三代歌川豊国画「御好三階に天幕を見る図」文久元年(1861)筆者蔵

藤澤茜の浮世絵クローズ・アップ

「絵解き・江戸のサブカルチャー」
第3回 歌舞伎スターの「似顔絵」

アート|2024.11.11
文・藤澤茜

江戸時代の歌舞伎人気

「江戸庶民文化の華」と称される歌舞伎と浮世絵は、密接に関わって発展しました。400年以上の歴史を誇る歌舞伎は、役者をはじめ音楽や舞台機構など多彩な技を終結させた 「総合芸術」として現在も高く評価されています。一方で、庶民の関心のある事件やさまざまな流行、話題の小説(今回とりあげる『南総里見八犬伝』など)を取り入れたエンターテインメントとして人気を博した歌舞伎は、最新情報を伝えるメディア性も持ち合わせていました。その姿勢は現代の歌舞伎にも受け継がれており、古典作品の上演も継承しながら、「風の谷のナウシカ」「刀剣乱舞」など、アニメーションやゲームを題材とした新作も発表されています。
 発祥の地である京都から、大坂、江戸と広がり、多くの大スターを生み出した歌舞伎は、浮世絵の主要画題となりました。歌舞伎を題材とした浮世絵は「役者絵」「芝居絵」などと呼ばれ、浮世絵版画全体の半数以上を占めると推定されるほど大量に制作されました。なお、江戸の名産品である浮世絵は、江戸時代後期には上方(主に大坂)でも作画されるようになり(「上方絵」と称されます)、その多くは歌舞伎を題材とした作品でした。今回は江戸の作品のみを取り上げますが、こうしたことからも、地域を問わず歌舞伎が人気を集めたことがうかがえます。

鳥居清長画「三代目瀬川菊之丞の石橋」 寛政元年(1789) 東京国立博物館蔵
ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
役者絵を得意とした江戸の絵師、鳥居清長による作品。人気の女方、三代目瀬川菊之丞の舞台姿を描いた役者絵。男性が女性役を演じる女方の芸は歌舞伎独特のもので、舞台上でみせる美しい姿や新しい着物の着こなしは、女性たちの憧れの存在でもあった。本作には、舞踊劇で獅子の精を演じる菊之丞の様子が描かれ、獅子を表す赤い毛や扇笠(獅子頭に見立てた二枚扇の飾り)なども細かく表現される。右足を上げたポーズや牡丹の花を持つ手の表情など、演技の一瞬を切り取ったようである。後で述べるように、この絵も似顔絵で表現されている。

役者絵は江戸のブロマイド

 芝居の上演ごとに描かれた役者絵は、次第にブロマイドとしての役割を果たすようになります。1760年代に多色摺の錦絵の技法が確立され、細かな表現が可能になると、歌舞伎役者の個性を描き分ける「似顔絵」の手法が定着したのです。個々の容貌の特徴をとらえ、どの絵師が描いても役者が特定できるほど明確に描かれるようになりました。「推し」のブロマイドとして、役者絵を買い求めるファンは多かったことでしょう。役者の描き分けが定着すると、上半身をクローズアップする形式で個性を前面に押し出した「大首絵」も誕生し、似顔絵の描き方を紹介する手引書『役者似顔早稽古』も刊行されました。役者絵を鑑賞するだけでなく、描いてみたいというファンの要望があったのでしょう。初代歌川豊国画によるこの書には、人物描写の際に「鼻、口、目、眉、顔(輪郭)」の順で描くと良いという基本事項から、個々の役者の描き分けまで、さまざまな情報が掲載されています。実際に描いてみたくなりますね。

初代歌川豊国画『役者似顔早稽古』文化14年(1817) 東京都立中央図書館東京誌料文庫蔵
役者似顔絵の手引書。初代歌川豊国は役者絵の名手として人気を博した。右図には「役者似顔画法」とあり、五代目市川團十郎の似顔絵とともに、顔のパーツの描く順番が記載されている。なおこの図は後に五代目の孫の七代目團十郎の似顔絵に差替えられており、長く刊行が続いたことがうかがえる。左図は五代目松本幸四郎、三代目尾上菊五郎といった個々の役者の描き分けに加え、悪役や色男など、役柄ごとに異なる表現方法も提示されている。

役者見立絵を楽しむ

 似顔絵の表現は、「役者見立絵」という創作を可能にしました。実際の舞台を描くのではなく、その役にふさわしい役者を想定し、その似顔絵で描くというものです。二代歌川国貞による「八犬伝戌の草紙」を例にみてみましょう。曲亭馬琴の小説『南総里見八犬伝』(以下、『八犬伝』)の登場人物を取り上げたシリーズで、すべて歌舞伎役者の似顔で描かれています(それぞれの作品の解説は、岩田秀行・小池章太郎著『役者絵の図像学 錦絵 八犬伝を読む』(2024年 文学通信)に詳しく紹介されています)。『八犬伝』は江戸時代にも歌舞伎で上演され、浮世絵にも多数描かれました。まさに、現在のメディアミックスと同じ状況です。折しも『八犬伝』の映画が公開中ですが、マンガや2.5次元の舞台などでもしばしば取り上げられるなど、現代でも『八犬伝』は大人気です。「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」の文字が浮かび上がる不思議な珠を持つ八犬士は、捕り物の名人やインテリなど個性的なキャラクター設定がなされています。中でも犬山道節はかなりインパクトのある登場人物として注目されます。「忠」の珠を持つ道節は「火遁(かとん)の術」(火の中に身を投じ、そこからのがれる術)を披露し、仇討のための資金を集めています。「八犬伝犬の草紙 犬山道節忠與」では、月代(さかやき)の伸びた、あやしい姿が闇の中に浮かび上がるように表現され、その顔は三代目尾上菊五郎の似顔絵で描かれています。実際の舞台さながらの迫力ですが、実はこの絵が出版されたときには、菊五郎はすでに亡くなっています。美男で知られた菊五郎は、幽霊や妖怪、妖術使いなど、特異な役をこなしました。その芸風やイメージが、道節役にふさわしいとの考えからこの絵に描かれたのです。

二代歌川国貞画「八犬伝犬のさうし 犬山道節忠與」嘉永5年(1852) 東京都立中央図書館東京誌料文庫蔵
八犬士の犬塚信乃、犬川荘助、犬飼現八、犬田小文吾の四名が明魏山中岳のほとりの茶屋で休んでいた折、荘助が遠眼鏡(望遠鏡)を覗いたところ道節らしき人物を認める、という場面。『八犬伝』本文では昼間の場面だが、夜の景色に変えられている点は、道節のキャラクターを際立たせている。

犬山道節のイメージとは?

 別の役者見立絵にも、道節が描かれた例があります。三代歌川豊国の「江戸名所所図会 十九 丸山 犬山道節」です。先に挙げた三代目尾上菊五郎とは、明らかに容貌が異なっています。鼻が高いこの役者は、「鼻高幸四郎」とも称された五代目松物幸四郎。こちらも鬼籍に入っていた役者で、似顔絵は晩年の、年を重ねた様子で描かれていますが、悪役の名人で、妖術使いの役も得意としていた幸四郎もまた、道節のイメージに合うと考えられたのでしょう。同じキャラクターでも、作品によって自由な発想で作画されたことが分かります。
 

三代歌川豊国画「江戸名所図会 十九 丸山 犬山道節」嘉永5年(1852) 国立国会図書館蔵
手で印を結び、術を使う五代目松本幸四郎を描く。本郷円塚山(丸山)では道節が火遁の術を披露し、妖刀の村雨丸を手に入れる人気場面が繰り広げられる。さまざまな江戸名所を題材に、その地にゆかりのある人物を役者の似顔絵で表現するシリーズ物の一。幸四郎の鼻が高いという特徴だけでなく、左の眉の上にあったほくろも丁寧に表現されている。

 なお、今回紹介した犬山道節の役者見立絵に描かれる三代目尾上菊五郎と五代目松本幸四郎は、ともに『役者似顔早稽古』にも登場しています。以下に比較してみますので、似顔絵の様子を見比べてみてください。

『役者似顔早稽古』より
三代目尾上菊五郎
(右)じつあくの顔
(左)ぬれ事しの時の顔
※濡れ事師:男女の恋愛の様子を演じる色男の役
『役者似顔早稽古』より
五代目松本幸四郎
(右)実悪の顔
(左)立役の顔
※立役:主に善人の男性の役

『役者似顔早稽古』における三代目尾上菊五郎(上)と五代目松本幸四郎(下)の描き方。ともに悪役(右側の輪郭)の場合は目が大きく見開かれて口がきつく結ばれた表情となっている。幸四郎の役者絵は、晩年の様子で描かれるためやや印象が異なるが、個々の役者の描き分けがきちんとなされていることがうかがえる。

 こうした江戸時代の感覚を味わいたいと考え、八犬士の配役を考えるというアンケートを授業で実施しています。火定の術を使う犬山道節は、特にさまざまなタイプの名前が挙げられ、おもしろく感じます。ある学生から「マンガを読む時に、アニメ化されたらこの声優さんに担当してほしいと思いつつ読み進めるので、江戸時代の人の感覚がよく分かる」というコメントをもらいました。「この登場人物はこの役者に演じてほしい」というファンの希望をかなえる役者見立絵は、浮世絵の表現の多彩さを物語っています。皆さんも、犬山道節のキャラクターにふさわしい配役を、ぜひ考えてみて下さい。
 次回は、「古典文学と雪」をテーマに浮世絵を紹介します。

次回配信日は、12月9日です。

藤澤茜(ふじさわ・あかね)
神奈川大学国際日本学部准教授。国際浮世絵学会常任理事。専門は江戸文化史、演劇史。著書に『浮世絵が創った江戸文化』(笠間書院 2013)、『歌舞伎江戸百景 浮世絵で読む芝居見物ことはじめ』(小学館 2022年)、編著書に『伝統芸能の教科書』(文学通信 2023年)など。

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