造形作家の岡﨑乾二郎氏のサイトを覗いていたら、カンヴァスにアクリルで描かれた「ギョウギシバの根を魚は好き」という作品に出くわした。ギョウギシバとはご存じの方も多いだろうが、イネ科に属する多年草である。シバ属と混同されることが多いが、ギョウギシバ属である。私が気になったのは、ギョウギシバの根を好きな魚の話をどこかで読んだことがある、と思ったからだ。
作品名には「(比目魚の形見)」と添えてある。比目魚(ひもくぎょ)とは、ヒラメやカレイのことであるが、もう一つ、別の意味がありそれは一つ目で、2匹ならんではじめて泳ぐことができる中国の伝説上の魚だという。またその泳ぐ姿から仲の良い夫婦のたとえとされている幻魚である。
『和漢三才図会』7巻,鰈の項目には、
『本草綱目』(鱗部、無鱗魚類、比目魚)に次のようにいう。鰈の状は牛の脾(ひ)および女人の鞋(くつ)の底のようである。細鱗で紫白色。二尾(ひき)が相合うてはじめて進むことができる。その合う処の半辺は平らで鱗はない。口は腹の下に近く、魚は各々一目で相並んで進んで行く。それで比目魚という。劉淵林(りゅうえんりん)はこれを王余魚としている。
これを著者の寺島良安は、「王余魚とは膾残魚(しろうお)である」と否定し、
両目はくっつくほど近寄っていて上を向いて相比(なら)んでいる。それで比目魚という。ところで、『本草綱目』には『爾雅』を引用して、鰈は一目で二匹が比(なら)ばなければ進めない。それで両方が相合うて始めて進んで行くことができるのである、と述べているが、誤りである。別にこういうのがあるのかどうかよくわからない。
としている。
ギョウギシバは海岸でも生育するがヒラメやカレイがギョウギシバの根を食べるため海からあがって、土のなかを潜るとは思えない。この幻魚の話をどこかで読んだのだろうとも思ったが、土のなかを泳ぐ魚がいることを思い出した。
日本では干潟に生息するハゼ科のムツゴロウなどを思い浮かべるむきもあろうが、水草なども食べる雑食性の肺魚がいる。南米、オーストラリアなどに生息しているが、よく知られているものはアフリカのプロトプテルス(属)である。アフリカ中央部からコンゴ共和国に分布しており、昔から現地の人々によって食べられている。プロトプテルスは乾季に水が干上がると泥に潜り繭をつくって休眠状態に入る「夏眠」と呼ばれる生態が知られている。実験では、なんと2年間も土のなかにいたことが確認されているらしい。コンゴのある村では土で家を作るが、雨季に大量の雨が降り続くと壁や天井から魚がはい出て、住民の食卓にならぶこともあるという。
調理としては土のなかで夏眠中のプロトプテルスを掘り出しその繭をむき、
茹でて食べる。参考動画
と、ここまできて一冊の本に思い当たった。アテナイオスの『食卓の賢人たち』である。さっそく覗いてみると、「魚奇談」のなかに
(ポリュビオスは『歴史』の第三四巻で、ピュレネ山脈を越えてガリアへ入ると、ナルボ川までは平原で、その平原の中をイッレベリス川とロスキュノス川が流れており、それぞれその川の名をもつ都市を貫流しているが、その都市の住民はケルト人だと言っている。(略)この平原に「掘り魚」と称される魚がいる。またこの平原は土地がやせていて、ぎょうぎしばがたくさん自生している。この草の下は砂地で、これを二、三ペキュス(一メートルから一メートル半)も掘ると、川から分れて流れている水にぶつかる。この水といっしょに魚も枝分れした流れに入り込んで、餌を求めて地下を泳いでいる(この魚たちはぎょうぎしばの根が好きなのだ)。その結果この平原中どこでも地下の魚がたくさんいることになり、人々は地面を掘っては捕っている。
ポリュビオスのいう「掘り魚」とはプロトプテルスのことなのであろうか。
参考文献
・岡﨑乾二郎 https://kenjirookazaki.com/jpn/works/2014-019
・寺崎留吉『寺崎日本植物図譜 第2版』平凡社,1977年
・『日本国語大辞典 第2版』小学館,2003年
・寺島良安、島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳訳注『和漢三才図会 7』平凡社,,1987年
・荒俣宏『世界大博物図鑑2 魚類』平凡社,1989年
・youtube動画「MudFish Digging(肺魚掘り)」
https://www.youtube.com/watch?v=KuEs5zYNHec
・アテナイオス、柳沼重剛編訳『食卓の賢人たち』岩波書店,1992年
*メインヴィジュアル:1857年 G.B.Sowerby The Aquarium 石版画 手彩色 プロトプテルス科 プロトプテルス属
「Popular History of The Aquarium of Marine and Fresh-Water Animals and Plants.」