珠玉のコレクションであじわう浮世絵の醍醐味・2 「レスコヴィッチコレクションの摺物 ―パリから来た北斎・広重・北溪・岳亭―」 ~大和文華館

アート|2024.8.9

 パリ在住の浮世絵コレクター ジョルジュ・レスコヴィッチ氏の蒐集品。浮世絵の個人コレクターとしては世界有数とされるコレクションは、極上の摺りとラインナップで、浮世絵の鮮やかで豊かな世界を現代によみがえらせてくれる。
 このコレクションを紹介する展覧会が2か所で開催中。現在は後期展示となるが、前期の展示風景とともにその魅力の一端を紹介する。
 第2回は奈良、大和文華館の「レスコヴィッチコレクションの摺物 ―パリから来た北斎・広重・北溪・岳亭―」。

※会場風景の作品はすべてジョルジュ・レスコヴィッチ氏蔵

| 世界でも貴重なコレクション

 歌川広重の風景画を中心に、時代も絵師もジャンルも広範囲にわたるというレスコヴィッチ氏の収集のうち、もうひとつの特色として挙げられるのが「摺物」だ。

 摺物とは、個人や特定の団体が正月の挨拶や記念日などに配布するために制作された特注品を指す。一般に販売される浮世絵版画とは異なるオーダーメイドの非売品で、数十部から数百部しか摺られないので残存数も少ないが、当代人気の絵師に画を依頼し、彫りも摺りも凝った作りが、当時の版画の究極美をみせつける。
 絵師の細密な、あるいは大胆な画をみごとに再現する彫り、紙に凹凸で表現する空摺(からずり)やきめ出しに、金銀や雲母(きら)を使った豪華で手の込んだ摺り、多色を重ねた鮮やかな彩色など、販売品にはない魅力を持つ。多くが縁起のよいモチーフを描き、華やかさをいや増しにする。それらは発注者の財力と、その教養とセンスを象徴するのだ。

前期展示風景から
魚屋北溪「蒙求 毛宝」文政(1818-30)前半期ころ
気になるものはぜひ角度を変えてながめてみて。空摺や金銀摺が確認できる。

 氏は、この摺物を精力的に蒐集し、その規模は650点を超え、世界でもトップレベルの規模を誇るという。
 本展は、そのコレクションから選りすぐり約270点が来日。葛飾北斎と門人、広重ほか歌川派の面々に、窪俊満、溪斎英泉などまで、稀少な作品が大集結する。展覧会に出品されることもまれな摺物をこれほどに堪能できるまたとない空間だ。また、全作品に解説がついているので、書画ともに味わう本来の楽しみに近づけるのも嬉しい。

 会場では、絵師別の4章で作品をみていく。
 よく知られるのは小さな色紙判だが、注目は全紙判・長判の摺物だ。全紙判は上下で二つ折りにされるので、画と文が逆さまに配される。この字の部分がないものが長判。本来の形で確認できるのはなお貴重だ。

会場プロローグの前期展示風景から
会場プロローグの前期展示風景から
左:葛飾北斎「買初の座敷」寛政10年(1798)
右:歌川広重「雪の門松に犬」天保9年(1838)
貴重な全紙判・長判の作品も多数みられる

| 摺物制作最大級、北斎から門弟への継承

 摺物の全盛期は寛政から天保中期(1789~1844)。背景には、経済の発展と、富裕町人だけではなく武家階級にも波及した狂歌の爆発的なブームがある。狂歌師たちは「連(れん)」を形成し、グループ内で狂歌を題材にした摺物を作成、配布した。
 北斎はその全期にわたって大きさもさまざまに大量の摺物を手がけたという。これが弟子たちの摺物制作の礎になったようだ。
 代表作である揃摺物の「馬尽」シリーズをはじめ北斎の多彩な摺物には、改めてその画力を感じられる。同時にみごとな彫りと摺りもその工夫とともに堪能しよう。

「第一章 北斎」の前期展示風景から
「第一章 北斎」の前期展示風景から
左:葛飾北斎「空満屋連和漢武勇合三番之内 弁慶と韃靼美人」文政3年(1820)
右:葛飾北斎「富士図」文政6~7年(1823-24)
精緻かつ大胆な北斎の本領を再確認できる
「第一章 北斎」の前期展示風景から
左:北斎の摺物の代表作「馬尽」シリーズ
右:(左から)葛飾北斎「馬尽 駒止石、御厩川岸、駒形堂」文政5年(1822)

 弟子たちも負けてはいない。なかでも魚屋北溪(ととやほっけい)と岳亭春信の色紙判の揃物は、ゴージャスで見ごたえがある。師を継ぎながらも次世代らしい創意工夫も楽しみたい。なお、レスコヴィッチ氏は、北斎、広重に並び、岳亭がお気に入りの絵師だとか。

「第二章 北溪・岳亭と北斎門人」の前期展示風景から
魚屋北溪の揃摺物「花見五番続」文政6年(1823)。後期には「尚歯会番続」の揃物がみられる
「第二章 北溪・岳亭と北斎門人」の前期展示風景から
左:岳亭春信の揃摺物「傾城見立列仙伝 七番の内」文政(1818~30)中期頃
右:岳亭春信の展示から
師・北斎を継ぎつつもオリジナリティが感じられるところが魅力

| 役者絵、美人画に風景も。派閥を活かした歌川派

 豊国、豊広から、役者絵・美人画で人気を博した国貞、武者絵で名を上げた国芳、そして名所絵の広重と、幕末に最大の流派を形成した歌川派。摺物でもやはり役者絵が多いのが特徴という。襲名や訃報、顔見世などを契機につくられたそれらは、贔屓筋の熱意も感じさせ、当時の歌舞伎の活況を伝える。
 国貞と門人の貞景(さだかげ)の美人と国芳のそれを揃物で比べてみるのも楽しい。広重のコレクションの充実ぶりは「広重 ―摺の極―」(あべのハルカス美術館)の展示とともに感じたいところ。

「第三章 国貞・国芳・広重と歌川派」の前期展示風景から
歌川国貞の役者絵と美人画の摺物
「第三章 国貞・国芳・広重と歌川派」の前期展示風景から
歌川国芳の美人を描いた摺物たち
「第三章 国貞・国芳・広重と歌川派」の前期展示風景から
歌川広重の摺物たち

| 珍品、個性派、独立系も活躍

 4章では、鳥居清長、勝川派と、独自の画風で人気を得た俊満、英泉らの作品が紹介される。
 後期展示の清長作「藤間芳名開き公演摺物」はぜひ。当時最高級の奉書に摺られた豪華な一作で、他に現存が確認できていない超稀少品だ。
 絵師であるとともに著名な狂歌師として連も主宰していた俊満の個性は際立っている。北斎にも私淑していた英泉は、猪首の独特な美人の妖艶さが凝った摺りと併せてちょっと欲しくなる。

「第四章 清長・俊満・英泉、他」の前期展示風景から
左:溪斎英泉の作品
右:窪俊満の作品

 最後を飾るのは、流派を超えた合作の摺物。各々の絵師の競演を、摺師、彫師の卓抜した腕が表した一作は、依頼品であることを超えて版画にかける彼らの愉楽と熱意を伝える。

「第四章 清長・俊満・英泉、他」の前期展示風景から
勝川春英・泉目吉・歌川豊国・長谷川雪旦・葛飾北斎「常盤津文字喜名浚い会摺物」享和3年(1803)
後期には、歌川豊広・豊国・勝川春英・葛飾北斎・魚屋北溪・岳亭春信による「六歌仙図」(文化11~12年[1814-15]頃)で、主だった絵師の競演を極上の摺りで楽しめる

 オリンピックに沸くパリからやってきた珠玉の摺物たち。江戸の活気の中で展開した趣味人たちの粋と高雅、それに応える絵師、摺師、彫師の意気と技を、めでたく華麗な空間で堪能して。

展覧会概要

「レスコヴィッチコレクションの摺物 ―パリから来た北斎・広重・北溪・岳亭―」

大和文華館
会  期: 2024年7月9日(火)~9月1日(日)
     ※前後期で展示替えあり(後期展示8月6日~)
開館時間:10:00‐17:00
※入館は閉館の30分前まで
休 館 日:月曜(ただし8月12日は開館)、8月13日
観 覧 料:一般950円、高校・大学生730円、小中学生は無料
障がい者手帳持参者とその同伴者1名は2割引
問 合 せ:0742-45-0544

公式ホームページ https://www.kintetsu-g-hd.co.jp/culture/yamato

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