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19世紀以前の貴族のトイレは「おまる」。 彼らの排泄を管理する役職もあった!

貴族でも平民でもアイドルでも、お尻から出るものは一緒です。でもお城やお屋敷にいる上級国民は庶民とは違い、ちょっと道端で用を済ませるというわけにはいきません。「ウォッシュレット」もない時代、西欧貴族らはどのように用を足していたのでしょうか。
19世紀の下水システムの発展より前、貴族たちの排泄はおまるでした。催したら召使いにおまるを用意させてその中にシャー。当時の女性は基本ノーパンでしたので、男性より簡単に排泄できたのではないでしょうか。恥ずかしい、なんていう感覚はその当時は希薄でしたから、召使いの前で排泄するなど朝飯前。お屋敷によってはダイニングやビリヤード場におまるが置いてあるケースもありました。ダイニングでおトイレ、すごく嫌ですね。
そして、事後処理も当然のごとく召使いにしてもらっていました。英国のヘンリー8世には「Groom of the Stool」という排泄を管理する役職の者までいたとか。やりたくない職業オブ・ザ・イヤーです。しかし、意外にもこのGroom of the Stoolのお仕事は英国王室で19世紀初頭まで続いています。どんな役職でも王の近くに侍ることはお得なのでしょう。
貴族たるもの、おまるの豪華さにもこだわります。おまるは「チャンバーポット」と呼ばれて、貴族らはこれに独自の意匠を凝らしました。
メトロポリタン美術館には18世紀のフランス製セーブル焼チャンバーポットが残されていますが、金彩の施されたそれは花柄模様の美しい逸品。傍目にはとてもおまるには見えません。また、おまるには携帯用以外に椅子型のものもあり、ボワイの絵にあるような非常に凝ったタイプも存在したようです。排泄の道具にも遊び心を忘れない。さすがは貴族ですよね。
悪臭漂うトイレに洗濯物を干す理由
このようにおまるに頼り切りに見える昔の貴族ですが、英国などのお城では一応それなりのトイレが用意されていました。「Garderobe(衣裳部屋)」とか「Golden Tower(黄金の塔)」(意味深ですね)とか呼ばれたコレは、ダストシュート式のトイレ。上階に用意された穴に排泄すると、ブツがはるか下界のお城の外へ放り出されるという仕組みでした。下に川が流れていれば快適なトイレとなったでしょうが、下流の人々は困る事も多かったはずです。川がない場合は、一旦排泄物を溜めて遠方へ捨てていたとか。かなり高所からアレが落ちてくる「ぼっとん便所」と考えればイメージしやすいかもしれません。
便器は木製。さぞや冷たかったでしょう。冬に腰を下ろす際には気合が必要だったのではないでしょうか。
便器の周りは恐ろしいまでの悪臭だったでしょうが、そこに敢えて服を干す者も少なくありませんでした。なぜか? 服に付いたダニがアンモニア臭で落ちると言われていたからです。どんだけ臭かったのでしょう。
最後にお尻を拭くものですが、これは干し草が用意されていました。しかし貴族はお尻の穴もデリケートです。そんな人はスポンジ状の苔や水苔を使ったそうです。

