「伊藤潤二展 誘惑」
世田谷文学館

アート|2024.5.9
竹内清乃(エディター)

ホラー漫画の鬼才・伊藤潤二の初の大規模な個展が、東京・世田谷文学館で開催されている。奇想天外で美しくグロテスクな作品は海外での評価も高く、30以上の国と地域で翻訳され、権威ある漫画賞である米国アイズナー賞の「最優秀アジア作品賞」を受賞、フランスで開かれるアングレーム国際漫画祭で昨年、特別栄誉賞を受賞している。
本展では原画やイラスト、下絵、資料など約600点が展示され、新作の描き下ろし3点とフィギュア原型師・藤本圭紀(よしき)氏による「富江」の新作フィギュアや、参加型メディアアートコーナーなども設けられるという、遊び心満載な展示空間になっている。
展覧会幕開けには作家ご本人が登場し、会場内の見どころや来場者へのメッセージを語った。

会場入口のタイトルグラフィックの前に立つ伊藤潤二先生。

衝撃を与えた最高の美女・富江

「37、8年描いてきて、思えばあっという間だなと。海外のファンの方にも原画を直接見ていただく機会になるといいんじゃないかと思います」と伊藤潤二先生。
メインビジュアル作品《富江・チークラブ》については、
「富江は体をバラバラにされると別の富江が生まれてくるというキャラクターですが、(この絵で手に抱いている再生した富江を)一見かわいがっているようでも、富江は別の富江を認めないので、何か企んでいるのかもしれない」と意味ありげに語った。
また、会場全体の感想としては「展示室の色合いが気に入っています。藤本圭紀さんの富江のフィギュアは素晴らしいので、ぜひ見ていただきたい」と。伊藤先生はかねてから藤本氏のファンでもあり、今回のコラボレーションが実現したことがうれしかったようだ。

《富江・チークラブ》 2023年 ©️ジェイアイ/朝日新聞出版
会場に展示されている「富江」のフィギュア。
©️伊藤潤二 制作:藤本圭紀

序章に続いて第1章は「美醜」のコーナー、代表作「富江」シリーズの妖艶で醜悪な世界が広がる。魔性の美少女・富江は彼女の美しさの信奉者たちを破滅に導くが、富江自身も彼らに惨殺される。富江はそのたびに自己再生し、元の美少女に蘇る。
展示作品には伊藤先生のコメントが付けられているが、「富江が自分を世界で一番美しいと豪語するので、それに見合った美女に描かなければ、と頑張った」とあり、著者も富江のキャラに服従し、彼女が最高に美しいように気を使っているのだとわかる。
シリーズの一つ「もろみ」は、ミンチ状になった富江の死肉が増殖するので日本酒のタンクに仕込んでしまうという異色の作品。伊藤先生の「ついに酒になってしまった富江。私も呑んでみたい。きっと悪酔いする」というユニークなコメントが添えられている。

「もろみ」漫画原稿 2000年 ネムキ1月号 朝日ソノラマ(朝日新聞出版)

「死びとの恋わずらい」の美少年と辻占

今回、伊藤先生自らアイディアを提案したというのが、「死びとの恋わずらい」のコーナーに設置された、辻占のおみくじ箱。ご存じの読者には説明不要だが、霧深い街の四つ辻に現れる黒服の美少年に遭遇した人が、冷酷なお告げを受けて取り憑かれ、カッターで首を掻き切って自殺してしまうというストーリーの作品である。そんな事件が頻発しても、女性たちは「あの〜、私の恋は実るのでしょうか〜」と四つ辻で美少年を待ち続ける。
このおみくじを「おひとり一枚」引くことができるが、伊藤先生いわく「なんとなく凶や大凶が多い気がしますが、気にしないでください」とのこと。

《死びとの恋わずらい》 1997年 ©️ジェイアイ/朝日新聞出版
「死びとの恋わずらい」のパネルと、手前に設置された「辻占恋みくじ」の箱。伊藤先生の肝煎の企画というので、ぜひチャレンジしてみては。

「日常に潜む恐怖」の非日常性

第2章は人気の「押切」シリーズ、「双一」シリーズ、「ギョ」シリーズ、「首吊り気球」など目白押しの原画展示があるが、まず最初に「うずまき」の原画がずらりと出迎えてくれる。青を基調とした壁面に、うずまき状になっていく顔面や髪の毛の人物像が展開する。主人公・秀一の父親が桶の中に自らの体をうずまき状にして奇怪な最期を迎える場面には、伊藤先生が守口漬のうずまき状の仕込みをヒントにしたという、よく知られたエピソードがある。今回の会場説明でも「アイディアは日常の中にあり、斜めから見たり逆から発想すると、日常生活との違和感を持つ発想になる」と語っておられた。なんと「サイレンの村」の原画の、主人公の後ろにそびえるサイレン塔のねじれた形は、伊藤先生がシャンプーで髪を洗っているときに思いついたものというから、すごい発想力だ。
会場の出口近くに、参加型メディアアートとして、「うずまき」のコマ絵の中に自分が入ったような写真を撮影できるコーナーもあるので、自分がうずまき化する擬似体験を楽しんでみよう。

第2章「日常に潜む恐怖」の会場内の「うずまき」原画の展示
《サイレンの村》 1993年 ©️ジェイアイ/朝日新聞出版

「怪画」の細密描写

漫画の巻頭カラーや扉絵を展示する第3章では、物語のテーマをタブローのように鑑賞できる作画が並ぶ。いずれも細密で執拗な描き込みが視覚的な恐怖に誘う。この独創的で強烈な画力が、国際的に評価される伊藤作品の醍醐味でもある。近年、伊藤先生は油絵に創作意欲が高まっているとのことで、いつかは油絵本体で活動してみたいとも語っている。

《血玉樹》  1993年 ©️ジェイアイ/朝日新聞出版
《放射状輪廻》  2019年 ©️ジェイアイ/朝日新聞出版

最終章「伊藤潤二〜その素顔〜」で、ほっこり

第4章のコーナーは作家の自分史と秘蔵の品が展示されている。幼少期に採集した土器(?)の破片や傾倒したビートルズの肖像画、手製のパラパラ漫画が置かれた「趣味の部屋」。そしてペットとの日常が描かれた作品『ノンノン親分』と『よん&むー』の原画傑作選で猫たちへの愛着が紹介されているのも微笑ましい。
また、小学生時代にはじめて描いた漫画『魔増の村』やデビュー前の作品もラストの方でお目見得する。
最初から最後まで伊藤潤二ワールドに酔いしれることができる、まさに集大成ともいえる展覧会。会場で手に入るオリジナルグッズもインパクト強めで秀逸。会期は9月1日まで。

「趣味の部屋」にはビートルズの肖像画や少年時代の思い出の品が。
伊藤潤二先生のイラスト ©️ジェイアイ/朝日新聞出版
参加型メディアアートで「うずまき」になって記念撮影

展覧会概要

「伊藤潤二展 誘惑」
世田谷文学館
東京都世田谷区南烏山1-10-10
会期:2024年4月27日(土)〜9月1日(日)
開館時間:10:00~18:00 ※展覧会入場、ミュージアムショップは閉館の30分前まで
休館日:月曜(ただし 7月15日、8月12日は開館し、翌平日休館)
観覧料:一般1000円/65歳以上・大学・高校生 600円/小・中学生300円/障害者手帳をお持ちの方500円(ただし大学生以下は無料) ※混雑時は入場制限あり
問い合わせ: 03-5374-9111
公式ホームページ
https://www.setabun.or.jp/
展覧会公式サイト
https://jhorrorpj.exhibit.jp/jiee/

RELATED ARTICLE