猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。
第35回は、ちょっと人見知りな猫ちゃんたちと、少しずつ距離を縮めたあたたかい一日の思い出。
阿志都弥(あしづみ)神社に住む 2匹の猫ちゃん
住宅街の一角に、深い森が現れた。鳥居の向こうには、長い参道。一礼し、歩を進めると、おおらかな空気に包まれた。
琵琶湖の北西部、滋賀県高島市に鎮座する「阿志都弥(あしづみ)神社・行過天満宮」。
平安中期に編纂された『延喜式』の神名帳にも記載されている古社、阿志都弥神社は、神代の昔、神気宿るこの地の桜の大樹に葦津姫命(あしつひめのみこと)、別名木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)を勧請し、桜花大明神と称して祭祀を行なったことにはじまるという。
境内の東に面した鳥居のそばには、樹齢千数百年という椎の巨木。
涼やかな木陰をつくるこの御神木は、平安時代に菅原道真が加賀国の権守(ごんのかみ)として赴任する際、途中で休んだとされている。阿志都弥神社にも参詣し、詠吟などして過ぎ行かれた由縁から、のちに菅原家の子孫が、行過(ゆきすぎ)天満大神として道真公の御霊(みたま)を勧請。この地に祀ったことから、「阿志都弥神社・行過天満宮」の2つの名前で呼ばれるようになったという。
境内をめぐると、社務所にかわいい御朱印の見本が貼られていた。
もしかして、猫がいる?
はやる気持ちを抑えつつ尋ねてみると、トラと黒の2匹の猫がいるという。
もっとも、この日は残暑が厳しく、猫たちが境内に姿を見せるのは、夕方涼しくなってからだろうとのことだった。
「いちおう呼んでみましょうか?」
こちらを気遣って誘導してくれたが、猫にとっては迷惑だったよう。
「せっかくゆっくりしていたのに」。
そう言わんばかりの、しらっとした空気が流れた。
やがて、黒猫は境内の草むらに。
トラ猫もそそくさと去り、
鬱憤を晴らすように、家人にスリスリ。
一瞬こちらに気づき、躊躇したが、
我慢できずにゴロン。
その後は、家の軒下で涼んでいた。
これは長期戦になりそうだ。
しばし境内で待つことにした。
少しずつ、日陰の面積が増えていく。残暑厳しいとはいえ、季節は秋。陽が傾くにつれ、空気もすっきりと落ち着いてきた。
やがて、家族の日課という境内の掃除が始まると……。
トラ猫、登場!
本殿前にも姿を見せ、
シッポを立てて、こっちを気にしながら通り過ぎていく。
どうやら嫌われてはいないよう。
よく見ると、側溝にも黒猫が!
こちらはひっそりと様子をうかがっている。
猫たちは、家族が掃除をする横で、付かず離れず一緒に過ごし、時折撫でてもらったり、おやつをもらったり。
ようやく境内が日常モードに戻って、猫たちもリラックス。
近づいても逃げなくなった。
自由にパトロールもできるように。
年に一度、弘川祭という例大祭のときだけ使われるという拝殿にも、
ヒョイと飛び乗り、我が物顔で闊歩。
古色を帯びた建物に、すっかり溶け込みなじんでいる。
いつも通りの暮らしぶりに触れ、「そろそろおいとまを……」と、帰り支度をしているときだった。
ふと、視線を感じて振り返ると……。
もしかして、見送ってくれている?
聞けば黒猫は、特に人見知りで、外に出てこないことも多いとか。
「今日はすごく頑張ってくれたと思います」。
すぐに打ち解ける猫もいれば、心を開くのに時間がかかる猫もいる。それぞれみんな、愛おしい。
後日、お土産にいただいた蜂蜜を食べてみた。
境内に飛んでいる蜂だけから採取したという貴重な蜜は、清らかでほんのりと優しい甘さ。
また行こう。今度は、参道の桜や梅が咲く頃に。そして、猫たちとゆっくり遊びたい。
阿志都弥神社・行過天満宮
〒520-1611
滋賀県高島市今津町弘川1707-1
0740-22-2379
堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。
堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。