『Sweet Mambo』ジュリー・アン・スタンザック

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団来日公演~ ピナ最愛のダンサーが踊る、ピナ最晩年の作『Sweet Mambo』

カルチャー|2025.12.18
文=小野寺悦子(編集・ライター) 写真:Joseph Marčinský

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団が、8年ぶりに再来日。ピナ最晩年の作品『Sweet Mambo』が、待望の日本初演を迎えた。

(中央左)ダフニス・コッキノス、(中央右)ジュリー・アン・スタンザック

 2008年5月、ドイツ・ヴッパタールで初演を迎えた『Sweet Mambo』。翌2009年6月にピナは68歳でこの世を去り、『Sweet Mambo』はピナの最晩年の作品の一つとなった。今回の再来日は2017年の『カーネーション-NELKEN』以来8年ぶりで、初演から17年の時を経て、この冬満を持し日本初演を果たしている。

 ロングドレスを纏った女性ダンサーが舞台に一人あらわれ、「私の名前は……」と客席に向かい話しかけ、「私を忘れないで」と口にし、踊る。続く女性ダンサーもまた「私の名前は……」と口にし、そして「私を忘れないで」と語りかける。セリフは日本語でたどたどしく、それだけに深い余韻を耳に残す。

(左)ダフニス・コッキノス、(右)ナオミ・ブリトー
アイーダ・ヴァイニエリ

 シーンは刻々と移り変わり、脈絡なく展開され、それでいて一つの大きな世界を描く。
 舞台は極めてシンプルだ。土をステージ一面に敷き詰めた『春の祭典』や色鮮やかなカーネーションの花で埋め尽くされた『カーネーション』でみられたダイナミックな演出とは趣きを異にし、飾り気のない空間がただ奥行きをもって広がっている。白いカーテンがふわりと風になびき、その隙間からダンサーたちが行き来する。

 女性ダンサーは年齢も出自も身体性も違い、各々強烈な個性を放つ。一方、男性ダンサーは全身黒のスーツで身を固め、表情も無く個性を打ち消す。女性ダンサーは肌もあらわなドレスで女性性をあきらかにし、男性ダンサーは彼女たちを絡め取ろうとする。男女は終始相容れず、性差間にはある種の緊張関係が付きまとう。それでいて女性たちは終始穏やかな笑みを絶やさず、時にユーモアさえ見せつける。

(左から)レジナルド・ルフェーブル、ジュリー・シャナハン、アンドレイ・ベレツィン
『Sweet Mambo』は京都公演に続き、埼玉公演が開催された
(中央)ジュリー・アン・スタンザック

 ピナの創作スタイルは独特で、彼女の問いにダンサーが答えるところから形作られてきた。本作『Sweet Mambo』もその手法にのっとり、ゆえにオリジナルキャストが果たす役割は大きい。今回の来日公演には、1988年入団で今なおヴッパタール舞踊団のダンサーとして現役で活躍するジュリー・シャナハンに、ゲストダンサーとして参加したナザレット・パナデロ、エレナ・ピコンらオリジナルメンバーが出演し、ピナの精神を再現。いずれもピナがこよなく愛したダンサーたちであり、ピナ作品のレジェンドたちだ。

ジュリー・シャナハン
エレナ・ピコン
ナザレット・パナデロ

 ピナと紡いだ瞬間の軌跡を、彼女たちはただならぬ円熟をもって現前に提示する。ピナの視線は温かく、残酷で、抉るように全てをあばく。ダンサーはその身を投じて踊り、葛藤、孤独と、痛みをもって内的世界をさらけ出す。ラスト、ジュリー・シャナハンのソロは象徴的で、踊りにあらわれる生き様は匂い立つように美しい。同時に観る者は感情の数々を揺さぶられ、自身の現在地を突きつけられる。ピナの深淵は底知れず、存在自体を問いただす。初演から17年、抗いがたい作品の強度に震えた。
(2025年11月27日 彩の国さいたま芸術劇場)

(左から)レジナルド・ルフェーブル、ジュリー・シャナハン、アンドレイ・ベレツィン

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