『マン・レイと女性たち』
Bunkamura ザ・ミュージアム

アート|2021.7.27
坂本裕子(アートライター)

愛と謎に生きた「パリのアメリカ人」のまなざし

女性の背中をヴァイオリンになぞらえた写真《アングルのヴァイオリン》で知られるマン・レイ(1890-1976)。
数々の美女を印画紙に残した彼は、写真家としての知名度とともに、ダダ、シュルレアリスムのあそび心あふれる造形家でもあり、20世紀を代表するアーティストだ。

《カメラをもつセルフポートレート(ソラリゼーション)》 1932-35年頃 ゼラチン・シルバー・プリント(ヴィンテージ) 個人蔵 / Courtesy Association Internationale Man Ray, Paris / © MAN RAY 2015 TRUST / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 G2374
露光時に光を過多にして白黒の表情を変化させる「ソラリゼーション」で撮られた自画像。 それまでにも知られていた効果に命名し、表現として確立させたのはマン・レイである。

彼の創作の軌跡は、多くの女性に彩られている。
彼女たちは彼の創作のミューズであり、その美貌をとらえた写真のみならず、多くの造形作品にも見出せる。
 マン・レイの作品世界を関わった女性たちでたどる展覧会が、東京のBunkamuraザ・ミュージアムで開催中だ。
マン・レイと女性たちの出会いと別れを縦糸に、彼の人生を横糸に織りなされる空間は、国内随一のシュルレアリスム研究者の巖谷國士が監修。
展示構成やパネル解説まで、細やかな配慮のもと、その作品同様に知性とユーモアと謎に富む人となりとその「眼」を感じさせてくれる。
会場では、活動拠点を軸に4章で各時代の作品が紹介されるが、重要なファクターとして挙げられるのが女性たちだ。

 ユダヤ人移民の子としてアメリカ・ニューヨークの仕立て屋に生まれ、画家になることを志した彼は、保守的なニューヨークに見切りをつけ、30歳でパリへ向かう。ニューヨーク時代の最初の妻アドン・ラクロワは、フランス近・現代文学や現代美術への造詣が深く、美しい言語の響きとともにマン・レイのフランスへの憧れを醸成し、彼の創作の原点ともいえる知的世界へと導いた存在だった。

ニューヨーク時代の作品(Ⅰ章展示風景から) ニューヨーク・ダダ時代の作品は、デュシャンとの交流を感じさせる。デュシャンとは生涯の友として協力し合ったという。 最初の妻アドンの肖像写真は残っていないが、会場ではスケッチとオブジェにその想いを観ることができる。

大戦のはざま、シュルレアリスム運動が盛んなパリは、経済発展と第一次世界大戦の反動、次の戦争への不穏な空気が入り混じり、多様な芸術文化活動が花開く「レ・ザネ・フォル(狂騒の時代)」。
ニューヨークで親友となったマルセル・デュシャンの案内で、ダダのトリスタン・ツァラや、マックス・エルンスト、ポール・エリュアールらシュルレアリストたち、パブロ・ピカソやジャン・コクトーなど、多くの芸術家と交流し、シュルレアリスムの活動に参加する。
同時に隆盛するファッション業界でも活躍。生活のためにはじめた写真は、そこに表された独特の感性により高い評価を得て、写真家マン・レイの名声が確立されていく。

パリのシュルレアリストたちの肖像(Ⅱ章展示風景から) 演出を凝らした彼らの肖像や作品の写真は、その人物を感じさせるウィットの利いたマン・レイの作品であると同時に、シュルレアリスムの活動の貴重な記録ともなっている。

彼がパリで出会った瞬間に恋に落ち、7年間同棲したのが、強烈な個性とその容姿であまたの芸術家たちを魅了したキキ・ド・モンパルナスことアリス・プラン。 
彼女は彼の多くの代表作に昇華し、その作品によりキキの名もさらに歴史に残されることになる。

《アングルのヴァイオリン》 1924年 ゼラチン・シルバー・プリント(後刷) 個人蔵 / Photo Marc Domage, Courtesy Association Internationale Man Ray, Paris / © MAN RAY 2015 TRUST / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 G2374
タイトルはフランス語の成句で、画家アングルがヴァイオリンを得意としていたことから「余技(ときに下手の横好き)」を表すのだとか。見た目のなぞらえに、アングルへのオマージュ、そして自身のスタンスなど、幾重もの意味をまとうマン・レイの代表作のひとつ。

写真を学びたいと、キキと別れたマン・レイのもとにやってきたのが『ヴォーグ』誌の表紙などを飾ったモデルだったリー・ミラー。
この知的な美貌の女性をマン・レイは熱愛するが、プロの写真家としての自立を望んだリーも彼のもとを去り、彼の傷心は2年を費やして完成させた油彩画
《天文台の時刻に―恋人たち》に結実する。

《リー・ミラー》 1930年 ゼラチン・シルバー・プリント(後刷) 個人蔵 / Photo Marc Domage, Courtesy Association Internationale Man Ray, Paris / © MAN RAY 2015 TRUST / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 G2374
マン・レイはリーの写真を多く撮っているが、横向きや影、身体の一部などのアングルが目立つ中で、正面から撮られためずらしい一作。意志の強そうな目が印象的な、端正な美しさは、見るものをハッとさせる。
《天文台の時刻に―恋人たち》 1934/1967年 リトグラフ(多色) 個人蔵 / Photo Marc Domage, Courtesy Association Internationale Man Ray, Paris / © MAN RAY 2015 TRUST / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 G2374
リーの唇をモチーフにした油彩画は、マン・レイの「シュルレアリスム絵画」の代表作とされる。空に浮かぶ巨大な唇は抱きあう恋人にも見える。彼女への特別な想いがつまっているのだろう、後年には版画やオブジェ、ジュエリーなどで再制作された。

1934年には、「カフェ・オ・レ色の肌」の魅力的なダンサー、アディ・フィドランと出会う。陽気で素直なカリブ海出身の恋人は、ファシズムの暗雲立ち込めるパリの空気の中で、マン・レイの心の支えになった。油彩画《上天気》の前のふたりの写真はその様子を伝える。
 第二次世界大戦の勃発でアメリカに帰るマン・レイとは別れるも、パリのアトリエに残された作品を守り抜いたのも彼女だった。

 パリを脱出したマン・レイはハリウッドにアトリエを構え、映画界での仕事などに携わるが、写真家にとどまるアメリカでの評価と風土になじめず、1951年、60歳でふたたびパリへ。

 ハリウッドでは、ふたり目の妻となるジュリエット・ブラウナーとの出会いを得る。ブルックリン育ちのモデル、ダンサーで華奢な体と朗らかな性格、21歳年下のジュリエットは、マン・レイの最後の伴侶であり、晩年における創作の源泉となる。

《ジュリエット》(作品集『ジュリエットの50の顔』より) 1943年 ゼラチン・シルバー・プリント(ヴィンテージ)コンタクトシート 個人蔵/ Courtesy Association Internationale Man Ray, Paris/ © MAN RAY 2015 TRUST / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 G2374
やや吊り目がキュートな魅力のジュリエット。マン・レイも植物に見立てた絵にそれを象徴的に表している。彼の最期を看取った彼女は、墓石に「またいっしょ」の銘を刻み、モンパルナス墓地でマン・レイと並んで眠っている。

このほかにも、画家・彫刻家のメレット・オッペンハイム、エリュアールの妻ニュッシュやピカソの愛人ドラ・マール、近代女性のモードを生み出したココ・シャネルやエルザ・スキャパレッリに、カザーティ侯爵夫人、女優のエヴァ・ガードナーなどなど。その華やかさたるやこの時代の文化史さながら。

《エロティックにヴェールをまとう(メレット・オッペンハイム)》 1933年 ゼラチン・シルバー・プリント(後刷) 個人蔵 / Photo Marc Domage, Courtesy Association Internationale Man Ray, Paris / © MAN RAY 2015 TRUST / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 G2374
マン・レイをして「私の会ったなかでも、因習に縛られないことでは指おりの女性」と言わしめた、反逆的な精神の美女。いま観ても刺激的で官能的なこの連作は大スキャンダルを巻き起こした。 彼女がデザインした前衛的なジュエリーも会場で紹介されている。
『自由な手』のデッサンをもとに、後に制作されたブロンズ作品(Ⅱ章展示風景から) 「手」と「女性裸体」が持つ表情の豊かさに注目。 奥に見えるのはアディ・フィドランの肖像と《上天気》。

彼女たちに共通するのは、自立心や生き方を自分で決める意志の強さを感じさせる凜とした美しさだ。そこには消費される美の対象としてではなく、一個人への敬意と客観的なまなざしがある。

 彼は演出を施した「セルフポートレート」も多く残している。それらにもやはりどこか自分を突き放した客観性とユーモラスなニュアンスがただよう。
印象的なのは、どこか憂いを秘めながらも強い光を宿すその目。
背も低く、ハンサムともいいがたい彼が、多くの美女たちをとらえたのは、この瞳の魅力とフェミニストといえるまなざしのためではなかったか。

 マン・レイは、パリで1976年に86年間の生涯を閉じ、モンパルナス墓地に埋葬された。
 「マン・レイ」と名乗ってから、本名や出身、家族のことを語ろうとしなかった彼は、姪に「あなたは誰?」と問われた時に「私は謎だ」と答えたという。
 写真は余技、画家でありたいと願った彼は、しかし肖像写真でも、オブジェでも変わらず、その知識や経験を活かした重層的な「たくらみ」を重ね、その本質を見えなくする。‘‘真剣’’にあそぶ姿がそこに在る。

第2次パリ時代のオブジェ(Ⅳ章展示風景から) 一見「?」なオブジェはぜひタイトルと一緒に。フランス語の音や意味を知った時、彼の言葉あそびのユーモアに‘‘クスリ’’となるはず。女性たちへのオマージュも見つけられるかも。

出口には《イジドール・デュカスの謎》とそのオブジェを運ぶ自画像のリトグラフ作品《フェルー通り》が展示される。
オブジェで毛布に架けられていた紐はリトグラフでは解かれている。それはなぜ?
包まれているミシンは女性、究極には最初の妻アドンの象徴といわれる。
女性たちでたどるマン・レイの創作はアドンへと戻り、謎めいた魅力とともに円環するのである。

《イジドール・デュカスの謎》と晩年のリトグラフ《フェルー通り》(Ⅳ章展示風景から) 形からミシンと想像できるものの、布に包まれた状態では中身は謎である。そして紐は封印とも秘密ともとれる。この紐がリトグラフでは描かれない。ミシンがアドンの象徴であるとされた時、解かれた紐は何を意味するのか。切なくて楽しい謎かけが潜む。

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展覧会概要

マン・レイと女性たち Bunkamuraザ・ミュージアム
全日程オンラインによる日時予約制
日時予約サイトにて来館日時を予約のうえご来場ください。
 *障がい者手帳をお持ちの方とその付き添い1名、および未就学児の予約は不要です。
 *当日、予約枠に空きがある場合は、事前予約なしでも入館できます。
 (ただし混雑状況に応じてお待ちいただく場合がございます)
また、今後の状況により会期、開館時間などが変更になる場合がありますので、
事前にBunkamuraホームページでご確認ください。

会  期:2021年7月13日(火)~9月6日(月)
開館時間:10:00-18:00 ※毎週金・土曜日は20:00まで
(入館は閉館の30分前まで)
休 館 日:会期中無休
入 館 料:一般 1,700円、大学・高校生 800円、中学・小学生 500円

Bunkamuraホームページ https://www.bunkamura.co.jp/

★巡回情報
長野県立美術館 2022年4月21日~6月19日

公式図録
シュルレアリスム研究の第一人者で本展監修者の巖谷國士による、柔らかく、丁寧な解説は、物語を読むような感覚でマン・レイの生涯とその創作を追うことができる。
人物解説を含む巻末の資料も充実しており、図録といいながら書籍の体裁と併せ、愛蔵版として書棚に置きたい一冊となっている。


マン・レイと女性たち


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