「お姿そのものが説法」の仏像と猫 施福寺│ゆかし日本、猫めぐり#5

連載|2022.7.15
堀内みさ

猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。第5回は施福寺で暮らす、ちょっと人見知りだけど愛されている猫・ふくちゃんが登場。

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千数百年の歴史を持つ寺で、
出迎えてくれた気ままな猫

清流の澄んだ瀬音を聞きながら、自然石の階段が続く参道を歩いて30分ほど。
 大阪府和泉市にある施福寺(せふくじ)は、標高約600mの槇尾山(まきのおさん)山頂近くにひっそりと建つ。創建は、仏教伝来まもなくの欽明天皇の時代。千数百年の歴史を持つ。

境内に着き、まずはご本堂前の展望所へ。間近に奈良の金剛山などの山々を見ながら息を整え、さあお参りをと振り返ると猫がいた。

声をかけると足早に逃げる。

だが、嫌われてはいないよう。
 こういうときは焦らないに限る。気分を変えてご本堂へ向かった。

ご本尊の弥勒菩薩は、お釈迦さまの死後、56億7000万年経った世界に現れ、人々を救うとされる未来仏。

隣には、西国三十三所第4番札所としてのご本尊、十一面千手千眼(せんじゅせんげん)観世音菩薩も祀られている。

「観音様は、まず私たちを見て悲しんでくださいます」。ご住職の津守佐理(つもりさり)さんは言う。
 千の手、千の眼を以って、私たちのすべてを観音様は観じ、悲しみ、その上で慈悲の心で救ってくださる。だから自分をさらけ出し、きちんと見ていただくことが大事だ、と。

内陣には他にもさまざまな仏様が祀られている。中には、人生で起こるさまざまな変化を良い方向に変えるとされる方違(ほうちがい)大観音や、足裏を見せた足守馬頭(あしもりばとう)観音など、日本で唯一の仏像も。

「馬は馬力という言葉があるように、生命力の象徴。人の命の根源は足、ということで、足裏を見せていらっしゃるのです」。ご住職の「お姿そのものが説法」という言葉に深く納得。

外に出ると、さっきの猫が歩いていた。

距離を取りながら、後を追う。

山深い境内を闊歩する姿は、修験者のよう。聞けばこの猫は、さまざまな参詣者が世話をしている寺猫で、気が向いたときしか姿を見せないという。

猫の縄張りでもある槇尾山は、意外にも「海」の信仰を原点に持つ地。山頂には、奈良の巻向(まきむく)山に鎮座する穴師坐兵主(あなしにますひょうず)神社の神様をお招きして祀ってあり、山の名も、もとは「巻尾山」だったという。
 「この山を源とする槇尾川を下った河口(現在の泉大津付近)には、ヤマト王権時代に重要な港があり、出航前にここで航海の安全を祈っていたのです」。

「おーい、ふくちゃーん」

野太い声がして、猫が駆け出した。見ると、男性が猫に話しかけている。この男性はほぼ毎日参拝に訪れ、そのたびキャットフードを置いていくという。「首輪も苦労してつけたんだよ」。境内の空気が一気に和んだ。

一見、人見知りでそっけない。それでも惹かれてしまうのは、猫が何にも縛られずに自由に生き、自分の心に正直だから。

幸せは、自分で見つけるものらしい。

天台宗 槇尾山施福寺

〒594-1131
大阪府和泉市槙尾山町136
TEL 0725-92-2332
3月1日〜10月30日 8:00~17:00
11月1日〜2月末日  8:00〜16:00

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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