新国立劇場の2024/2025シーズンが、10月にオペラ『夢遊病の女』とバレエ『眠れる森の美女』で開幕した。いずれも盛況で、幸先良いスタートを切った。
ベルカント・オペラの傑作『夢遊病の女』、新国初登場で話題
まずベッリーニ作曲の『夢遊病の女』全2幕は、1831年ミラノで初演されたベルカント・オペラの傑作の一つ。新国立劇場では、初めての上演とあって注目の新制作となった。演出はバルバラ・リュック。マドリードのテアトロ・レアル、パレルモ・マッシモ劇場、バルセロナ・リセウ大劇場との共同制作で、初演は2022年12月マドリード。
舞台はスイスの山村。心優しいアミーナと裕福な地主のエルヴィーノは結婚を約束していたが、領主の跡取りのロドルフォ伯爵がお忍びで村を訪れたのをきっかけに、アミーナの不実が疑われ、二人はすれ違いに。しかし、実はアミーナは夢遊病と分かり、一件落着という物語。リュックの演出では、閉鎖社会におけるアミーナの心情に光が当てられたのが特徴で、10名のダンサーがアミーナの内面を映し出すかのようにたびたび登場。イラッツェ・アンサ他の振付はモダンだが、若干主張が強く感じられた点が賛否を呼んだかもしれない。
ベニーニ指揮、巨星シラグーザと新星ムスキオの美声を堪能
指揮のマウリツィオ・ベニーニは、本制作のマドリード初演を指揮しただけに、東京フィルハーモニー交響楽団から叙情的な旋律を十二分に響かせ、ベッリーニの魅力を堪能させた。
そして何より、粒揃いの歌手陣や合唱の声の饗宴を讃えたい。タイトルロールのアミーナを歌ったクラウディア・ムスキオは、今年7月にシュツットガルト州立歌劇場でアミーナのロールデビューを飾ったイタリアの新星。艶やかで伸びのある美声を、最後、少々ハラハラするような高所でも、惜しみなく聴かせ、満場の喝采を浴びた。婚約者エルヴィーノを演じたのは、ベルカント・テノールの巨星、アントニーノ・シラグーザで、10月5日に還暦を迎えたとは思えない、朗々とした歌唱は驚異的。初日のカーテンコールでは、「ハッピー・バースデイ」を歌って、大スターの誕生日を祝った。
ロドルフォ伯爵の妻屋秀和はじめ、リーザの伊藤晴、彼女を愛するアレッシオの近藤圭、アミーナの母テレーザの谷口睦美と、強力な布陣で舞台を支えた。
バレエ『夢遊病の女』は1827年、パリ・オペラ座で初演
ところで、『夢遊病の女』と言えば、バレエ・ファンが思いつくのが、バランシン振付のバレエ『夢遊病の女』(1946年)。音楽まで同じかと思った人がいたかもしれない。そもそもベッリーニのオペラに先立って、1827年、エロルド作曲、オメール振付のバレエ『夢遊病の女』がパリ・オペラ座で初演され、どちらも同じスクリーブの台本を使っているというのが興味深い。因みに、バレエの方は、蘇る兆しはないが、近年、リチャード・ボニングによって音楽がCD化されたので、ご興味ある方は聞いてみてほしい。なお、バランシンのバレエの音楽は、ベッリーニのオペラの楽曲をもとに再構成したヴィットリオ・リエティの音楽によるもので、物語も全く異なる悲劇である。今回のオペラでは、第2幕の終盤、エルヴィーノとアミーナのそれぞれのアリアで、バレエで耳馴染みの旋律が浮かび上がった。
バレエ部門は、豪華絢爛『眠れる森の美女』で開幕!
オペラの開幕から3週間後、「チャイコフスキー3大バレエ」の傑作『眠れる森の美女』で、新国立劇場バレエ団が新シーズンの幕を開けた。このウエイン・イーグリング振付版は2014年11月の初演。大原永子舞踊芸術監督時代の開幕を飾った豪華絢爛な大作である。
今回、初日のオーロラ姫を踊る予定だった米沢唯が体調不良のため降板したのは残念だったが、替わってベルリン国立バレエ団プリンシパルの佐々晴香が客演。すっと伸びた上体のラインに、しなやかな曲線を描いた脚線の美しさなど、身体条件に恵まれ、第1幕の「ローズ・アダージオ」では、完璧にバランスを決めるなど冒頭からオーロラ姫の輝きを惜しみなく発散。演技は、海外での豊かな経験が伺える堂々としたものだが、そのオーラがさりげなく周囲に波及するのはやはり大物と思わせた。
デジレ王子に扮した井澤駿は、丁寧なサポートで、客演のスターを支え、端正な踊りでノーブルの真価を示す。第3幕のグラン・パ・ド・ドゥは、華麗さの極みで、当夜の白眉となった。
米沢唯が「リラの精」で登場! 万雷の拍手
この日は、もう一人の主役がいた。なんと米沢がリラの精で登場、プロローグでシャンデリアに乗って降りてくる冒頭シーンから温かい拍手を受け、細やかで情感豊かなマイムはリラの精の模範を見るようだった。悪の精カラボス役には、実力派ソリストの直塚美穂が起用され、リラとカラボスの対決シーンは、光と闇の世界の対比をくっきりと描き分け、大きな見どころとなった。
プロローグの妖精たちの踊りでは、ファースト・ソリストの奥田花純を筆頭に、金城帆香や山本涼杏ら新進が配役され美を競った。
第3幕のディヴェルティスマンでは、宝石の踊りをはじめ、確かな技巧を見せたが、なかでも青い鳥に抜擢されたファースト・ソリストの水井駿介は、フロリナ王女の五月女遥と並んで、優雅な足さばきを披露し、晴れやかなバレエ団デビューを飾った。また親指トムを躍動感たっぷりに踊った上中佑樹にも盛大な拍手が送られた。
カーテンコールでは、いつ果てることなく喝采が続いたが、主役に負けず劣らずの熱い拍手を浴びたのが米沢唯。どれほどファンに愛されていることか実感された。順調にコンディションを取り戻し、主役として舞台復帰してほしいと願うばかりである。
全12回のロングラン公演で、指揮はギャヴィン・サザーランド、管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。
(『夢遊病の女』10月3日~14日/『眠れる森の美女』10月25日~11月4日 新国立劇場オペラパレス)
おすすめの本
『SWAN―白鳥―愛蔵版』第16巻
有吉京子 著(平凡社刊)
定価=1870円(10%税込)
詳細はこちら
『SWAN―白鳥―』の続編として2014年から描かれた『SWAN ドイツ編』後半を収録。尊敬する天才振付家ジョン・ノイマイヤーの「オテロ」のオーディションを経て、デズデモーナ役を射止めた真澄。レオンと喜び合うも束の間、体調に異変を感じて訪れた病院で告げられたのは――? 1976年にスタートしたバレエ漫画の金字塔『SWAN―白鳥―』、遂に感動のフィナーレへ!!
●SWAN全16巻完結記念企画:描きおろし番外編「引退公演を迎えた日」23P収録! 真の最終回ともいえる有吉先生のメッセージのこもった力作です。他にも、新規着色ページ、イラストも収録の贅沢な一冊。ぜひ、ご覧ください!
おすすめの本
『SWAN―白鳥―愛蔵版』 特装BOXセット3
新カバーの『SWAN愛蔵版』⑦⑧⑨巻が入った美装函セット
定価=6050円(10%税込)
有吉京子 著(平凡社)
詳細はこちら