三代歌川豊国画「御好三階に天幕を見る図」文久元年(1861)筆者蔵

藤澤茜の浮世絵クローズ・アップ

「絵解き・江戸のサブカルチャー」
第9回 流行病や災害を描いた浮世絵

アート|2025.5.12
文・藤澤茜

 「浮世」という言葉は「当世の」という意味があります。浮世絵はその時代の文化の流行や娯楽など、人々が興味を持つ主題を描き出しましたが、ときに社会の動きを反映して、病気や災害などを題材にすることもありました。そうした作品からは、困難な状況を乗り越えようという江戸の人々の知恵を読み解くことができます。今回は、疱瘡絵と鯰絵という二つのジャンルについて取り上げます。
 

疱瘡絵にこめられた「赤」

 まず歌川国芳による作品をご紹介しましょう。まさかりを振り上げ、猪を退治する金太郎の様子が描かれています。赤一色で摺られているこの絵は「疱瘡絵」や「赤絵」と称され、疱瘡(天然痘)除けのお守りとして刊行されました。1980年に人類が初めて根絶した感染症とされる天然痘は、江戸時代には有効な治療法がなく、繰り返し流行しその感染力の高さから恐れられていた病気です。血の色でもある赤は、悪い物を退散させる魔除けの色とされ、一方では、疱瘡の神が好む色だともいわれます。好きな色で疱瘡神を喜ばせつつ、最終的には病魔を退散させる―赤色にはそのような意味があるのです。疱瘡にかかると、子どもも看護をする人も赤色の着物を着て、寝床に立てる屏風には疱瘡絵を貼りました。疱瘡絵には、疫病除けの神といわれる鍾馗や疱瘡除けの神といわれた源為朝がしばしば描かれます。昔話のヒーローである金太郎や桃太郎も人気で、超越した力で病気を追いやる効果を期待するだけでなく、そのたくましい様子に回復した我が子の姿を重ね合わせたのでしょう。

歌川国芳画「猪を退治する金太郎」天保(1830~44)後期 東京都立中央図書館東京誌料文庫蔵
金太郎に襲い掛かった猪を退治する逸話をもとにした疱瘡絵。「かるかると斧(よき)もてあそぶ疱瘡(いも)が子は 山あがるさへあしのはやさよ」という歌が記載されている。金太郎の着物には、打ち出の小槌や隠れ蓑、隠れ笠などの吉祥模様が描かれており、衣裳にも病気平癒を願う気持ちが込められていることが分かる。

 武者絵を得意とした国芳は、疱瘡除けの神とされる鎮西八郎為朝(1130~70)にまつわる逸話を題材にした作品も手掛けています。豪胆な性質で知られる為朝は、保元の乱に敗れ伊豆大島に流された後、近隣の島々を制圧したとされます。八丈島で疱瘡をもたらす疫神を退治したと伝わり、その後、八丈島では疱瘡が流行ることはなかったといわれます。この絵の為朝の鋭い眼差しは、八丈島だけでなく、この世から疱瘡を追い払ってほしいという人々の願望を表しているかのようです。為朝や疱瘡神のほかには、疱瘡の見舞いとしても用いられたダルマやみみずくの玩具をはじめ、犬の首輪や熊の持つ釣竿の鯛、兎の目など、いずれも赤にちなんだものばかりが描かれています。疱瘡絵は疱瘡にかかった子どものお見舞いとして用いられ、子どもの回復後は川に流したり焼き捨てたりする習慣がありました。現存する数よりもかなり多くの疱瘡絵が作られたのでしょう。その背景には、子どもを守りたい親や周囲の人々の強い願いがあったのです。

歌川国芳画「鎮西八郎為朝 疱瘡神」嘉永2~4年(1849~51)頃 東京都立中央図書館東京誌料文庫蔵
強弓を操ることで知られた為朝と、八丈島に疱瘡を持持ち込まないと誓いの手形を差し出す疱瘡神、だるまやみみずくなどの赤い色のおもちゃが並ぶ。子どもの着物にもだるまの模様が確認できる。

地震と鯰の関係

 江戸時代は、流行病のほかにも富士山の噴火や台風など、多くの災害に見舞われました。中でも特筆すべきは、幕末の大地震により「鯰絵」という新たなジャンルが誕生したことです。
 安政2年(1855)10月2日に起きた安政の大地震は、江戸の町を直撃し、大きな被害をもたらしました。かわら版や地震誌などで様々な情報が伝えられる中、浮世絵では、鯰が地底で暴れることにより地震が引き起こされるという俗説に関連付けた「鯰絵」が描かれるようになります。災害の混乱の中で刊行された鯰絵の大部分は絵師未詳で、検閲も受けない形で出版されていました。中には不確実な内容もあったことから、12月半ばに幕府は鯰絵や瓦版に対して出版禁止の措置を取りました。その約2か月強の間に、200種類以上もの鯰絵が刊行されたことは、注目に値します。
 鯰絵は、度重なる余震から身を守る「護符」「お守り」の役割も果たしました。地震除けとして知られる鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の祭神、鹿島大明神が要石や太刀で鯰を押さえつける構図が多く、さらなる余震が起きないためのお守りとしたのです。鯰絵にしばしば描かれる要石も鹿島神宮にあり、地底の鯰の動きを封じ込める存在として知られています。

絵師未詳「あら嬉し大安日にゆり直す 御代は千秋御万歳楽」安政2年(1855) 国際日本文化研究センター蔵
鹿島大明神に要石で押さえつけられる巨大な鯰は、どこかとぼけた表情で描かれている。上部には「ドジョウのうま煮が流行り、鯰がおあいだ(用なし)になったことに腹を立てて暴れたが、予想以上の被害を出してしまった。この世の終わりまで砂をかぶって動きませんので御許し下さい」という内容の詞書が記されている。

 この絵も鹿島大明神が要石で鯰を押さえつける作例です。江戸で甚大な被害をもたらした元凶の大鯰は、動くことができない状態です。擬人化された四匹の鯰は、余震や、直近にあったほかの地域の地震などを象徴しているのでしょう。鹿島大明神を前にひれ伏して必死に謝っている様子です。上部の詞書(キャプション参照)に「この世の最後まで動きませんので許して下さい」という鯰のせりふが記されており、その言葉も含めて、今後はもう地震は起きないというメッセージがこの絵には込められているのです。

絵師未詳「神馬と鯰」安政2年(1855) 国立国会図書館蔵
巨大な鯰を押さえつけるのは、伊勢神宮の神馬。災害時に白い動物の毛がつくと助かるという俗説があり、この絵でも神馬の毛によって助かった人々が描かれている。詞書にも「人袂に此毛出る也 是神の守らしむる也 ありがたや ありがたや」と記されている。

 こちらの絵の鯰は、白い馬によって押さえられています。地震発生後に流れた「伊勢神宮の神馬が人々を助けてくれた」という噂に基づいて描かれたものです。伊勢神宮の祭神、天照大神は地震除けの神ではありませんが、江戸でも広く信仰されており、その使いの馬が人々を救ったという噂が流れました。天照大神そのものが描かれた鯰絵も確認できます。この絵では、右わきに描かれる女性が「着物の袂にこんな毛があった」と神馬の毛を見せており、隣の女性も「私も探してみよう」と言う様子が描かれます。よく見ると、画面にはふわふわとただよう神馬の毛も描き込まれています。神馬や鯰は笑ったような、緊張感のない表情で描かれていますが、実は「神馬に乗られては持ち上げることも揺すぶることもできない」というセリフが添えられており、鯰は音を上げているのです。巨大鯰が神馬に押さえつけられるこの絵は、余震除けとしての役割を十分果たしたのでしょう。

 余震がおさまるとこうした構図の作品は少なくなり、復興作業が始まると、その恩恵で収入の増えた人々、地震後に仕事が再開できずに困っている人々を対立させて描くなど、鯰絵の描き出す内容は変化したと考えられます。
 地震というシリアスな主題ながら、鯰絵にはユーモアを交えた作品が多く「戯画」としての面も持ち合わせています。大きな災害を乗り越えるため、笑ってストレスを発散させる効果が、鯰絵にはありました。目に見えない地震という脅威を鯰の姿で可視化したことは、大きな意味を持ちます。人々は地震に対するやり場のない怒りや気持ちを、鯰絵を見ることで整理していったのではないでしょうか。

地震からの復興を描く

 安政の大地震の約4カ月後、初代歌川広重の「名所江戸百景」シリーズの刊行が始まりました。風景画の名手である広重晩年の人気シリーズで、百景といいながら好評につき118図も刊行されました(広重没後、二代広重が1図、目録1図を刊行、計120図)。このシリーズには、地震からの復興を描いた作例があることが指摘されています(原信田実『謎解き 広重「江戸百」』集英社ヴィジュアル新書 2007年)。浅草寺を描いた「浅草金龍山」をみてみましょう。前景に大きく描かれる雷門の提灯が目をひく構図ですが、右奥の五重塔(現在は参道の反対側に移築)が重要な意味を持ちます。安政の大地震により、この五重塔の先端部分が曲がってしまったのです。その五重塔が復元された直後に、この絵は描かれています。江戸の人々の見慣れた景色が戻ってきた―その状況を伝えるこの絵は多くの人々を勇気づけたことでしょう。

 「赤」という色に祈りをこめた疱瘡絵、神々の力で身を守る「護符」としての役割を担った鯰絵―。様々な思いがこもった浮世絵により、作り手、鑑賞者がともに思いを共有することができたのです。

 次回の配信は6月9日です。次回は夏の必需品、団扇と江戸の涼をテーマに浮世絵を紹介します。。

初代歌川広重画「名所江戸百景 浅草金龍山」安政3年(1856)東京国立博物館 ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
広重の人気シリーズの一図。近景を際立たせて遠景を望む構図は、晩年の広重が好んで用いた。画面中央に描かれる仁王門の屋根や木々に降り積もる雪には「から摺」(紙の表面に凹凸をつける技法)が施されており、雪の情景が巧みに表現されている。

藤澤茜(ふじさわ・あかね)
神奈川大学国際日本学部准教授。国際浮世絵学会常任理事。専門は江戸文化史、演劇史。著書に『浮世絵が創った江戸文化』(笠間書院 2013)、『歌舞伎江戸百景 浮世絵で読む芝居見物ことはじめ』(小学館 2022年)、編著書に『伝統芸能の教科書』(文学通信 2023年)など。

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