世田谷イチ古いブルーの洋館を守り続けたい。

カルチャー|2021.7.27
文=宮崎謙士(編集者)|写真=栗原 論

世田谷の住宅街にひっそりと建つ明治の洋館「尾崎行雄邸」。2020年の夏、取り壊しの危機にあった建物は、住民有志の保護運動で命を長らえた。活動の中心となったのが区内在住の漫画家・山下和美さんと笹生那実さん。「この美しい建物もいずれ壊されてしまうのかとぼんやり覚悟はしていたのです」という山下さん。ところが2019年3月、洋館を壊して建売住宅7軒が建つ計画があることを知った山下さんの胸に「やっぱり壊してほしくない」という思いがむくむくと湧いてきたのだという。そこで、取り壊しを惜しむ近隣の人たちも加えた『旧尾崎行雄邸保存プロジェクト』を立ち上げ、持ち主から土地を購入した不動産会社との折衝をスタートすることになった。山下さんたちもそれまでに集めた3000人以上のネット署名やメディアでの反響などを携えて会社側と交渉を進め、8月末に買収価格を最終合意。11月末にプロジェクト側へ所有権が移された。

でもね、これで終わりじゃないんです。

建物を保存するには、つねに補修をしながら、耐震補強や設備など時代に合わせた改善もしなければならない。具体的には損傷が激しい水回り、すき間が空いてしまった窓枠、痛んだ床やドアの補修。電気系統もそのままでは使えず、照明も明治に建てられた洋館に合うものに付け替える必要がある。当然それらの費用もかかるため、プロジェクトではクラウドファンディングで補修費の一部を集める活動を立ち上げた。山下さんや笹生さん、賛同するクリエイターたちによるオリジナルグッズの他、山下さんが現在連中の『世田谷イチ古い洋館の家主になる』の単行本に名前が掲載される特典もあるそうだ。

「私たちの命にも限りがあります。個人で所有しているということは、いずれ相続などの問題で再び解体の危機が訪れてしまうでしょう。それを避けるためにも、元の美しい姿に戻して皆さんに長く愛される場にすることがまず第一。またレストランやカフェなどに入ってもらって、毎月ちゃんとお家賃が入るから『壊すより残した方がオトクだよね』と後々の人に思ってもらえる工夫も必要じゃないかと考えています」(笹生さん) 

『別冊太陽』では、これまでの保存プロジェクトの経緯と顛末、これからの課題について山下和美さん、笹生那実さんにお話しを伺った。また、0歳からの幼少期を尾崎行雄邸の2階の1室で暮らしたエッセイスト・しまおまほさんによるコラムも掲載している。

7月28日まで実施されたクラウドファンディングでは、1226人から目標額を大幅に超える1800万円以上の支援金が集まった。
https://motion-gallery.net/projects/Ozakitei 

尾崎行雄邸 1907年・設計不詳 建築の経緯については、尾崎三良男爵が1888年(明治21年)に麻布区(現港区)六本木に建てたという説と、尾崎氏の娘・テオドラ英子と結婚した尾崎行雄が1907年(明治40年 ) に建てたという説がある。その後1933年(昭和8年)に現在地に移築され、尾崎行雄の知人である英文学者の子孫が住み続けてきた。

*写真右
笹生那実/さそう・なみ 
一九五五年、神奈川県生まれ。漫画家・同人作家。美内すずえなど有名少女漫画家のアシスタント時代を回想した『薔薇 はシュラバで生まれる』を二〇二〇年に発表。

*写真左
山下和美/やました・かずみ 
一九五九年、北海道生まれ。一九八〇年に漫画家デビュー。主な作品に『天才 柳沢教授の生活』『不思議な少年』『数寄です!』などがある。二〇二一年、『ランド』で第二五回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞。現在グランドジャンプ誌にて『世田谷イチ古い洋館の家主になる』を連載中。

別冊太陽 スペシャル
日本の住宅 100年 語り継ぎたい、わたしの「家」の話

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