別冊太陽5月刊は「小泉八雲」特集。
八雲というと、とかく『怪談』が取り上げられがちだが、代表作『日本の面影』では、八雲が旅した各地の日本が描かれ、日本人の美質を正確に見抜いた、その観察眼は、いまもって一級の日本文化論となっている。
別冊太陽では、八雲研究の第一人者である、池田雅之氏(早稲田大学名誉教授)に監修をお願いした。
今回は、その池田氏による、序章の文章を再掲する。
「知られざる」八雲の魅力を、別冊太陽本誌でも感じていただけたら嬉しい。
小泉八雲はいつも私たちのそばにいる
池田雅之
『日本の面影』や『心』に代表される小泉八雲の作品群の最大の特徴は、日本に対して、偏見のない開かれた心、オープン・マインドをもち、共感的であるという点であろう。来日した欧米作家にありがちな上からの目線ではなく、人種的偏見のない視線で日本の庶民のすがたが描かれている所が、とりわけ八雲の日本時代の作品の美質といってよい。
八雲の紀行文や随筆を読むと、心穏やかな気もちになり、「八雲さんはいつも私たちのそばにいる」という嬉しいような感情に満たされる。八雲はアメリカでの新聞記者時代に鍛え抜いた筆力と観察眼を生かし、民俗収集の手法を用いて、日本の庶民の生活の中に深々と入っていくことができた類いまれな作家である。
そして、八雲は日本の庶民が何を大切にし、何をもって幸福と感じているかをつぶさに描き、欧米の人々に知らしめた。欧米の人たちには誤解を受けそうな日本人の堅苦しい礼儀作法や、不可解な微笑を作品で取りあげ、抑制的で、相手の立場を重んじる日本人の倫理観や精神性を評価し、海外に紹介した。
ギリシャに生まれ、アイルランドで学び、アメリカで働き、日本へとたどり着いた八雲。それぞれの文化をオープン・マインドで吸収する点が、八雲の魅力だ。
八雲の日本文化や日本人について書いたものは、片寄っていてほめすぎだという人も内外にいる。たしかにそうした面はある。しかし、文学や芸術のあり方として、対象(日本)に対する「敬意」と「愛」とが基調となっているのが、言語芸術としての八雲文学の本質であり、生命(いのち)なのであった。
かつての盟友であったイギリス人の日本学者バジル・ホール・チェンバレンは、リヒャルト・ワーグナーの「およそあらゆる理解は愛を通じてのみ、我らにいたる」という名言を引いて、八雲の著作を絶賛したことがあった。まさしく八雲は日本への心からの「敬意」と「愛」があったからこそ、日本文化や日本人を理解し、日本について多くの著作を書き残すことができたのだと思う。
今でも、私たちは八雲の作品を通して、120年前の古き佳き日本と日本人に触れる出会いの旅に出かけることができる。日本人となった八雲は、今でもいつも私たちと共にいて、一緒に日本中を旅してるのだ。
八雲が訪れた出雲をはじめとした日本各地を、八雲の言葉と風景写真とともに紹介。
また、人気の怪談についても、「耳なし芳一」「雪女」「むじな」などを全文掲載。じっくりと八雲の文章に浸りたい。
別冊太陽『小泉八雲 日本の霊性を求めて』
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