ジョージ・バラシン振付『セレナーデ』サラ・マーンズ

[現地ルポ]NYCBニューヨーク・シティ・バレエの今~バランシンの真骨頂と新しい風

カルチャー|2026.3.3
文=上野房子(舞踊評論家、明治大学非常勤講師) 写真提供=ニューヨーク・シティ・バレエ All Stage Photos by Erin Baiano

 ニューヨークの文化の象徴といえば、ブロードウェイの賑やかな劇場街や、無尽蔵のコレクションを誇るメトロポリタン美術館を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、もう一つ、忘れてはならない文化の殿堂がある。大小30もの劇場を擁するリンカーン・センターこと、〈 Lincoln Center for the Performing Arts〉 だ。

アメリカの〈バレエの聖地〉、ニューヨーク州立劇場

※ニューヨーク州立劇場 正式名称は〈David H. Koch Theater〉。巨額寄付をした超富豪の名が冠されているが、旧称〈New York State Theater〉または〈State Theater〉と呼び続ける長年のファンが少なくない。©Jon Simon

 中央の広場の一角で存在感を放っているのは、アメリカの〈バレエの聖地〉と称されるニューヨーク州立劇場*。同国を代表するバレエ団、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)が、この劇場で年間20週以上にわたり公演を繰り広げているのである。
 1月下旬、筆者は自称〈NYCBウォッチャー〉としてニューヨークを訪れ、創設者ジョージ・バランシン(1904〜1983)の作品を中心とする多彩なプログラムを鑑賞した。2013年10月以来、日本公演が途絶えているNYCBの近況を、特に心を打たれた作品を中心に報告する。

バランシン振付『ライモンダ・ヴァリエーション』とアメリカン・バレエのもう一人の立役者ジェローム・ロビンズ振付『Opus No.19/The Dreamer』。ともにローマン・メヒアとタイラー・ペック

アメリカン・バレエの育ての親、バランシンの魅力

 『セレナーデ』は、帝政時代のロシアで生まれ育ち、ヨーロッパを経て1933年に渡米したバランシンが、アメリカで初めて振り付けた作品。チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」にのってステージを駆け巡る女性群舞の、なんと爽快なことか。古典バレエの典雅さとは一線を画するエネルギッシュな躍動感こそが、アメリカン・バレエの育ての親と敬愛される振付家バランシンの真骨頂であり、他の作品の群舞にも同様の躍動感がみなぎっていた。
 多くのバランシン作品同様、本作が具象的な物語を語ることはない。そうであっても流麗なワルツや憂いを帯びたエレジーにのって男女が手に手をとって踊れば、ドラマの気配が漂ってくる。NYCBの屋台骨を支えるプリンシパル、サラ・マーンズの、現実と幻想のはざまで舞う姿に魅了された。ラストシーンで浮かべた一瞬の表情には、息絶えようとする『ジゼル』の悲運のヒロインさながらの悲哀が凝縮されていた。

群舞が躍動するバランシン振付による秀作『クーペランの墓』、『ワルプルギスの夜』

新鋭ローマン・メヒアの『放蕩息子』デビュー

 NYCBのレパートリーは、何十年も踊り継がれてきたバランシン作品が相当数を占めているため、初役のダンサーによる既存作品の上演は、地元ファンに新鮮な喜びをもたらすことになる。今回は、3年前にプリンシパルに昇進、次々と大役に挑んでいるローマン・メヒアの『放蕩息子』デビューを見る幸運に恵まれた。

『放蕩息子』ローマン・メヒア

 本作の初演は、渡米前の1929年にさかのぼる。弱冠25歳のバランシンが、辣腕プロデューサー、セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュスで振り付けた作品で、アブストラクト作品を好んだバランシンとしては珍しく、聖書の「放蕩息子のたとえ話」を原典にしたプロットに沿って場面を展開させる。
 メヒアが演じたのは、表題役の〈息子〉。テクニックの精緻さはもちろん、一挙手一投足が生み出す表情の豊かさに驚かされた。同役のトレードマークになっている豪快なジャンプは、寛容な父親への反発と都会への憧れに昇華され、放蕩の果てによろめきながら故郷に帰還する姿は、深い悔恨の念を帯びていた。筆者がこれまで彼に対して抱いていた印象——陽気でアメリカンなテクニシャン——を鮮やかに裏切る名演だった。

『放蕩息子』ローマン・メヒア、エミリー・キクタ

快進撃を続ける振付家ペックの最新作

 新進振付家に創作の場を提供することもバランシンが残した伝統で、筆者の滞在中、常任振付家ジャスティン・ペックの『The Wind-Up』が初演された。ペックはNYCBに加えて、パリ・オペラ座バレエ団や英国ロイヤル・バレエ団ほかに作品を提供し、ブロードウェイのミュージカル、ハリウッド映画にも進出、トニー賞やベッシー賞を相次いで受賞する、快進撃中の振付家である。
 選りすぐりの男女3組が、文字通り、踊りまくった。予想外のひねりや重心移動を加えてバレエの技法から飛び出す一方、一瞬、有名な古典作品やバランシン作品を思わせるフレーズが現れ、思わずニヤリとさせられる。ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」を用いて、ダンサーたちをヒーローに、時にはライバル同士のようにも見せる演出の妙にもまた、ニヤリとしてしまった。

『The Wind-Up』より。ミラ・ネイドン、チャン・ウェイ・チャン

 ダニエル・ウルブリックはオープニングからグイグイと美技を繰り出し、〈wind-up≒キメよう!〉とばかりに舞台を一気にヒートアップさせた。タイラー・ペック(ジスティンとの血縁・婚姻関係なし)と上述のメヒアのコンビも、唸るほどの踊り巧者ぶりを発揮。成長著しい若手ミラ・ネイドンは、初の中国出身プリンシパルとなったチャン・ウェイ・チャンの魔術師級の絶妙なサポートを得て、エレガントな猛獣のように宙を舞った。

ボリショイ・バレエの元芸術監督で2023年にNYCB常任振付家に就任したアレクセイ・ラトマンスキー振付の話題作『パキータ』。ミラ・ネイドン、チャン・ウェイ・チャン

 6週間にわたる冬シーズンの数日間を通して、バランシン作品を継承しつつ、新たなダンサーを起用して旧作に新味を吹き込み、新作の制作も続ける姿勢を目の当たりにし、NYCBが新陳代謝を続けていることを体感できた。同時に全てを見尽くせない悔しさも残り、NYCBの再来日を切望する気持ちが募る日々でもあった。
(2026年1月28日~2月1日 ニューヨーク州立劇場)

オーギュスト・ブルノンヴィル振付『ゼンツァーノの花祭り』よりパ・ド・ドゥ。KJ タカハシは、敏捷な踊りを身上とするアメリカ生まれのソリスト。 パウル・ヒンデミットの前衛的な音楽を用いた バランシン振付『カンマームジーク・バレエ No.2』

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連載開始50周年を迎えるバレエ漫画の金字塔『SWAN-白鳥-』。愛蔵版第8巻からはニューヨーク編が開幕!!「東京世界バレエコンクール」で銀賞を取った真澄はニューヨークへ留学し、未知なるモダンバレエの世界に飛び込んだ。しかし、巨匠バランシンの物語のないプロットレス、抽象バレエが理解できずに苦しむ。レオンと『シンフォニー』に抜擢された真澄だが、振付家の意図に応えられず、遂にバランシン・スタイルを完璧に見につけているマージと役を競うことに――。

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