『NANA』用作画資料として使われた車のミニチュア模型。左から、京助のアルファロメオ、ブラスト移動用のワーゲンバス、タクミのゲレンデバーゲン、レンのシェルビー。

太陽の地図帖『矢沢あい『NANA』の世界』特別編(5)

『NANA』の登場人物たちが愛した「名車」をひもとく

カルチャー|2025.8.13
文=飯倉文子、写真=野川かさね

太陽の地図帖『矢沢あい『NANA』の世界』に掲載しきれなかったこぼれ話を、本誌の内容を交えて再編集したweb太陽特別編。全5回の最終回。

 矢沢あい作品は「リアル」だ。

 『NANA』にしても、ハチは主人公なのに、彼氏に浮気をされ、予定外の妊娠をし……と、「お約束」のシンデレラストーリーを歩めない。ナナも、バンドでの成功を夢見て上京してきたにもかかわらず、なかなかメジャーデビューを果たせず、過呼吸に陥ったりもする。

 人生とは思うようにいかないもの……そんなリアルな物語をよりリアルに感じさせてくれるのが、登場人物たちのファッションや身の回りのモノ。ヴィヴィアン・ウエストウッドの服をまとうナナ、セブンスターを吸うレン……と、具体的なブランドや銘柄とともにその姿を想起する読者も多いだろう。

タクミの車「ゲレンデバーゲン」とロケハンから生まれた名場面

 個性的なファッションも魅力だが、今回は、「車」にスポットを当ててみていきたい。

 まずは、ブラストのメンバーが移動用に使い、シンとレイラの逢引きの場所ともなった「フォルクスワーゲン・タイプⅡ」。愛称は「ワーゲンバス」。1960年代のヒッピーに愛され、アメリカでは「自由の象徴」のようにもみなされている。運転手は、ブラストのマネージャーの銀平。作者は「ワーゲンバスは銀平の好み……?」とコメントしている(*1)。

 タクミの車は「メルセデス・ベンツ Gクラス」。「ゲレンデバーゲン」と呼ばれ、世界中の羨望を集めてきた車だ。1979年に登場したSUVで、軍用車にルーツを持つ。クラシックな意匠を保ちつつ、常に最新テクノロジーを搭載してきた、ラグジュアリーオフローダーの頂点は、芸能界の頂点に君臨するタクミにふさわしい。

 タクミの「ゲレンデバーゲン」は、表参道の交差点で、ハチとタクミが再会を果たす際に重要な役目を果たしている。

『NANA』第5巻134頁より ©︎矢沢漫画制作所/集英社

 実は、この場面、作者が所有していたゲレンデバーゲンを友人に運転してもらい、何度も何度もけやき並木通りを走ってもらったのだそうだ。それを作者が歩道橋の上から撮影して得た資料をもとに描いたという(*2)。

 そう、『NANA』のリアルさは、作者の入念なロケハンの賜物でもあるのだ。

レンとシンをつなぐ、伝説のアメ車「シェルビー」

『NANA』第8巻40頁より ©︎矢沢漫画制作所/集英社

 レンの愛車は「1965年式のシェルビーGT350」。流麗なボディラインが目に焼きつく、アメ車の名車中の名車だ。初代「フォード・マスタング」をベースに、キャロル・シェルビー率いる「シェルビー・アメリカン」が1965年に開発した高性能モデル。マスタングのスポーツイメージを決定づけ、「走る伝説」とも称される。伝説の車に乗っていたレンは、この車で自損事故を起こし、伝説となった。

 未来のシンが乗る車は「シェルビー・シリーズ1」。その名に「シェルビー」の名を冠することからわかるように、「シェルビーGT350」と同じく「シェルビー・アメリカン」が1999年に開発した高性能ロードスター。レンに憧れたシンの、変わらぬ想いを伝えてくれる。


*1・2 太陽の地図帖『矢沢あい「NANA」の世界』より

作画の資料として使用した、未来のシンが乗っている車のミニチュア模型
『NANA』第18巻28頁に描かれたシンの車 ©︎矢沢漫画制作所/集英社

太陽の地図帖『矢沢あい『NANA』の世界』
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