煌びやかさに目を奪われた。しかし、それと同じぐらい強烈に記憶に残ったのが、ある邦人歌手の熱唱であった。
 それは武将ラダメス役のテノール、水口聡。東洋人離れした太い声音が、最高音域までたっぷり響き渡るさまには畏れ入った。「この声には、競演する外来テノールの大スター、ホセ・クーラも一目置くに違いない」と思えたものだ。ちなみに、その10年後、ある席上で水口さんとお話しする機会があったが、ご本人はいたって謙虚に答えて下さった。
 「公演監督の五十嵐喜芳先生が、私のことをたまたま耳にされたようで、ヨーロッパで舞台をご覧になった後、劇場の楽屋まで訪ねて来て下さったんです」
 淡々と語られたその姿を筆者は今も忘れずにいる。「熱い舞台の裏には必ず、静かなドラマがある」と感じ入った。

演出・美術・衣裳は今年、生誕100年の巨匠ゼッフィレッリ。現在、劇場オープンスペースで、初台アート・ロフト『時空をこえて ―Across Time and Space―』展を開催。『アイーダ』の衣裳や初演時のポスター、ゼッフィレッリのリハーサル風景写真などを展示中

“あるべき要素をすべて描く” ゼッフィレッリの粋を極めた演出

 この『アイーダ』は、フランコ・ゼッフィレッリの粋を極めたステージング。巨匠の権威と見識あっての産物なのだ。彼は「あるべき要素をすべて描く」演出家なので、群衆シーンでは隅々まで人が満ち溢れ、大道具や衣裳、小道具ひとつにも「正当性」が追究される。オリエント学の権威であらせられた三笠宮さまも「考古学的にもこれだけ正しい『アイーダ』は観たことがない」と仰ったそうだが、演出の厳しい要求を劇場側がとことん叶えたからこそ、この舞台は変わらぬ感動を呼び起こせるのだろう。
 だから、再演されるたび、こんな声を耳にしたものだ「当初の予算より、ゼロが一つ多くなったそうですね」。ことの真偽はさておき、観る人がそう口にしたくなるほどの絢爛豪華さは疑うべくもない。また、大勢の出演者(およそ300人とのこと)や莫大な費用を投じてこそ伝わる「作品の凄み」がある、そう認識した人も多いだろう。

第1幕より、ラダメス(ロベルト・アロニカ)、アイーダ(セレーナ・ファルノッキア)
第2幕より、王女アムネリス(アイリーン・ロバーツ)とアイーダのラダメスをめぐる丁々発止のやりとりも大きな見どころ

馬やバレエを重ねて打ち出す〈凱旋の場〉は瀑布の勢い

 このプロダクションがかかるたび、筆者は必ず観劇し、批評やレポートを書いてきたが、今回、より強く感じとったのは、「重ねて打ち出すインパクト」。〈凱旋の場〉で、ゼッフィレッリは馬を出すが、ステージ上手から一頭が駆けてきたと思ったら、考え抜かれたタイミングのもと、もう一頭が遅れて現れ、二頭で颯爽と下手に去ってゆく。その「絶妙な時間差」が客席を釘付けにする。
 また、同じ場景内のバレエ(振付:石井清子)も豪奢の極み。僅か4分ほどのシーンながら、大勢のダンサー(東京シティ・バレエ団)が3群に分かれ、これまた絶妙な時間差で次々と登場。その模様には瀑布の勢いを連想した。流れを緻密に測り、「これでもか!」と繰り出すその潔さも迫力の源なのである。

圧巻の〈凱旋の場〉。ダンサーにも惜しみない拍手が贈られた

名匠リッツィの指揮のもと、終盤の熱唱で心情を見事に表出

 音楽面では名匠カルロ・リッツィの棒にまず注目。驚くほどきびきびと運んだが(東京フィルハーモニー交響楽団と新国立劇場合唱団の集中力も高い)、感情表現の頂点――第3幕でアモナズロ(バリトン、須藤慎吾が熱唱)がアイーダ(ソプラノ、セレーナ・ファルノッキアがひたむきに歌う)に自己犠牲を強いるくだり、第4幕でアムネリス(メゾソプラノのアイリーン・ロバーツが気高く表現)が神官を呪うさま――は思いのほか粛々と進めて著しい緊張感を表出。ラダメス役のテノール、ロベルト・アロニカが徐々に調子を上げ、後半の歌い回しに剛毅さが増した点も特筆しておきたい。

第3幕、エチオピア王アモナズロ(須藤慎吾)が娘アイーダに恋人を裏切るよう迫る
ナイル川の岸辺で再会するラダメスとアイーダ。最終幕(第4幕)でアムネリスは、祖国を裏切ったラダメスを救おうとするが拒絶され、狂乱
最後は静かにラダメスの冥福を祈るアムネリス。地下では恋人二人が結ばれる。二重舞台が効果を上げる名場面

新国立劇場オペラ 今後の公演

[新国立劇場 オペラパレス]
●開場25周年記念公演 『アイーダ』 ジュゼッペ・ヴェルディ
2023年4月21日まで上演中!

●『リゴレット』新制作 ジュゼッペ・ヴェルディ
2023年5月18日~6月3日
ヴェルディ中期の人気作『リゴレット』を新制作。遊び人マントヴァ公爵と公爵に媚びを売る道化師リゴレット、その娘で純粋なジルダの愛と悲劇の物語が、有名曲「女心の歌」「慕わしき人の名は」など数々の名アリアと重唱で綴られる。エミリオ・サージ演出のプロダクションは現代的な視点で登場人物の孤独にクローズアップ。
リゴレット役に名バリトンのフロンターリ、ヒロインのジルダに新世代のコロラトゥーラのスター、トロシャン、マントヴァ公爵にはヨーロッパの歌劇場を席巻するライジングスター、リヴァスが登場!

●開場25周年記念公演 『ラ・ボエーム』 ジャコモ・プッチーニ
2023年6月28日~7月8日
オペラ部門25周年記念公演の第3弾は、好きなオペラ・ランキングなどで常に上位の『ラ・ボエーム』。海外から伸び盛りのソプラノ歌手や国内実力派歌手が集結、指揮にはこのオペラを愛する大野和士芸術監督。また、新国立劇場オペラ初の有料ライブ配信も決定! 7月2日公演をライブ/オンデマンド配信(有料)。劇場に行けない方やお試しでオペラを観てみたい方はこの機会にぜひ!

配信日程:
①ライブ配信日:2023年7月2日14:00 ※終演後7月4日23:59まで見逃し配信あり
②オンデマンド配信期間:2023年7月16日10:00~8月12日22:00
配信チケット購入サイト・料金 :
チケットぴあPIA LIVE STREAM https://w.pia.jp/t/laboheme-pls/
① ライブ配信チケット:3,300円(税込)(日本語字幕)
② オンデマンド配信チケット:1,980円(税込)(日本語/英語字幕付)

[新国立劇場オペラ公演 『ボリス・ゴドゥノフ』無料映像配信中!]
『ボリス・ゴドゥノフ』(2022年11月17日上演)
9月24日19:00まで配信中
配信メディア:
・Opera Vision 公式サイト
(https://operavision.eu/performance/boris-godunov-0/)
・新国立劇場ウェブサイト内 新国デジタルシアター(https://www.nntt.jac.go.jp/stream/)


新国立劇場HP  https://www.nntt.jac.go.jp/
新国立劇場ボックスオフィス ☎03-5352-9999

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