小沼敏郎の『アイデアの育て方』-Classroom 4

カルチャー|2023.2.24
写真=松村隆史 文=宮崎謙士(みるきくよむ)

アイデアとは、別居婚ぐらいの 距離感で一緒に暮らす。

『アイデアの育て方』の著者であり、若きビジネスプロデューサーとして、政官財あらゆるジャンルや垣根を超えて活躍する小沼敏郎。彼が注目するアイデアの達人(or クリエイターの先人)のもとを訪れ、アイデアを育てる方法論について話を伺うクリエイティブ連載企画。第1回目は、コピーライターとして数々の名言を世に問う佐倉康彦。後編では、数々の言葉やアイデアを生み続けるその方法論について話を伺う。

佐倉康彦
株式会社ナカハタ代表取締役。クリエイティブディレクター・コピーライター・CMプランナー。TCC賞、ACC賞など受賞多数。代表作に、サントリー ザ・カクテルバー「愛だろ、愛っ。」、パーソルグループ「はたらいて、笑おう。」、リクルートエージェント「つぎの私は、プロとはじめる。」、日清食品「おいしいの、その先へ。」、イザック「大好きというのは、差別かも知れない。」、GUNZE BODY WILD「男のパンツの、広告してます。」他多数。現在は広告だけにとどまらず、ショートフィルムやプロダクト開発、シティプロモーションなども手がける。

人にアイデアを見せる のは、 パンツを下ろす行為に近い。

佐倉:小沼さんの『アイデアの育て方』を読ませていただきました。若い人やクリエイターに向けてとても丁寧に、アイデアを出すことに悩んでいる人たちに応えようとしてるんだなと強く感じたんですよね。

小沼:本を読んでくださった方々から、結構「勇気をもらいました」という声をいただきます。僕もビジネスプロデュースやブランド構築、クリエイティブプランニング など、あらゆるジャンルの仕事でアイデアを生業にしているんですけど、誰かを相手にアイデアを表に出すときは、やはり勇気がいります。佐倉さんのようなプロフェッショナルな方は、アイディアとこの勇気っていうテーマをどういうふうに考えていますか。

佐倉:いくら仕事やプロフェッショナルだからと取り繕ってみても、結局、自分が思いついたこアイデアを人に見せるっていうのは、パンツを下ろす行為に近いですよね(笑)。だからめちゃめちゃ根性がいると思うんですよ。

小沼:佐倉さんでも、不安がありますか。

佐倉:もちろん不安だし、「佐倉さんってこんなことしか考えてないのね」と思われるのも嫌だしね。

小沼:読者のなかには、クリエイターとして何か提案をするわけでもなく、ビジネスの会議の場で、思っていることを口に出す勇気がないという人も結構いるみたいで。

佐倉:大前提として、100%の自信をもってアイデアをさらけ出せるのって完全にヤバい奴でしょ(笑)。

小沼:これを読んだ人は、すごい勇気になるな(笑)。そうですよね、何も不安なかったらそれはそれで怖いですよね。

佐倉:それでもね、プレゼンテーションする時は、120%の自信を持って提案をするって体でやるじゃない、プロだから。その辺の対外的なコンディションのギャップがしんどい時もあるけど、それは埋めようとしてもどうやっても埋まらないし、そういうギャップとかネガティブな感情があるから、アイデアが出てくることもある。

アイデアは、どんぐりでいい。 枝葉がない方が、長持ちする。

小沼:僕も、子どもの質問に大人が答える絵本シリーズ『おにぎりはどこからきた?』を描いた時、「私でも描けそう」「そんなのでいいの?」という声を聞いて、ちょっと傷ついたことがありました。複雑で難しくした方がありがたがってくれる世界観の人たちもいるし、シンプルでもちゃんと本質を受け取ってくれる人たちもいるし、ただただひたすら否定する人もいる。どこかで割り切ってある意味で嫌われる勇気とか、否定される勇気も必要なのかなって思うのですが。

佐倉:前も言ったけど「アイデアは孤独」って、そういうところだと思う。結局否定もされるし。批評もされる。本当にマテリアルのまんまっていうか、原石に近いから、仕上がってないんだよ。だから、傷つかないように理論武装してディティールを詰めていくわけだけれども、もともとのささくれ立ったゴツゴツしたものの方がポテンシャルを秘めているとは思う。もしかしたら、手離れがすごく大切なんじゃないかな。もうシンプルに、どんぐり一個でいいわけ。枝葉とか、花がどんな色になっていくのかを詰めていくと、どんどん普通のものになっていく。もしかしたら、このどんぐりは木にならなくても、葉っぱなんか生えなくてもいい。どんぐりは、普遍的だからすごく長持ちする。それがちょっと芽が出始めると、もう長持ちしない。そういうふうに手を放す瞬間があると、アイデアとしてずっとちゃんと残っていくんじゃないかな。

小沼:アイデアは、どんぐりでいい(笑)。こどもって、不思議とどんぐり好きで拾って集めてきますよね。アイデアを手放すのも勇気がいると思うんですけど、佐倉さんがそういう達観した境地に達しているのは、昔からですか。

アイデアは、育てるのではなく、 別居婚ぐらいの距離感で一緒に暮らす。

佐倉:いや、若いパシリ時代は、自分ですごく考えて出てきたものだからなかなか捨てられないわけ。後生、大事に持っている感じ。でも、そこに縛られると、違う発想をしなくちゃいけないのにできなくなる。大切だから捨てる必要はないけど、大発見でもなんでもないから。いったん手を離して、放置しておくのが一番いいかな。

小沼:アイデアは、たいした発見じゃないと思えることも大切ですよね。僕のまわりのアイデアが凄くて創 造的な仕事をしている人たちも、そのアイデアはひらめきでもなんでもないし、専売特許でもなく、たいしたことないと思っている人は多いです。

佐倉:そう、アイデア自体はたいしたことない。そのアイデアを具現化して、ビジネスとして形にしていくときはめちゃめちゃカロリーがいる。電気自動車も宇宙事業も、アイデア自体は思いつくけど、現実の世界でリアルに実装が始まればすごいことになる。俺たちは、結果しか見てないけど、相当ヘビーなプロセスがあると思う。だから、アイデアを出す時よりも、そのアイデアを育てて形にして行くまでのプロセスがすごく大切なんだよね。好きになるって言うよりは、最後まで自分のアイデアを信じられるかどうかが大切なのかも。

小沼:アイデアを育てるプロセスは、まさに個人によって違う秘密のレシピだと思うんですけど、佐倉さんの場合は、どんな付き合い方をされていますか。

佐倉さん:結局、僕の場合のアイデアを育てるプロセスって、何か引っかかったらキープはするけど、そこに一生懸命水を上げたり肥料をあげたりして育てようとうはしないってことなのかも。いったん放置しておいて、何日か経ってもまだその放置している物が腐ってなかったり、もしかしたら熟成していい匂い発し始めたりした時に、もう一回手を出してみることはする。でも一生懸命育てていこうとか、そういう決まったルーティンとかレシピはないかもしれない。起業家やビジネスマンは、また別なんだろうけど。

小沼:本にも書いたんですけど、僕の場合もアイデアを何個か置いておいて、それ翌朝見てだめになっちゃうのもあれば、数ヵ月後になんかこれいいじゃんと思えるものもある。ボツ案も含めて結構ストックがあって、ワインのように熟成してくるものもあれば、そのままなんか酵母菌がなくてうまく育っていかない腐ってっちゃうものもあるみたいな感じなんです。

佐倉:それが、ワインビネガーになっちゃってもいいんだけど、大元のアイデアが変質しているわけだから、最初に関わった仕事や集まった人たちにはなかなか応用できない。だからいろんな仕事を前に進めていくには、ある意味アイデアを捨てていくのも大切なプロセスなのかなと思う。でも、半年後に全く違うミッションが生まれたときにストックしてる意識はなくても、どこかから勝手に出てくることもある。だから僕にとっては、アイデアは育てるんじゃなくて、一緒に暮らすものなのかな。

小沼:アイデアと暮らす!名言ですね。家族と一緒ですね。

佐倉:そう。いつも一緒じゃなくて、別居婚ぐらいが丁度いい(笑)。


次回の配信日は、3月10日になります。

『アイデアの育て方』 小沼敏郎 著
著者は閃くアイデアを求めるよりも、大切なのは平凡なアイデアをじっくりと時間をかけて育てていくことだと説く。 年齢、経験、才能は関係ない。小さなノートとペンと、あなたの頭があればいい。 これからのあなたの生き方を変える一冊。

小沼敏郎 Toshiro Konuma

マルチクリエイター / ビジネスプロデューサー / 実業家 / 作家

<著書>
『アイデアの育て方』東急エージェンシー、2022年
『おにぎりはどこからきた?』東急エージェンシー、2019年
『モクモクはどこからきた?』オンライン絵本(&紙芝居化)一般社団法人 全国木材組合連合会

<掲載>
『For Inspiration -インスピレーションの正体』別冊太陽
『おにぎりのルーツから世界のつながりについて問いなおす絵本』好書好日
『理想のゴールまで、経営者は事業にどう関わるべきかミクシィ流・新規事業の成功法則』ダイヤモンド・オンライン
『企業にとってSDGsは、競争優位性に寄与するキーワード』講談社SDGs

<主な経歴>
Konuma & Co., Ltd. CEO
HIS Co., Ltd. Executive Producer, 戦略顧問
POLA R&M 特別顧問
TOKYO MIDTOWN HIBIYA BASEQ Business Developer
SAKURA法律事務所 Management Director
EY Japan Well-being Initiative Adviser , Creative Director
株式会社電通 新規事業創出 Mentor
三井不動産株式会社 新規事業提案制度Mag!c Advisor
ソニーミュージックグループ アクセラレーションプログラム「ENTX」 Mentor
WIRED / WIRED REAL WORLD Marketing Advisor
株式会社スコラ・コンサルト Partner

<主な実績>
AWS (Amazon Web Service) Summit 2019 のオープニングアクト 総合演出・シナリオライト
株式会社エイチ・アイ・エスのコーポレイトロゴデザイン(2019‐2022)
株式会社エイチ・アイ・エスのコーポレイトロゴデザイン(2022‐)
株式会社エイチ・アイ・エス のパーパス(HIS Group Purpose)「心躍る(ココロオドル)を解き放つ」考案
株式会社エイチ・アイ・エスのバリュー(HIS Group Value)「冒険と挑戦」「スピードとアジリティ」「バランスと倫理観」コピーライティング
H.I.S.Mobile株式会社コーポレイトロゴデザイン
株式会社明光ネットワークジャパン パーパス・タグライン「やればできるの記憶をつくる。」考案
株式会社明光ネットワークジャパン ビジョン「“Bright Light for the Future” 人の可能性をひらく企業グループとなり輝く未来を実現する」コピーライティング
株式会社明光ネットワークジャパン バリュー「隣に立つ」「繋ぐ」「自分にYES」コピーライティング
株式会社明光ネットワークジャパン CM制作(yesシリーズ / Executive Creative Director)
個別指導の明光義塾オリジナルソング「yes」作詞
ハウス食品 カモンハウス こども新聞記者プロジェクト 監修
TOKYO MIDTOWN HIBIYA BASEQ主催 QSchool「オリジナリティからはじめる新規事業」講師(2018‐)
Tech Open Air* 2018(TOA)World Tour TOKYO Blockchain 2.0 登壇
POLA R&M me-fullnessプロジェクト ロゴデザイン、ネーミング開発
株式会社オリエンタルランド 未来創造プロジェクト ゲスト講師
Tokyu Agency 2U Academy 「アイデアの育て方 / 仕事の育て方 / 自分の育て方」ゲスト講師

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