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オシャレも命がけ! 人々を夢中にさせた緑「シェーレグリーン」

18世紀のスウェーデンの化学者、カール・ヴィルヘルム・シェーレは思わぬ発見に興奮していました。彼が発見したのは緑色の顔料。顔料は明るすぎず暗すぎず、まるで春の青葉のような美しい自然の色合いをもっていました。これまでの緑の染料とは段違いの美しさ。しかも製造費は他の顔料に比べ格安。これを製品化すれば商業的成功は確実です。シューレは小躍りしました。
しかしシェーレにはひとつ懸念がありました。それはこの染料が恐ろしい毒を含んでいること。染料には炭酸ナトリウム、硫酸銅などが含まれていましたが、そのほかに欠かせない材料として、ヒ素化合物が含まれていたのです。
ヒ素は死に至る恐ろしい毒で、ローマ皇帝クラウディウスなどもこの毒によって暗殺されたと言われています。そんな毒が含まれた染料を人々が使ったらどうなるか。
シェーレは悩みますが、そもそも染料に含まれる程度の毒で人体に悪影響があるかどうかは、実験でもしない限りはっきりしません。「まぁ、いいか……」と言ったかどうかはわかりませんが、シェーレは結局この染料を世に発表しました。
彼によって世に送り出されたこの顔料は予想通りヒット。「シェーレグリーン」と総称され、彼の死後も染料は「パリスグリーン」「エメラルドグリーン」など亜種を生み西欧に普及していきます。
シェーレグリーンはその毒性を“なんとなく”認知されてはいましたが、当時はそうした健康に対する危機意識が低い時代です。時代が19世紀になっても、この染料は変わらず使われ続けました。その用途は壁紙やカーペットのインテリアや、衣類など。当時の人々は何とヒ素が含有された衣類を肌にまとってしまったのでした。シェーレグリーンのドレスは「緑がイケてる!」として特に大人気だったそうです。オシャレも命がけですよね。
もちろんこれで体に影響がないわけがなく、シェーレグリーンの衣類を愛用する人々は原因不明の症状に悩まされました。炎症、発疹、水ぶくれ、吐き気。しかし当時は因果関係を証明するような医療技術はなく、シェーレグリーンの毒性は人々からスルーされ続けます。19世紀の偉大な英国詩人ウィリアム・モリスでさえ、ヒ素の毒性には無頓着でシェーレグリーンの壁紙を使い続けたそうです。
美しく、癒される部屋。でも実情は…
壁紙の話が出たところで、今回の絵、これはシェーレグリーンを使った壁紙を張った部屋の様子です。美しい緑ですが、壁紙もやはり危険な存在でした。シェーレグリーンの壁紙が湿気を吸ったりして温まると、色素が化学変化して毒性の気体を放出する可能性があるからです。セントヘレナ島に流されたナポレオンはこの緑の壁紙を張った部屋を使い、衰弱死したという説もありますが、これはやや荒唐無稽な説ですね。

