魔術師列伝

カルチャー|2022.2.25
澤井繁男

第7回 ジョルダーノ・ブルーノ(1548-1600年)(2)

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 4つ目は、その世界観である。これがいちばんやっかいだが、第1回の(1)に紹介した「世界霊魂」が登場するので、思い出しながら読んでいただきたい。彼の世界観は、「神―自然(神の跡)―人間(神の影)」の三部構成である。世界霊魂が入っていないが、ブルーノは世界霊魂を宇宙の根源的動力とみていて、神については叙述の限度を超えていていっさい不明として、一種の象徴的存在としている。そのため、世界霊魂こそが「表」に現われて、神の力である「宇宙創成・形成」を担っていた。即ち、世界霊魂とは、偉大な作為者で、自然それじたいに内在して自然そのものが所有している「力」のことで、自然に生命力の存在を認めていることになる(自然のなかに生命〈霊魂〉の存在を求める)。さらにブルーノのブルーノたる所以は、神が自然や人間を創造したのではなく、自然が人間にとって神と同じく、あらかじめ存在していて(ここも神に拠る天地創造に反する)、神と異なる点は、あらゆる対立の失せた「一者(新プラトン主義の用語)」である神が「多」としていろいろ顕われることで、認識の対象となり得る、とすることである。アニミズム、あるいは汎神論に近く、まさに異端的な思想だ。

それでは「神の影である人間」はどうかというと、対立のない無限なる「一者」である神に続いて、次に多様な世界である自然(神の跡)が来て、神と自然に依拠しながらも自立性を有する独自の原理に立脚し、対立と矛盾を抱えつつも最終的に「一」を表わす存在とみている。そうした人間の最高表現が「愛」とされる。所詮、「神の影である人間」が、無限なる神との一体化を求めるのは狂気の沙汰で、ブルーノはこの狂乱を「英雄的狂気」と呼んだ。こうした矛盾・対立があるからこそ人間が人間らしいのであって、その諸々の内訌・確執を超えて融和・調和しようと望むのが「宗教」で、「普遍的人間愛」とも表現できよう。

左:『英雄的狂気』(1585年刊) 右:『傲れる獣の追放』(1584刊) この2冊はフィリップ・シドニーに捧げられた。

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 最後に昨年(2021年6月)に刊行された、池上俊一監修『原典 イタリア・ルネサンス芸術論』の上巻所収の、岡本源太抄訳、ブルーノの絶筆とみてもよいと思える『紐帯一般について』をのぞいてみたい。訳者の岡本には『ジョルダーノ・ブルーノの哲学 生の多様性へ』という出色なブルーノに関する一書があり、この本の翻訳者としては打ってつけの人物である。

この原本は三部構成であるが、未完である。一部、二部とも三十段から成り、三部が二三段で尻切れトンボに終わっている。唐突な感をぬぐい切れず、三十段までの予定だったと推察される。

「段」という区切りでわかるはずだが、警句(アフォリズム)的発想の長めの文章の連結の感がある。
 「紐帯(ちゅうたい)」とは、ルネサンス思想にあっては、多種多様な位置にある存在者間で作用し合う関係の意味である。簡単にいうと「躍動的な関係性(動的な絆)」であろう。岡本の上掲の書もそうだが、美学・美術系統を出自とする彼は、「紐帯」の内実として、美の形成の方法とそれによる人間相互の構築・操作を挙げている。ブルーノの生きた時代背景も考慮すると、人文主義者ながら、ルネサンス的な正統的枠組みに縛られず、意図的に「弾け出た」「型破りな」創作行為を取ったマニエリズムの書である。さらに、第一部の序文に相当する文面に、「市民社会の省察と無縁でありうるものなど、何も見出せない」という点から、人間と社会との関わり、人間相互の「絆」の重要性を問いかけている。ここで想起されるのは、ニッコロ・マキァヴェッリの『君主論』(1513年執筆、1532年出版)である。

この名著は政治思想の書としておおかた解釈されているが、どう読んでも、「人文主義者マキァヴェッリの『統治論』」の書としか思えない。それゆえ、『君主論』と『紐帯』を「統治」ということで、一連の著作とみてもよいと思うし、事実、そう位置づける研究者もいる。
 さて、『紐帯』の中身だが、一旦「紐帯」という難しい言葉から離れて、「絆の有無」として読んでみたらわかりやすい。「有無」には「快と苦」もあるし、「一と多」などもある。こうして展いて読むとこの哲学的美学書の奥がみえてくる。
 一ヶ所だけ引用しておこう。

実際、美は、あるシンメトリーに存するのであれ、はたまた物体的な自然のなかに何か非物体的なものそのものが見分けられることに存するのであれ、多数であり、無数の秩序に由来する。ゆえに、いかなる形質であってもどのような心にも定着する、ということはない。(第一部第十二段)

※ジョルダーノ・ブルーノ著 岡本源太抄訳 「紐帯一般について」池上俊一監修『原典 イタリア・ルネサンス芸術論 上巻』所収 名古屋大学出版会,2021年

 一種のブルーノなりの韜晦的な秩序論だと考える。先に引用した「数え切れないほどの太陽・無数の地球」論の延長上にあるといえよう。
                                   
〈第7回(2)、了〉次回は3月11日です。

参考文献
岡本源太著『ジョルダーノ・ブルーノの哲学 生の多様性へ』月曜社,2012年
清水純一著『ジョルダーノ・ブルーノの研究』創文社,1970年
清水純一著『ルネサンスの偉大と頽廃  ブルーノの生涯と思想』岩波新書,1972年
ジョルダーノ・ブルーノ著 清水純一訳『無限、宇宙および諸世界について』岩波文庫,1982年
ジョルダーノ・ブルーノ著 岡本源太抄訳「紐帯一般について」池上俊一監修『原典 イタリア・ルネサンス芸術論 上巻』所収 名古屋大学出版会,2021年
ヌッチョ・オルティネ著 加藤守通訳『ロバのカバラ ジョルダーノ・ブルーノの文学と哲学』
東信堂,2002年
フランセス・イエイツ著 前野佳彦訳『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』工作舎,2010年

澤井繁男
1954年、札幌市に生まれる。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。
作家・イタリアルネサンス文学・文化研究家。東京外国語大学論文博士(学術)。
元関西大学文学部教授。著者に、『ルネサンス文化と科学』(山川出版社)、『魔術と錬金術』(ちくま学芸文庫)、『自然魔術師たちの饗宴』(春秋社)、『カンパネッラの企て』(新曜社)など多数。訳書にカンパネッラ『哲学詩集』(水声社、日本翻訳家協会・特別賞受賞)などがある。

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