ロングセラーカレンダー「日本の猫」「ニッポンの犬」 岩合光昭さんに聞くカレンダーこぼればなし(後編)

カルチャー|2022.12.28
下中美都(「日本の猫」「ニッポンの犬」カレンダー初代担当編集者、平凡社代表取締役社長)
写真=福田依子

2023年カレンダー「日本の猫」表紙。書店にて好評発売中
2023年カレンダー「日本の猫」6月

カレンダーいまむかし

下中:カレンダーも長くやっているので、世の中の気分もだいぶ動いてきたように思います。当初は犬も猫も肖像写真のようなかっちりした立派な写真が好まれていて、こちらとしてもそういうカレンダーを目指していたんですけど、今はもっと動きのあるものや、わざと変な格好をしているもののほうが好まれるということもありますよね。この23年の間にずいぶん変わったなぁって思うんです。岩合さんはどうですか。

岩合:SNSの時代になって、「感情移入がしやすい」というのが結構重要な要素かもしれません。つまり見ている方の感情が動かなければ写真のなかに入っていかない、というような。いままでは「こういう写真がありますよ」「こういう写真を見てください」と一方的に提供する側だったんですけれど、お互いに「どうですか」という感情のやりとりがある。それで写真も映像も変わってきたんじゃないかなって。

下中:すごく変わりましたよね。本も雑誌も。

岩合:こちらがただ撮りたいっていうだけだったら、それこそ肖像画のように固くなって椅子の上とかでかしこまって撮らせてもらうんだけど、自然の表情が撮りたい。こちらが見て「こんな恰好でもカレンダーになるかしら」と思っても、見てくださる方が感情移入できれば恰好が少し崩れていても構わないと思うようになりましたね。

下中:なるほど。

2023年カレンダー「ニッポンの犬」表紙。書店にて好評発売中
2023年カレンダー「ニッポンの犬」6月

岩合:でもイヌの場合は「型」っていうのがありますね。

下中:そうそう。

岩合:四肢が見えているほうがいいとか、しっぽが巻いているのがいいとか、真っすぐ前を向いているのがいいとか、耳が前を向いてるとか……ね。

下中:そういえば品評会にもご一緒しましたよね。飼い主の皆さんは本当に涙ぐましい努力をされていてびっくりしました。

岩合:胸筋を鍛えるために毎日7キロ散歩させたりとかね。

下中:でもなにより大事なのは気概。心意気ですよね。

岩合:そうです。

下中:かたちじゃなくて、精神ですよね。『ニッポンの犬』が出たときに当時の社長の下中邦彦が「今の男たちにはないすごい気概だね」って言ったんです。

岩合:そう。でもカレンダーとしてこちらが目指しているのはそういうところからは少し変わってきているというのはあるかもしれません。いろんな表情の子がいていいと思う。

日本人の幸福感

下中:日本の人の幸せを感じる基準に「季節感と一体になる」ということがあるそうです。たとえば紅葉や桜、あるいはヒグラシがなくとか、その季節にしか味わうことのできない自然や風物のなかにどっぷり浸って、しかもそれを大事な人……家族だったり恋人だったりと一緒に共有するというのが最も幸せを感じる一コマなんですって。

岩合:そうなんですか。

下中:そのことを聞いたときに、岩合さんのカレンダーは犬や猫を媒体としてそういったことが体験できるようなカレンダーだと思ったんです。

岩合:僕もそれを聞いて思い出したことがあるんですけど、京都に紅葉がすごく美しいお寺があって、そこの住職と暮らしているクロベエって真っ黒いネコがいるんです。先日、先ほどもお話しに出たNHKの番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」でクロベエとご住職が朝一緒に境内を散歩されるのを撮影させていただく機会があって。ご住職は午前8時になると本堂にお勤めに入られる。クロベエは境内に残って、僕はクロベエのあとをついていく。そしたら、苔生した緑の上にモミジの真っ赤な葉が重なって、そこに真っ黒いネコがいるんですよ。撮影してて、「わ、キレイだなぁ」と思ったところに、僕がつぶやいた言葉が「日本に生まれてよかった」って。

下中:わあ。

岩合:思ってもみない言葉……というか……。自分で言って自分でびっくりしたんですよね。
僕は歴史ものを若いときそんなに読まなかったんですけど、今になってみたら、どうして日本という国がこうやって推移していったかみたいなことがとても重要じゃないかな……と思いまして。日本の美しさのルーツは生き物に至ることまで積み重ねられたものの上に成り立っているんだなあと。そういう意味では歴史というのがとても大切な存在なんだなということを、この年になって今さらながら感じるようなりました。

下中:これからですよ! そういう観点を持たれてからまた10年20年、写真が別の位相を持っていくんじゃないでしょうか、岩合さんはきっと。

岩合:だから『ニッポンの犬』をやらせていただいて本当によかった。実際に現地に行って写真を撮らせてもらって。柴犬が中央アルプスあたりの原産だとか、秋田犬は秋田に行かなきゃいけない。紀州犬は紀州。四国犬は四国。その土地土地で本当にイヌとしての「かたち」ができあがるというか……。この土地が、この風土が、この環境が、このヒトたちが、この食べ物が必要じゃないかっていうのを感じて。すごく、意味がありますよね。自分の中にも積み重ねられてきたものがある。最初にそれらがあって今に至るというのはすごいことだなって思いますね。

下中:本当にあちこちご一緒しましたよね。季節感と一体になる、読者が幸せになるカレンダーをこれからも皆さんにお届けしたいですね。 

岩合:そうですね。たまたま京都という話が出ましたけど、春夏秋冬でそれぞれ素晴らしい日本のいい景色のところで。今年は新規で撮影に行きたいですね。

(2022年11月 岩合写真事務所にて)

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