ロングセラーカレンダー『日本の猫』『ニッポンの犬』 岩合光昭さんに聞くカレンダーこぼればなし(前編)

カルチャー|2022.12.20
聞き手:下中美都(『日本の猫』『ニッポンの犬』カレンダー初代担当編集者、平凡社代表取締役社長)
写真=福田依子

懐かしい一冊『ニッポンの犬』

記念すべき最初の犬カレンダーの表紙。写真集『ニッポンの犬』も同じときに撮影されたカットが使われた

始まりは『ニッポンの犬』

下中:カレンダーより前にまず『ニッポンの犬』という写真集があったんですよね。そのころわたしは前の会社を辞めまして、平凡社に入社する前の3か月間、日本中を鈍行列車で旅行したんです。そこで一番印象に残ったのが、昔ながらの日本の街並み、里山、茅葺屋根……。そこに日本犬がいる風景というのが本当に懐かしく美しいなと思って。それで、岩合さんに「こういう犬の風景の写真集を作りませんか」とご相談したんですよね。そうしたら岩合さんが「面白いですね」っておっしゃってくださったんですよ。

岩合:当時、新潮社の『SINRA(シンラ)』という雑誌で「日本の猫」というシリーズを連載していて、そのつながりで僕のなかでも日本の原風景や美しさをもっと撮りたいという気持ちがありました。だからこの話はぜひ引き受けたいなぁと思ったんです。

下中:それで早速雑誌『月刊太陽』に12回連載をして、そのあと撮り下ろしを加えて、98年10月に写真集『ニッポンの犬』が発行されました。これがたちまち5万部売れたんです。でも連載が終わって寂しくなってしまって(笑)。岩合さんに日本の美しい春夏秋冬の季節感を味わう日本犬のカレンダーを作りたいというお願いをして、猫もということになって、それで犬と猫両方揃ったのがちょうど2000年……という前史がございました。

岩合:この『ニッポンの犬』の表紙をアートだって言ってくれたフランス人がいて。

下中:そうそう。コンセプチュアル・アートだって言われたの。でも撮影は大変でしたよね。確かまわりにすごく人がたくさんいて。

岩合:そう。このときは午前4時に犬のご主人と待ち合わせをして河口湖で撮影したんです。湖をめぐりながら富士山と桜の位置を合わせて撮りたいんだけど、いい季節だしほとんどの場所にアマチュアカメラマンがいて。「いや、これは撮れないな……」「ここダメ」「ここもダメ」「ここもダメ」と言いながらいつのまにか湖を一周してしまったんですよね。で、元のところに戻ってきて「もう1回周りましょう」って言って撮影場所を探し続けた。なんとか撮れたけど、実はここ(カバー写真左端)に写っているのはガードレールなんですよね。

下中:この白いの。なんとなく誤魔化してますけど(笑)。

岩合:道のわきの結構急な斜面で、ご主人に降りてもらうのが大変だった。「気を付けてくださーい」って言いながらなんとか降りたんですけど、リードを放したとたんに子イヌはパーッと逃げちゃった(笑)。

下中:雲の子散らしちゃってね。

岩合:それでこの子は斜面だからつんのめらないように前足をこうやって突っ張って……。それがかえってよかったんですよね。桜が垂れているところに富士山もちょうど入って。

下中:実は姿勢には無理があるけれど……。

岩合:ピシってなってるよね(笑)。『ニッポンの犬』は一枚一枚にご主人とのやり取りだとかそういった思い出がすごく詰まってますよね。いま美都さんのお話を伺いながら、改めて今の僕があるのは、平凡社があるからだって思って。

下中:ええ! そんな!

岩合:それくらいのことなんですよ。というのは、その前に実は僕よりもずっとお世話になっているのがわたしの父親で。

下中:ええ、岩合徳光さん。

岩合:父は平凡社の百科事典に写真を載せていただいたりしていたので文字通り親子でそろってお世話になっているんです。僕は70年代に『アニマ』からはじまって、『太陽』で連載をさせてもらって。当時『太陽』に写真を出すということは、僕たち写真家の憧れのひとつだったんです。

下中:いや、そう言っていただいて……お礼を申し上げるのはこちらのほうです。

岩合:本当にそうなんですよ。『太陽』は素晴らしい雑誌だった。そこに写真が掲載されるというのは、こちら側も相当の努力をしているんですけど、『太陽』に使っていただく写真を撮れるということ自体がもう写真家として誇りに思っていました。そのぐらいの雑誌。

下中:ありがたいことです。

岩合:それからこの『ニッポンの犬』のお話をいただいて。僕はネコやイヌを通して先ほど美都さんがおっしゃった、失われていく風景や生活、暮らしを受け取って、感じているのかもしれないと思います。

下中:23年も続く仕事になるとは……。本当にありがとうございます。

カレンダー初代担当編集者、平凡社代表取締役社長下中美都

平凡社とは40年以上のお付き合いとなった岩合さん

岩合さんの写真は視座が違う

下中:岩合さんの代表作のひとつに『おきて』(小学館/1986年)というアフリカ・タンザニアのセレンゲティ国立公園で野生動物を撮影した写真集があります。岩合さんの写真は猫1匹を撮っても、『おきて』とつながっていて、地球環境全体の中に動物の生態系があって、“おきて”があるというような、考え方のベースがありますよね。人間との関係だけではなく、すべてがつながっているというようなことを感じさせる。岩合さんの猫の写真、だからこそ、いいんです。そういうところから始まっている仕事であるというところに、わたくしどもも誇りを持って毎年作らせていただいています。

岩合:ありがとうございます。ぼくは19歳のときに父親の助手でガラパゴス諸島に撮影に行くまではファッション写真家になりたいと思っていたんです。ガラパゴス諸島で父親がイグアナだとか動物の撮影をしているときに僕は背中を向けてフィルム交換をしていた(笑)。そこでぼくから見える景色というのは水平線であったり広い空であったりごつごつとした岩であったり……むしろぼくは動物よりもそういう環境に動物が暮らしているということにすごく感じいっちゃって。ガラパゴスペンギンが冷たい海に入るのを見て「だから赤道直下でも暮らしていけるのか!」と知ったり。

下中:どう見てもほかの方が撮る猫の写真とは視点が全く違っていて、「色気」って言っていいのか、生き物の生命力が色気なんだなってことを気づかされます。

岩合:でも帰国して、マガジンハウスに履歴書を送った(笑)。『an・an』とか撮りたいと思っていたので。いまでも立木義浩さんに会うと、「僕は立木さんにあこがれていたんですよ」って言うんですけど(笑)。

下中:そうだったんですか。

岩合:そうそう。書類選考は通ったんですよ。で、面接が3週間後で、ちょうど父親がインドに行ってトラを撮るというスケジュールが重なってしまった。「トラ、行く?」って言われて、「トラか、面接か」という選択を迫られて……「そりゃあ、やっぱりトラだよな」と(笑)。

下中:よかったですね、虎で(笑)。

岩合:面接に行かなくてトラにハンドルを切ってしまった。でも3週間滞在して結局トラが見られたのは十数秒でした。

下中:十数秒?

岩合:そのときはインドで密猟がすごく横行していた時代で、トラの数が激減していました。森と森との間に防火帯を作って隙間をあけて火が延焼しないようにしてあるんですけど、そこの間をトラが通り抜ける瞬間を十数秒見ただけでした。

撮影中のひとコマ(写真提供:岩合写真事務所)
©Machi Iwago

猫の撮り方、犬の撮り方

下中:岩合さんは、撮影をしていると野良猫がまわりにドンドン集まってきますが、なんだか人間と思われていないような気さえします。なにか猫や犬を撮るときのコツのようなものはあるのでしょうか。

岩合:野生動物をずっと見てきて、まず最初に自分たちのことじゃなくて、動物のことを考えます。ネコの写真を撮る前に、このネコはどうやって動くんだろうなって考えるんです。例えば朝ごはんを食べた後に「どこに行くんだろう」って観察していると、日向ぼっこしに行くわけですよ。「あ、そうか。じゃあ朝ごはんを食べているうちに、そこの日向に行って、こう構えていれば絶対ネコたちが来るな」と思うわけです。で、朝日を浴びてぼやっとしながら座っていると、そのうちオスネコのでっかいのが来て、膝のところの匂いを嗅いで、頭をおいて、寝てしまったりするんですよ。そのうちそのオスネコと関わりを持っている家族がやってくる。

下中:なるほど。

岩合:ネコがたくさんいるところに分け入っていくと、ネコは「あれ? なに?」と思うのか、一瞬戸惑ったようなそぶりをするんですけど、彼らは占有権をわかっていて、先に来たものを認めるんですよね。野生動物も先に水場に来ていた動物に対しては、あんまり追い払うってことをしなくて、一緒に水を飲んだりするんですよ。ただアフリカゾウだけはちょっと例外的で、体が大きいせいか、みんな一斉にどく(笑)。でもたいがいは草食動物たちは一緒に仲良く水を飲みあってますね。ネコもそういうところがありますね。

下中:NHKの番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」を見ていて思うんですけど、岩合さんは声もいいんですよね。本当にこの人は猫が好きなんだなって声を出すんですよ。

岩合:どうなんでしょう(笑)。でもネコは誤魔化せないなというのはありますね。イヌの場合はいいシャッターが切れるか切れないかはご主人次第です。ご主人の機嫌がよければイヌも機嫌がよくなります。

下中:そうですか。

岩合:僕は撮り始めると時間がかかるときもあって「ああ、まだだな。まだいい表情が撮れてないな」と思うとつい粘ってしまうんです。で、右目でちょっとご主人を見ると、時計を見たり、そわそわしたりしている。そうするとイヌのほうも、なんかこうざわつくというか、少し動きが怪しくなってくる。

下中:わかります(笑)。

岩合:『ニッポンの犬』シリーズより以前に、コリーの親子の撮影をしていたときのことですが、なかなか撮れなくて1時間以上かかってしまったことがあるんです。そしたらやっぱりご主人はこう……「こんなに時間がかかるなんて聞いてない」と言わんばかりに顔が曇っていて。「すみません」って謝りながら「もうちょっと撮らせてください」って言って粘って撮って。ようやく満足のいく撮影ができて「撮れました!」ってはいつくばっていた姿勢から立ち上がったら、そのとたんに母イヌが僕のところに走って向かってきて股間をパクッてしたんですよ。

下中:ええええええ!

岩合:母イヌはご主人がイライラしていることについて「こいつが元凶だ」って感じ取ったんですよね。

下中:大丈夫だったんですか?

岩合:僕そのときね、ジーンズのオーバーオールを着てたんですよね。つなぎで。ダブついてたんでセーフでした(笑)。
(後編へ続く)

BACK NUMBER