よしながふみが描く、男女逆転の江戸時代を読む

カルチャー|2021.8.17

若い男だけが感染する謎の伝染病・赤面疱瘡によって、男の人口が激減した江戸時代。
男女の社会的な役割が逆転した世界では、女が働き手となり、江戸幕府の将軍職も女へと継がれていく。男は種馬として大切に育てられ、江戸城大奥は、稀少な男を囲う「男の世界」となっていった――。

2004年、少女漫画誌「メロディ(MELODY)」に登場し、以降16年にわたって連載されたよしながふみの『大奥』。女将軍を主体に、三代将軍・徳川家光の時代から江戸開城までを描いた、改変歴史ものSFの傑作だ。

太陽の地図帖『よしながふみ 『大奥』を旅する』では、よしながふみが描いた男女逆転の江戸の世を、著名人や専門家の寄稿のもと、読み解いていく。

『大奥』の記念すべき第1回が掲載されたのは、「メロディ」2004年8月号

作者のよしながふみは、1994年、「月とサンダル」(「花音」10月号)で商業誌デビュー。同人誌では89年頃からすでに活動を始めており、『ベルサイユのばら』や『SLAM DUNK (スラムダンク)』などの二次創作を手掛けていた。男性同士の恋愛を中心に、その周囲で起こる出来事を描く「ボーイズラブ」ジャンルから登場した作家である。

――『大奥』は長編ではあるのですが、「中編の集積体」なんですね。導入部を経て、「恋愛もの」として始まり、中盤は赤面疱瘡に立ち向かう「医療篇」になり、最後は「恋愛からの家族もの」で終わります。私にとってほとんど初めての歴史もので、さまざまな読み口を用意しました。初めて「少女漫画的恋愛」に向かい合った作品にもなりました。(P98・「よしながふみ特別ロングインタビュー」より)

赤面疱瘡研究チーム(P101・「よしながふみ特別ロングインタビュー」より)©よしながふみ/白泉社

よしながふみの描く「江戸の世」とは、どのようなものなのだろうか。
 マンガ研究者のヤマダトモコ氏は、本書で『大奥』の魅力をこのように語っている。
――よしながふみの『大奥』は、姿かたちではなく男女の「地位」を丸ごと逆転させている。男性社会の中で活躍する女性をほうふつとさせるのではなく、女性への歴史のifと同時に男性への歴史のifが投げかけられ、本当の意味でのジェンダーの平等とは何かという問いに深く切り込んだ。(P17・ヤマダトモコ「少女漫画の結晶としての男女逆転『大奥』」より)

また、評論家の大森望氏はSF世界という視点からこのように解説する。
――通常の改変歴史SFなら、改変された時点以降、現実の歴史とは別の方向に少しずつそれていき、時間の経過とともに違いが大きくなる(たとえば、トランプ政権誕生を予言したと話題になったレイ・ブラッドベリの1952年の短編「雷のような音」では、時間旅行者が恐竜時代で蝶を一匹踏みつぶしたばかりに現代の大統領選の結果が変わってしまう)。一方、『大奥』の物語(ストーリー)は現実の歴史(ヒストリー)を忠実になぞる。ただし、歴代将軍はそのほとんどが女性になり、大奥三千人の美女は三千人の美男子に変わる。男女が入れ替わっても現実の歴史と矛盾なく整合させる天才的な辻褄合わせの妙は、歴史好きにとって『大奥』の大きな読みどころのひとつだろう。(P20・大森望「SFの手法を使い、江戸時代の歴史を“herstory”化。世界に先駆けた、トップランナー『大奥』」より)

和宮と家茂(P7・特別巻頭口絵「『大奥』イラストギャラリー」より)©よしながふみ/白泉社

各界から注目を浴び、数々の賞も受賞した『大奥』。緻密なストーリー構成で描かれる男女逆転の江戸の世には、ジェンダーだけでなく、さまざまな愛の形、血族の業など、多様なテーマが描かれている。本書を通じて、よしながふみの描く『大奥』の世界をより深く味わってほしい。

太陽の地図帖『よしながふみ 『大奥』を旅する』
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