堀内誠一のポケット 第7回

アート|2021.10.30
林 綾野|写真=小暮 徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第7回 ダッチ・ドールと古い絵本

談=堀内紅子
手や足が動くこの小さな木の人形は、瀬田貞二さんが訳され、父が挿絵を描いた、ルーマー・ゴッデンの『人形の家』に登場するトチーさんです。「ダッチ・ドール」と呼ばれる人形で、蚤の市などでも滅多に出ないため、パリに暮らしていた頃、イギリスで見つけたトチーさんを父が自慢げに持ち帰ったときのことを覚えています。父は人形が好きで、家にはこうした小さな人形や、指人形など、いろいろな人形がありました。その影響かどうかはわかりませんが、子どもだった私は、よく自分で人形や人形の洋服などを作って遊んでいました。その頃、父は私のしていることに何の関心もないと思っていましたが、瀬田さんがパリの家にいらした時に、私の作った人形をお見せしたりしていたことが後からわかり照れくさく感じたものです。

堀内家のダッチドール(右)と毛糸の服を着た木の人形(左)。大きい方の人形は1975年に堀内が瀬田貞二とロンドンに旅した際に購入したもので、ダッチ・ドールと違って手足は動かない。背景はローレンス・アプトンの絵本『ダッチ・ドールの冒険』(1895)の最初のシーンで、裸の人形たちがアメリカ国旗を服にして着ているところ。
人形たちを主人公にしたフローレンス・アプトン(1873-1922)の絵本。1895年に出された『ダッチドールの冒険』は、その名の通りダッチ・ドールが主人公のお話。同シリーズは、2作目からは黒人の男の子の人形「ゴリオーグ」を主人公に、他の人形たちも大活躍。大変な人気を得たこのシリーズは13作(1909)まで刊行された。堀内家には同シリーズのうち5作の絵本が今に残る。

堀内誠一さんの最初の挿絵の仕事は、1967年に岩波書店から出た『人形の家』です。主人公の「トチー」は19世紀後半にドイツで作られていた「ダッチ・ドール」と呼ばれる人形。手足が動くように作られたこの小さな木の人形は「着せ替え人形」として、後から服を作って着せるため、裸の状態で売られていたようです。 
堀内さんは、1976年1月より、雑誌『装苑』で、「パリの手紙」という連載を開始しますが、その2月号でアンティーク・マーケットで出会う人形や古い絵本について触れています。『人形の家』の主人公であるダッチ・ドールもいつか手に入れたいと思っていたようですが、紅子さんが回想するように、見つけるのはとても難しかったようです。「本物はあきらめて、ダッチ・ドールの活躍する絵本」を手に入れます。ローレンス・アプトンの絵本、『ダッチ・ドールの冒険』です。
 堀内さんは路子夫人と連れ立って、日頃よりパリのクリニャンクールにある古本屋さんや、旅先のアンティーク・マーケットでこうした絵本を求めていたそうです。『人形の家』の訳者で、児童文学者でもあった瀬田貞二さんから頼まれた本を探すこともありました。そうして集めた世界中の絵本を堀内さんは、月刊『子どもの館』や『絵本の世界 110人のイラストレーター』という本で紹介しています。その中には日本で全く知れていない作家も多数含まれていました。「不滅の芸術」といって絵本を愛した堀内さん。今も堀内家の本棚には堀内さんがご自分の足で集めた古い絵本が何冊も並んでいます。

(文=林綾野)

次回配信は、11月15日です。

・ここで触れた書籍・雑誌
『人形の家』ルーマー・ゴッデン作/瀬田貞二訳(福音館書店)
『絵本の世界 110人のイラストレーター』堀内誠一(福音館書店)
《堀内誠一 発 パリの手紙》 堀内誠一 「装苑」1976年1月号 – 12月号(文化出版局)
《表紙のイラストレーションについて》堀内誠一 構成・解説「子どもの館」1975年7月号ほか(福音館書店)

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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