別冊太陽10月刊は、久しぶりの西洋美術を特集!
最近では、西洋美術史をもう一度学び直したいという人や、新しいビジネスマインドを身に付けるためにアートに関心を持つ人が増えています。
私たち別冊太陽では、難しい美術用語や美術史を知らなくても、もっと気軽に楽しく絵画に触れることから始めてもらえたらと考え、100のキーワードで「絵解き」的に楽しめる特集を組んでみました。
「悪魔」「ヴィーナス」「疫病」「ヌード」「楽園」「遠近法」……と、それぞれのキーワードはどれも魅力的。各キーワードは、ページ単位でまとまっているので、気になるところから読んでいただいても構いません。
今回は、名だたる名画・200点超が勢揃いした、まさに保存版ともいえる本書の中から、監修の田中正之氏(国立西洋美術館館長)の序文を再掲します。
芸術の秋にふさわしい本特集を、ぜひお手に取ってご覧くださいませ。
「はじめに」 田中正之(国立西洋美術館館長)
近年ではSNSのおかげで多くの方々が西洋美術の展覧会をご覧になられたあとの感想を自由に書かれ発信されるようになり、どのような絵に関心を持ち、どんな点に惹かれ、どう鑑賞されているのかが以前よりもずっとよく分かるようになった。そうした感想を読んでいると、あまり美術史的な知識に縛られずに自由に作品を見られており、既成の価値観をあまり意識されずに、巨匠として扱われているような画家の作品であれ、相対的にマイナーな作家の絵画であれ、自分に何か響くものがあれば、それに強く反応されているのがよく分かる。
西洋の絵画は、社会的にも宗教的にも、あるいは生活習慣的にも日本に長く暮らす者には馴染みのない部分が少なからずあろう。そしてほんの少しの予備知識を得るだけで、作品がずっと面白く見えてくるということもよくある。しかし、先に記したように、既存の価値体系を気にせず自由に作品を見て楽しんでいる方々に、典型的な美術史的知識を、つまり誰がビッグネームであり、誰はそれほどではないとか、美術の展開の歴史を理解するための用語、例えばロマネスク、ゴシック、ルネサンス、マニエリスム、バロック、ロココといった言葉を伝えたところで、どれだけ作品をより興味深く見られるようになるのだろうか。無論、まったくならないということはない。バロック美術の表現が、どのような時代を背景として、どのような思想のもとで、どういった効果を狙って現れたものなのか、そういったことを言葉で説明されると、実際にバロック美術の理解はぐっと深まるだろう。こうしたことを解説した西洋美術の概説書はすでにいくつもある。しかし、先に記したような用語を覚えないと西洋美術に近づくことさえできないわけでは無論ない。
もう一つ西洋美術を深く知ろうとした時に突き当たることになるのが、主題の問題であろう。実際、西洋美術の主題や物語を解説する書物はこれまでも数多く出版されてきた。そこには、例えば古代ギリシャ・ローマの神々の名前、たとえばゼウス、ポセイドン、テセウスといった名が並べられ、ウェヌス(ヴィーナス)やアポロンには馴染みがあるかもしれないが、無数に取り上げられる神々の名を前に途方にくれてしまう方もいるのではないだろうか。キリスト教主題にしても旧約聖書や新約聖書の諸場面の解説や、これもまた数知れない聖人の名前が記されている。こうした主題をすべて知らないといけないのだろうかと疑問をもつ方もいるかもしれないが、どういった主題や物語が、どのような表現上の創意工夫をもって表されているのかを知ると、これもまた作品の理解をぐっと深めてくれるのも確かである。イエス・キリストを裏切ったユダが、キリストに接吻する瞬間を、画家たちはどう表すのか、画家によってさまざまに変わるその多様な表現を見比べてみると、絵を描くということがどういうことなのかが少し見えてもくるだろう。あるいは「プシュケとクピド」と題された作品に描かれた男女(正確には神と人間の娘だが)のあいだに、いったいどのような出来事が展開しているのかが分かると、プシュケの身振りやしぐさの意味がより鮮明になるだろう。
「キューピッド」「聖堂」の項目。
しかし、通史的な概説書からも、主題や物語の解説書からも抜け落ちてしまうものがある。例えばそれは、「雲」であるとか「お金」。あるいは「森」とか「光」。何かある作品を見た時に、自分にとって印象的だったのが雲の描き方であったり、光の表現であったりした時、通史の本を繙いても、主題事典を開いても、あまりこうした項目について書かれていることはない。冒頭に記したような先入観なしに西洋美術を鑑賞されている方々には、むしろこうした項目について助けとなるような書物があれば、さらに作品が面白く見えてくるのではないだろうか。
このような考えから、本書は「絵解き」的なアプローチによって西洋美術に接することができるようなものを試みた。無論、ここに選んだ100項目ですべてが網羅されうることはないだろうし、さらにもっと多くの項目を思いつかれる方もいるだろう。しかし、西洋の絵画作品により親しみ、楽しんでいただくための踏み台にはなりえるのではないかと思っている。本書が、通史上の用語や主題・物語とはまた異なる観点から西洋美術を見るための新たな契機となれば幸いである。
「ダンス」「猫」の項目。
「羊」「雪」「欲望」の項目。
別冊太陽『キーワードで読み解く 西洋絵画を知る100章』
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