おもてなし
初対面でも、きちんと目を見てお出迎え。
それから準備にとりかかる。
まずは前足、
次は後ろ足を大きく伸ばし、
終わると姿勢を正してこちらを見る。
そして、
「……」
しばし沈黙。見つめ合う。
ん?
これはもしや……、
「遊ぼう、いや、遊んでくれるっていうこと?」
尋ねると、
元気に「にゃあ(はい)!」
そばに来て返事をする。
子猫にとって、一緒に遊ぶことは最大のもてなし。
なんと光栄! ありがたき幸せ!
明るく澄んだ心は、かけがえのない宝物。
ずっとずっと、大事にね。
今月の言葉
「第一に明るい心を持つことから始めよう。
明るい声で明るく人に接する、
明るく澄んだ声で『はい』とはっきり返事をする、
いつも明るい微笑みをたたえている人でありたい」
──中原淳一(参考:別冊太陽 日本のこころ238『中原淳一のそれいゆ』)
編集者であり、挿絵画家、グラフィックデザイナー、エッセイスト、詩人、さらにファッションデザイナー、人形作家、プロデューサーなど、そのマルチな才能を発揮して、敗戦後の日本女性に夢と光を与えた中原淳一。なかでもとりわけ印象的なのは、淳一が描く、大きな瞳が特徴の色鮮やかな少女画。描かれたファッションやヘアスタイルにも注目が集まり、淳一は当時の女性のカリスマ的存在でもあった。
もっとも、自身は自分の仕事を「雑誌編集者」と捉え、雑誌という媒体を通して、自分が伝えたいと思うことをやっていくうちに、さまざまな肩書きがつけられるようになったと語っている。
生まれは大正2年(1913)。幼い頃から絵を描くことと読書が好きだった淳一の、創作の出発点となったのは人形づくりだった。18歳のときに洋品店で買い求めたフランス製の人形マスクを利用し、独創的な作品をつくった淳一は、それを機に人形づくりに没頭。翌年には人に勧められて人形展を開き、その作品が『少女の友』(実業之日本社)の編集長の目にとまったことから、雑誌の世界に携わるようになった。当初は挿絵画家として、やがて付録の企画やデザインを手がけ、いつしか編集や表紙絵も担当するなど雑誌づくりに深く関わるようになっていき、淳一の名は広く知れ渡るようになるのだ。
だが、第二次世界大戦が勃発。戦時色の強まりとともに、印刷物の検閲の厳しさが増し、淳一の描く少女画も、西洋の香りが漂う華やかな画風が軍の意向に反するという理由で、差し止めを受けた。自身も召集され、横須賀海兵団に入隊。復員後は、瓦礫の街と化した東京に戻った。
淳一にとって、終戦は新たな道の出発点でもあった。昭和21年(1946)8月に、女性誌『ソレイユ(のちにそれいゆ)』を創刊。当時、国土も人の心も荒廃し、貧困の中で夢を忘れた女性たちが、本当の意味で心豊かな暮らしを知り、優しく美しい、賢い女性になってほしい。そんな願いから生まれたこの雑誌は、若い女性にロマンティックな夢の世界を見せつつも、暮らしや装いに関する工夫と実践方法を具体的に提案し、爆発的な支持を得た。以後、淳一は理想の雑誌づくりに没頭。誰にどんな原稿を依頼するかに始まり、イラストレーション、レイアウト、中心となる記事の執筆のほか、洋服のデザインやモデル選び、着付け、ヘアメイクに至るまで、すべて淳一自身が手がけたという。翌年には、10代の少女のための雑誌『ひまわり』も創刊。『それいゆ』が目指す女性になるためには、それにふさわしい少女時代を送るための道標となるような雑誌が必要という考えから、料理やおしゃれ面だけでなく、映画や本の紹介といった教養面も充実させたこの雑誌は、淳一の信念をすみずみまで行き届かせつつ、少女たちの夢と憧れにも応えた一冊となった。
晩年は病と闘いながら、昭和45年(1970)に『女の部屋』を創刊。「明るく楽しく美しいくらしの本」と銘打ったこの雑誌の中で、淳一は大佛次郎の言葉、「新しいということは古くならないということ」を引用し、最近は人間の生き方やものの考え方にまでマスコミが流行をつくっていて、まるでスカートの長さやヘアスタイルのように、生き方や考え方についても新しい、カッコイイと考える傾向にあるが、いつまでも古くならないものこそ、もっとも新しいものだと言えるのではないか、と書いている。
淳一がつくった雑誌は、現代の女性誌の原型とも言えるほど、時代を経ても古びない魅力に溢れている。言葉も然り。「“美しい”という言葉」は「“心のまこと”という意味」、「心美しからざる人がどんな衣裳をまとうとも、人の魂を打つ美は生じてこない」など、混沌とした時代を生きる今だからこそ、強く心に響いてくる。
「あなたが本当に人から愛されるのは、(中略)あなたのたくまない明るい表情と飾らない素直な心が、相手の胸を打った時」––––。猫が愛される理由も、まさにこの言葉の通り。見習いたいが難しい、そんな名言である。
今週もお疲れさまでした。
おまけの1枚
(こちらも澄んだ声でかわいく返事)
堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。
堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。