「ともに仏となる性を持つ」空海│ゆかし日本、猫めぐり#38

連載|2024.2.17
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。
第38回は、人と猫の心が通い合う、そんな不思議な瞬間をたどります。

「猫の不思議」

 これまでいろいろな猫と出会ってきて、
 不思議に思うことがある。

 それは、どうして猫は、初対面にもかかわらず、
瞬時に猫好きの人間を見分けることができるのか、ということだ。

 たとえば、ただ通りがかっただけであいさつしてくる猫や、

目が合った瞬間に、「遊ぼう!!」と一目散に駆け寄ってくる猫。

 さらに、何の迷いもなく寄ってきて、

 気がつけばヒョイと膝に乗り、しばらくまったりと過ごす猫。

 ちゅ〜るも何も持っていないのに、ホントに不思議!

 かと思うと、一見無関心そうに見えた猫が、

去ろうとすると甘えてきたり、

こちらに興味津々なのに、

なかなか距離を縮められないオクテの猫もいる。

 表現はそれぞれ。
 でも、どの猫も人の本質を瞬時に見抜いている。

 ときには、2匹同時に歓迎してくれたり、

時間差で代わる代わるあいさつしてくれることも。

 肩書きや経歴、言葉は関係ない。
 ただ心だけを見て、感じ、判断する。

 人間同士では難しいことを、猫は軽々とやってのける。


 今月の言葉
「生命あるものはすべて、地・水・火・風・空の五大と一心、つまり識大よりなる点において、ともに仏となる性を持つ」
 ――空海 『性霊集補闕集』巻八

 真言宗の開祖であり、仏教界だけでなく、詩文や書、社会事業や土木技術など、さまざまな分野で八面六臂の活躍をした空海。その一方、弘法大師という、まるでスーパーマンのような存在として数々の伝説が残され、今なお信仰の対象になっている。あまりに巨大な世界観を有し、つかみどころがない。そんな人物ゆえに不明な点や謎も多く、出生地も讃岐や近畿などさまざまな説がある。思えば、千年以上も前に生きた人物である。ある意味、数ある説のどれを採用するかによって、それぞれの空海像ができあがるとも言えるだろう。
 生まれは奈良時代末期の宝亀5年(774)。18歳で都の大学に入り、儒教を中心に学んだ空海(当時の名前は佐伯真魚〔まお〕)は、次第に自分の進むべき道に疑問を抱き、仏道を志すようになっていく。当時の大学は、エリートのみが集う官吏養成のための国の機関。空海も当初は猛烈に勉学に励んだものの、結局大学を辞め、近畿や四国の山々に籠って、ひたすら山林修行の日々を送ったという。
 大きな転機は、ある人物から教えられた虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)という修法を成満(成就すること)したときに訪れた。本尊である虚空蔵菩薩の真言を100万遍唱えれば、記憶力が増進するというその修法を、徹底して何度も行った空海は、あるとき「谷響きを惜しまず、明星来影(らいえい)す」という強烈な体験をした。その体験が何だったのかを解き明かすため、留学僧として密教の本場、中国へ渡り、唐で出会った恵果阿闍梨(けいかあじゃり)から密教の奥義を伝授されたという。空海、32歳のときである。そして、この頃から、空海の名が歴史の表舞台に登場することになるのだ。
 帰国後の空海を支えていたのは、師である恵果阿闍梨の「密教の教えを日本中に広め、人々の幸せを祈れ」という遺誡だったと思われる。事実、空海は当時の日本では未知の教えだった密教を広めるべく、多忙な日々を送り、密教の修法をさまざまな社会活動に役立てていった。多くの著作も遺している。そんな数々の偉業により、空海の入寂後80年以上経ってから、「弘法大師」という、当時最上の諡号(しごう)が朝廷から下賜され、大師信仰が広まっていくのである。
 今月の言葉は、そんな密度の濃い人生を送った空海が、ある故人のために書いた願文(がんもん=仏事などで施主の願意を示す文)からの一節。ちなみに地、水、火、風、空の五大とは宇宙の物質面を、識大は精神面を表し、すべての生命あるものはこの六大を宿し、互いに融合して一体化していると、空海は自身の著書で説いている。空海の漢詩文集『性霊集』に収められた願文には、善行の功徳(くどく=善い行い)が、人間だけでなく鳥や魚、小さな虫に至るすべての生あるものに廻(めぐ)らされるようにと願う言葉が、最後に加えられることが多く、この文章も、「残らず成仏してほしい」という一文で締め括られている。
 大乗仏教の「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶしょう=生きとし生けるすべてのものは、仏となる素質を持つこと)」という思想をベースに、さらにそれを推し進めて、人間だけでなくあらゆる生き物が本来の仏性に目覚め、成仏してほしいと祈っているのだ。
 種を超えて、猫と心が通じ合えるのも、互いに仏性を持っているから。そう考えると納得がいく。

 今週もお疲れさまでした。
 
 おまけの1匹。

 一瞬「睨まれた?」と思いきや、

実はとてもフレンドリーだった猫。

 見かけだけで判断したことを反省!

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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