「ゆっくり距離を縮めて」阿志都弥神社・行過天満宮│ゆかし日本、猫めぐり#35

連載|2023.10.20
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。
第35回は、ちょっと人見知りな猫ちゃんたちと、少しずつ距離を縮めたあたたかい一日の思い出。

阿志都弥(あしづみ)神社に住む 2匹の猫ちゃん

 住宅街の一角に、深い森が現れた。鳥居の向こうには、長い参道。一礼し、歩を進めると、おおらかな空気に包まれた。

 琵琶湖の北西部、滋賀県高島市に鎮座する「阿志都弥(あしづみ)神社・行過天満宮」。
 平安中期に編纂された『延喜式』の神名帳にも記載されている古社、阿志都弥神社は、神代の昔、神気宿るこの地の桜の大樹に葦津姫命(あしつひめのみこと)、別名木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)を勧請し、桜花大明神と称して祭祀を行なったことにはじまるという。

 境内の東に面した鳥居のそばには、樹齢千数百年という椎の巨木。

 涼やかな木陰をつくるこの御神木は、平安時代に菅原道真が加賀国の権守(ごんのかみ)として赴任する際、途中で休んだとされている。阿志都弥神社にも参詣し、詠吟などして過ぎ行かれた由縁から、のちに菅原家の子孫が、行過(ゆきすぎ)天満大神として道真公の御霊(みたま)を勧請。この地に祀ったことから、「阿志都弥神社・行過天満宮」の2つの名前で呼ばれるようになったという。

 境内をめぐると、社務所にかわいい御朱印の見本が貼られていた。

 もしかして、猫がいる?

 はやる気持ちを抑えつつ尋ねてみると、トラと黒の2匹の猫がいるという。
 もっとも、この日は残暑が厳しく、猫たちが境内に姿を見せるのは、夕方涼しくなってからだろうとのことだった。

 「いちおう呼んでみましょうか?」
 こちらを気遣って誘導してくれたが、猫にとっては迷惑だったよう。

 「せっかくゆっくりしていたのに」。
 そう言わんばかりの、しらっとした空気が流れた。

 やがて、黒猫は境内の草むらに。

 トラ猫もそそくさと去り、

鬱憤を晴らすように、家人にスリスリ。

 一瞬こちらに気づき、躊躇したが、

我慢できずにゴロン。

 その後は、家の軒下で涼んでいた。

 これは長期戦になりそうだ。
 しばし境内で待つことにした。

 少しずつ、日陰の面積が増えていく。残暑厳しいとはいえ、季節は秋。陽が傾くにつれ、空気もすっきりと落ち着いてきた。

 やがて、家族の日課という境内の掃除が始まると……。

 トラ猫、登場!
 本殿前にも姿を見せ、

シッポを立てて、こっちを気にしながら通り過ぎていく。

 どうやら嫌われてはいないよう。

 よく見ると、側溝にも黒猫が!

 こちらはひっそりと様子をうかがっている。

 猫たちは、家族が掃除をする横で、付かず離れず一緒に過ごし、時折撫でてもらったり、おやつをもらったり。

 ようやく境内が日常モードに戻って、猫たちもリラックス。

 近づいても逃げなくなった。

 自由にパトロールもできるように。

 年に一度、弘川祭という例大祭のときだけ使われるという拝殿にも、

ヒョイと飛び乗り、我が物顔で闊歩。

 古色を帯びた建物に、すっかり溶け込みなじんでいる。

 いつも通りの暮らしぶりに触れ、「そろそろおいとまを……」と、帰り支度をしているときだった。
 ふと、視線を感じて振り返ると……。

 もしかして、見送ってくれている?

 聞けば黒猫は、特に人見知りで、外に出てこないことも多いとか。
 「今日はすごく頑張ってくれたと思います」。

 すぐに打ち解ける猫もいれば、心を開くのに時間がかかる猫もいる。それぞれみんな、愛おしい。

 後日、お土産にいただいた蜂蜜を食べてみた。

 境内に飛んでいる蜂だけから採取したという貴重な蜜は、清らかでほんのりと優しい甘さ。
 また行こう。今度は、参道の桜や梅が咲く頃に。そして、猫たちとゆっくり遊びたい。

阿志都弥神社・行過天満宮
〒520-1611
滋賀県高島市今津町弘川1707-1
0740-22-2379

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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