小野絢子と福岡雄大

『ジゼル』新国立劇場バレエ団~7月のロンドン公演を前に白熱の舞台で魅了

カルチャー|2025.5.20
文=渡辺真弓(オン・ステージ新聞編集長、舞踊評論家) 撮影=長谷川清徳

 新国立劇場バレエ団が、4月にロマンティック・バレエの名作『ジゼル』を9回上演した。この舞台は、2022年10月に、吉田都舞踊芸術監督が演出を手がけ、アラスター・マリオットが改訂振付を施し、初演を果たしたもの。この7月にロンドンのロイヤルオペラハウスでの海外公演を控え、5組の主役キャストを中心にバレエ団が総力を結集、早くも前夜祭のような活況を呈していた。

第1幕より米沢唯と井澤駿。第2幕よりウィリたち

特筆すべき美術と衣裳、吉田都監督の生命感あふれる演出

 ここでは、前半に鑑賞した舞台から3組の公演の模様をご紹介したい。
 初演時から、ディック・バードによる美術と衣裳が、ヨーロッパの名画を思わせ、評判になったが、幕が開いた途端、本物のドイツの村が出現したかのようなリアリティには今回の再演でもはっとさせられた。上手のアルブレヒトが変装に使う小屋には梯子がかけられ、村人たちが作業をしている様子がうかがえ、下手のジゼルの家の煙突からは煙が立ち上り、生活感を伝えている。ロンドンでも、好意的なリアクションが得られるのではなかろうか。
 冒頭から、村人たちの語らいが聞こえてくるようで、主役から群舞まで全ての登場人物たちが、各自の役を生きている。このように生命感あふれる演出は、世界的にも貴重なものと思われる。

第1幕より。絵画のような美術と衣裳。バチルドは益田裕子

小野×福岡、看板ペアは円熟の境地

 4月10日の初日は、ジゼルに小野絢子、アルブレヒトに福岡雄大というバレエ団の看板ペアの主演で幕を開けた。練り上げられた演技は阿吽の呼吸で、輪郭のはっきりした踊りは、円熟の至芸を見た思い。小野の純情な村娘からウィリへの変身ぶりは見事で、狂乱の場の最後に、アルブレヒトに駆け寄ったものの、腕の間からするりと崩れ落ちる瞬間の哀れさ、ウィリになってからは、細やかに震える爪先で、必死に恋人の命乞い。フワフワと宙に舞い上がるシーンでは、福岡の巧みなサポートが冴えた。

小野絢子と福岡雄大

 ロンドン公演を意識してか、ヒラリオンの木下嘉人やバチルドの益田裕子らの演技も起伏が大きく、強い説得力があった。ペザント・パ・ド・ドゥは、奥田花純と水井駿介で、交差の多いフォーメーションに加え、高度なテクニックをちりばめた振付を鮮やかにこなしたのはさすが。
 ミルタの吉田朱里は、伸びやかなアラベスクが美しく、モイナとズルマの花形悠月と金城帆香は、伸び盛りの瑞々しい踊りで、ウィリたちをリード。

木下嘉人、奥田花純と水井駿介、吉田朱里

全幕完全復帰の米沢唯、渾身のジゼル

 12日夜は、米沢唯が、幽玄の極みで、全幕完全復帰を果たし、会場は沸きに沸いた。既に1月の神奈川県民ホールでの日本バレエ協会公演『眠れる森の美女』主演で、全幕復帰しているが、本拠地での復帰は感慨もひとしお。1幕から、妖精のようにはかなげな佇まいのジゼルには、同じ心臓の病を乗り越えた米沢自身の境遇と重なるものがあり、自分を裏切った恋人を必死で守る健気な姿が胸を打った。

米沢唯と井澤駿

 アルブレヒトの井澤駿は、進境著しく、演技の濃淡がくっきりと。ヒラリオンの中家正博との対決シーンなども真に迫り、見応えがあった。
 ペザント・パ・ド・ドゥの飯野萌子と山田悠貴は確実なテクニックで、ミルタの根岸祐衣は威厳と冷ややかさで辺りを払った。

飯野萌子と山田悠貴、根岸祐衣

可憐な池田とドラマを紡ぐ奥村ペア

 もう1組の池田理沙子と奥村康祐のペアは、可憐な池田と、自然体で彼女を包み込むような奥村の懐の深い演技が、ドラマを導いていく。池田は、今、登り坂にあり、第31回中川鋭之助賞を受賞。まだ演技を深めていく余地があるけれど、今回1回のみの主演だったのが惜しまれる。

池田理沙子と奥村康祐

 ペザント・パ・ド・ドゥは、東真帆と石山蓮が好演。ミルタの山本涼杏は若いながら、脅威を感じさせ、ドゥ・ウィリの東真帆と飯野萌子の踊りも冴えた。今回は、準主役級に才能豊かな人材が揃っていたのが収穫だった。コール・ド・バレエは、1幕の村人の踊りのフォーメーションやステップが目新しく、2幕では、24名のウィリたちの群舞が回を重ねるにつれ、統一感を増していったのが特筆される。

東真帆と石山蓮、ミルタの山本涼杏

 指揮はポール・マーフィー(10、12日夜)と冨田実里(13日)の交替。管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。
(4月10日、12日夜、13日 新国立劇場オペラパレス)

池田理沙子と奥村康祐

おすすめの本

『SWAN―白鳥―愛蔵版』第16巻
有吉京子 著(平凡社刊)
定価=1870円(10%税込)


詳細はこちら
『SWAN―白鳥―』の続編として2014年から描かれた『SWAN ドイツ編』後半を収録。尊敬する天才振付家ジョン・ノイマイヤーの「オテロ」のオーディションを経て、デズデモーナ役を射止めた真澄。レオンと喜び合うも束の間、体調に異変を感じて訪れた病院で告げられたのは――? 1976年にスタートしたバレエ漫画の金字塔『SWAN―白鳥―』、遂に感動のフィナーレへ!!
●SWAN全16巻完結記念企画:描きおろし番外編「引退公演を迎えた日」23P収録! 真の最終回ともいえる有吉先生のメッセージのこもった力作です。他にも、新規着色ページ、イラストも収録の贅沢な一冊。ぜひ、ご覧ください!

おすすめの本

『SWAN―白鳥―愛蔵版』 特装BOXセット5
『SWAN愛蔵版』⑬⑭⑮⑯巻が入った美装函セット
定価=7920円(10%税込)
有吉京子 著(平凡社)

*初版限定、豪華特典あり
複製原画2点封入済み(真澄&レオン、リリアナ&セルゲイエフ先生が登場!)


詳細はこちら

RELATED ARTICLE