「帰ってきた」と思える、ホーム感
いちばん初めにシアターコクーンの舞台に立ったのは、ケラさん(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)作・演出の『カメレオンズ・リップ』(2004年)です。それから、年に一度くらいのペースでシアターコクーンの舞台に呼んでいただいていますね。
シアターコクーンの印象は、居心地がいいところ。楽屋から舞台袖に階段で登って、袖から舞台に上がる動線が、とてもいいんですよ。キャパ(客席数)や構造が似たような劇場は他にもありますが、シアターコクーンは特別。なんか「帰ってきた」と言いますか、実家に戻ってきたような思いがしますね。
小劇場出身のぼくとしては、若い頃は下北沢のザ・スズナリが「聖地」でした。あそこの舞台に立つのを夢見て役者を続けていたところもありましたからね。その頃は、シアターコクーンはもう雲の上の存在。そんなわけで、『カメレオンズ・リップ』でシアターコクーンに出ることになった時の、わくわくした気持ちはよく覚えています。
©︎細野晋司
役者として様々な経験をさせてくれた劇場
思い出深い公演と言えば、蜷川幸雄さん演出の『ひばり』(2007年、作:ジャン・アヌイ)ですね。蜷川さんの演出作にぼくが初めて出た舞台です。もう驚きましたよ。稽古場から劇場に移ったとたん、いきなり舞台セットの変更があったんです。役者の声が通らないという理由で、セットを全部変えることになって……。これって蜷川さんだからできることですよね。
©︎谷古宇正彦
もうひとつ印象的なのは『十二人の怒れる男』(作:レジナルド・ローズ、演出:リンゼイ・ポズナー)。上演はまさにコロナ禍で、2020年の9月〜10月。イギリスの演出家が来日できないので、稽古はリモートでした。もう、経験のないことだから、「これ、本当にできるのかな?」とずっと不安でした。しかし演出のリンゼイさんがとても冷静な方で、稽古が進むにつれ、どんどん仕上がっていくんですよ。その感動たるや!
実際に演じる舞台セットは、シアターコクーンの席の真ん中に舞台があって、12人が座る陪審員席があるという作りでした。つまり、舞台を取り囲むように客席があって、四方から観客が役者を見るアリーナ形式の設定でした。これはもう、逃げ場がない。コロナ禍に加えて、そんな緊張感もあったわけです。しかも出演者の誰もが緊張してるから、本番前に「よし行くぞっ!」ってみんなで気合を入れたほどです。もう不安がすごくて、それを何とか押し留めて日々舞台に出てました。あれは、なかなかない経験でしたね。
©︎細野晋司
その一方で、久しぶりに舞台に立てる喜びもありました。その年の4月に出演する予定だった公演が中止になったんです。ゲネ(最終稽古)の直前に中止が決定して、その時のショックはものすごく大きかった。それから3ヶ月も4ヶ月も何もできない状態が続いて……。ですから、無事『十二人の怒れる男』が上演できたことは感激でした。しかも、一人も欠けずに完走できた。もう奇跡に近いくらいで、本当にうれしかった。その頃もまだ、よそでは公演中止がありましたから。
国内だけでなく、世界の演劇の今を届けてくれる
観客としてもシアターコクーンは大好きな劇場です。最初に客席で見たのは『上海バンスキング』。妻がオンシアター自由劇場の大ファンで、もちろん自分でチケットを買って。ゆったり見られるのがいいですね。ホワイエにあるバーカウンターの雰囲気も気に入ってます。
先日も、ジョナサン・マンビィさんが演出した『A Number―数』『What If IfOnly―もしも もしせめて』(世田谷パブリックシアター)を見に行きました。彼の作品は『るつぼ』(2016年)も見ていて、今回もとてもよかった。海外の演劇人を招く「DISCOVER WORLD THEATRE(ディスカバー・ワールド・シアター)」シリーズはこれからも続けてほしい。世界の演劇の今を届けてくれるのは価値があるし、日本であんな作品を見られるのはぜいたくなことですから。
シアターコクーンが再開したら、ぜひまた舞台に立ちたいと思います。安心できるマイホームタウンがどう変わっていくのか、それは気になりますよ。
やまざき・はじめ
1957年生まれ。神奈川県出身。東海大学工学部応用物理学科卒業。早稲田小劇場を経て、舞台を中心にドラマ、映画、CMなどでも活動。2018年11月「劇壇ガルバ」を旗揚げ。シアターコクーンプロデュースの主な出演作に、『みんな我が子−All My Sons−』(2022)『十二人の怒れる男』(2020)『ハムレット』(2019)『陥没』(2017)『太陽2068』(2014)などがある。