展示室の作品「花りんご」と谷内富代さん

「谷内こうた展 風のゆくえ」 ちひろ美術館・東京

谷内富代さんが語る:思い出の谷内こうたさん

アート|2023.7.6
構成=別冊太陽編集部

谷内こうたさんとご家族は1983年にフランスのルーアンに移住し、こうたさんはずっと絵本と油絵の制作を続けていたが、2019年7月2日に惜しくも彼地で帰らぬ人となった。
今回、ちひろ美術館・東京で開催中の「谷内こうた展 風のゆくえ」にあわせて、フランスから帰国した谷内富代夫人に、展覧会初日の会場でお話をうかがった。
富代さんは、谷内こうたさんが絵本作家となったきっかけや、お二人の出会い、最晩年の思い出をひとつひとつ大切な思い出として語ってくださった。

――最初は、こうたさんが至光社でアルバイトをさせてもらおうとして、当時社長だった武市八十雄さんに見本のつもりで『おじいさんのばいおりん』の絵を持っていきましたら、それを武市さんが認めて絵本にしてくれたそうです。その3週後に、今度は『なつのあさ』を絵本として描いて持って行ったので、こうたさんは本当の意味での処女作は『なつのあさ』だと言っていました。いつかのことですが、「作家っていうのは処女作は超えられないんだよ」と、つぶやいたことがあって、私もなるほどと思ってうなずきました。

「おじいさんのばいおりん」(至光社1969)
「なつのあさ」(至光社 1971)より

――至光社の武市さんとは、こうたさんの叔父さんで「週刊新潮」の表紙で知られる谷内六郎さんに紹介されたご縁でした。六郎さんも武市さんも、こうたさんの人気が出てしまうとマスコミの寵児になって絵を描かなくなるんじゃないかと心配して、ヨーロッパに行くことを勧めたようです。
1973年、シベリア鉄道の旅の途上で、私がこうたさんに出会ったのです。アムステルダムのゴッホ美術館で作品にすごく感動している私を見て、こうたさんが横でゴッホについての知識をぼそぼそと説明してくれたのがきっかけです。こうたさんは、この女の子は絵が好きだから自分のことをわかってくれると思ったのではないでしょうか。

1972年秋、フランクフルト・ブックフェアで。谷内こうた(左)と、武市八十雄さん、創業者の武市君子さん

――カルティエラタンのカフェで、こうたさんが世阿弥の『風姿花伝』を読んでいるのを見て、「ああ、なんて人だろう」と惹かれてしまいました。後で、いわさきちひろさんも『風姿花伝』を読んでいることを知りましたが、きっとこうたさんは武市さんからこの本のことを聞いて影響されて、旅行に携えていったのでしょう。
そして私たちは結婚して、長女の草(そう)を授かりました。私はこうたさんの収入や貯金のことを聞いたことがなかったし、聞いたらいけない感じの人だった。でも、こうたさんは「やっぱり無理かもしれない、日本に帰ろう」と。私は実家で草を生み、こうたさんは秦野の住居を見つけてきてくれて、三人で住み始めました。日本にいるとイラストなどの注文がたくさんきて、毎日電話が鳴るくらい忙しい生活でした。それで、草がまだ小さいうちにもう一度ヨーロッパへ行ってみようねって話して、フランスへ行って、そのままずっといることになってしまって。こうたさんは自分のペースで仕事をし、強い意志を持って絵を描くことが出来た人でした。なるたけ予定が入らないのが好きでしたから、自分の時間を自由に使えてよかったと思います。

ノルマンディーの家のアトリエ。

――東日本大震災はテレビの画面越しに知りました。フランスでも相当報じられて、映像がずっと流れていました。こうたさんは大切な日本のことをとても心配していましたね。その思いを抱えて震災後に『ぼくたちのやま』(2018年、至光社)を2017年に亡くなった武市さんに捧げました。日本には里山がある、自然と共生していくことでみんな大丈夫だよという思いを込めたのね、遺言みたいに。

「ぼくたちのやま」(至光社 2018)より

――今回の展覧会は絵本の原画以外にも、こうたさんが大事に描いたイラストや油絵をぜひ見てほしいという願いを、ちひろ美術館さんが受け入れてくれて感謝しています。展示されている作品で絶筆となった「花りんご」はピュアな魅力がある絵です。私が庭からとってきた花りんごの枝をコップに飾ったら、「ああ、いいね」って描き出して、それが最後だった。
こうたさんの絵をたくさんの人に見ていただきたい。あまり世の中に出ることはしなかったし、ポピュラーになりたくないという人でしたから、とにかく見ていただければ十分です。ちひろ美術館の皆さまのおかげで素敵な展覧会となっておりますので、ぜひご覧くださいませ。

「花りんご」(2019)

「谷内こうた展 風のゆくえ」
会場:ちひろ美術館・東京
東京都練馬区下石神井4-7-2
会期:2023年10月1日(日)まで 月曜休館(祝休日は開館、翌平日休館)
開館時間:10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
入館料:大人1000円 高校生以下無料
問合せ:03-3995-3001(テレホンガイド) chihiro.jp

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