太陽の地図帖『矢沢あい『NANA』の世界』に掲載しきれなかったこぼれ話を、本誌の内容を交えて再編集したweb太陽特別編。全5回の第4回目。
――当時は漫画はつけペンで描かなければいけないものと思い込んでいて、枠線引くのもカラス口だし、扱いが難しく大変でしたね。せっかく才能があっても、あの道具で心が折れた人、いるんじゃないかな? 漫画は自分の好きなツールで自由に描けばいいと声を大にして言いたいです(笑)。
と語る(*1)、『NANA』の作者・矢沢あいは、「漫画を描くツール」にこだわりを持ち、デジタル作画に早い段階から挑戦したことでも知られている。
では、『NANA』はどのように描かれたのか?
本番の線を描く「ペン入れ」という工程

そもそも漫画とはどうやって描くのだろうか。基本的に、漫画を描く手順は大きく6つに分かれる。
1:プロット(登場人物[キャラクター]と話を作る)
2:ネーム(コマ割りや絵、セリフなどを大まかに描き、作品全体の流れを決める)
3:下絵(ネームをもとに原稿用紙に鉛筆などで絵を描く)
4:ペン入れ(下絵をペンなどで清書する)
5:ベタ・ホワイト(ベタ塗り、はみ出しなどの修正)
6:トーン貼り(影や色、効果を表現する)
原稿用紙を使い始めるのは、「3:下絵」からで、ここから「作画」作業が始まる。
アナログ(紙を使う)の場合、下絵は主に鉛筆(シャープペン)で描かれる。その下絵をなぞる(もしくは、下絵に原稿用紙を重ね、トレース台で下から光をあてて透かしながら、線をなぞる)ペンとして使われるのが、「漫画家の道具」として知られ、多くの漫画家が愛用する「つけペン」だ。
つけペンは、ペン先にインクをつけて使う筆記用具で、「Gペン」「丸ペン」などの種類がある。つけペンは1本でさまざまな太さの線が描ける一方、力の入れ具合で強弱がつく仕組みのため、慣れや技術が必要とされている。
矢沢あいも「つけペン」から漫画描きをスタートした。ところが、「私は筆圧が強いので、(つけペンの)ペン先のコントロールが難しく、また原稿用紙を削ってしまうこともありました」(*2)と話す。その結果、絵を描くことに苦手意識を持つまでに至ってしまったという。

「つけペン」から「製図ペン」へ
そこで『天使なんかじゃない』の連載が終了し、『ご近所物語』の連載が始まるタイミングで、画材道具をすべて見直した。そうして使い始めたのが「製図ペン」だ。製図ペンはその名の通り、製図作業のためのペンで、ミリ単位の線幅で線が描ける。線の太さが一定のため、数種類そろえて使い分けることが多い。
矢沢あいのこだわりは「ファーバーカステル」社製の製図ペン。「インク詰まりがしなくて使いやすい」という。「0.1ミリ」は「人物・背景など、ペン入れはすべてこれ」、「0.3ミリ」は「描き文字etc.」、「0.5ミリ」は「太めの描き文字、モノローグのかこみ線etc.」と使い分けていた(*3)。
さらに、単調にならないよう、コマ割りの枠線を太くし、ベタを増やすなどして、画面にメリハリを出す工夫を凝らしている。
その後、『下弦の月』では「Gペン」「丸ペン」に戻るも、『Paradise Kiss』は製図ペンで描かれ、『NANA』もまた製図ペンで描かれている。
ペン入れの後にも、ベタやホワイト、トーン貼りと、漫画を作るためには膨大な作業が必要とされる。今回はその中でも、本番の線を描く「ペン入れ」の作業にスポットを当てた。
現在、矢沢あいは「フルデジタル」でイラストを描いている(『NANA』の休載以降、漫画は描いていない)。
『NANA』の制作時期である2000年代は、作者にとってアナログからデジタルへの過渡期であり、ベタや背景、トーン貼りなどの作業の一部はパソコンで行なっていたという。しかし、本番の線を描く「ペン入れ」はアナログで行なわれていたのだ。
*1・2 太陽の地図帖『矢沢あい「NANA」の世界』より
*3 『ご近所物語イラスト集 WELCOME TO THE GOKINJO WORLD』より

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