一般的にダムといえば、山間深い場所にあるイメージがある。実際、公共交通機関と徒歩では簡単にはたどり着けない場所にあるダムも多い。そんな中、埼玉県の寄居町にある玉淀(たまよど)ダムは、すぐ近くを秩父鉄道と国道140号が通り、訪問の容易さという点で気軽に行けるダムだ。
玉淀ダムは堤高(ダムの高さ)32mの重力式コンクリートダムで、発電のほか、近隣の農地を潤す灌漑(かんがい)目的としての役割もある。今回のひとり土木は、この地におけるダムの役割を間近に感じ取る旅である。
(記事内の写真は、2021年5月に撮影したものです。)
旅のポイント
💡ダムの歴史など簡単に調べておくと見学時の視点が変わることも
💡下流側からダムを見られる場所があるか事前に調査
💡名前が付いた水門は、地図検索で場所が特定できる可能性あり
本日の旅程
旅程の組み立て
玉淀ダムへは、最寄りの寄居駅から徒歩。その後、列車で小前田駅へ移動し、ダムから導水された用水路を見学する。
11:06
3線利用可能な寄居駅 埼玉県の北西部にある寄居駅(map①)は、異なる3つの鉄道会社が乗り入れている。改札近くにある券売機は鉄道会社別に3種類あり、赤・青・緑と色分けされているのが面白い。
遠出するときは、いつもとんでもない早朝に家を出るのだが、目的地が同じ県内だと時間はもちろん、気持ちにも余裕ができる。
※mapは記事の一番下にあります
寄居駅から玉淀ダムまでは、西方向に徒歩で約30分。歩くには少々遠いが、盛夏のころを避ければハイキング気分で行けそうだ。
寄居駅を出たら北西に進み、地図を頼りに国道140号を目指す。国道140号を西に歩いていくと、皆野寄居バイパスへ続く道路が高さを上げ左に大きくカーブしていく(map②)。視線をその先に向けると、赤いアーチが見える。荒川に架かる末野大橋だ。玉淀ダムはこの橋のすぐ横にあるので、バイパスの下の道を進んでいく。
やがて道は荒川につきあたるので、ダムのある右手(西方向)に進む。このとき、右に進む道が並行して2本あるのがわかるだろうか(下の写真)(map③)。左の少し下り坂になっている道は、ダムを下流側から眺められる河原につながっているので、ここでは左の道を行く。
11:38
ダムの全体像を眺められるビューポイントへすぐに道は橋の下をくぐる。玉淀ダムのすぐ下流には2つの橋が架かっていて、いまくぐっている橋は、下流寄りの折原橋だ。
橋の下を抜けると、河原に出る(map④)。緑のダムと赤いアーチの末野大橋が美しい彩りで眼前に迫ってきた。
単なる緑というより、ジェイドグリーン(jade green)とでもいえばいいだろうか。翡翠(ひすい)のような少し青みがかった、くすんだ緑色のゲートが並ぶ様は壮観だ。
訪問時はすべてのゲートが閉じていたが、ゲートを巻き上げて上に動かすことができる。巻き上げる装置を高い場所に置くために、ゲートの両サイドに柱があり、最上部にはおそらく巻き上げ機が置かれた通路がある。
振り返ると、いま下をくぐってきた折原橋が見える。これから道を引き返し、あの折原橋の上からダムを眺めてみよう。
11:52
アーチ橋とダムのコラボレーション分岐点まで戻り(map③)、今度は右側の道を進むと折原橋のたもとに出る(map⑤)。
折原橋は両側に歩道があるので、安全に写真撮影ができる。中央部まで歩き(map⑥)、ダムのある上流側を写したものが次の写真だ。
ダムの手前に架かるのが自動車専用道路の末野大橋で(map⑦)、両岸の河岸段丘よりも高い位置に架けられているため相当な高さがある。それゆえ折原橋からダム方向を見ると、末野大橋のアーチ部の中にダムがすっぽり収まるように見え、なかなかの映えスポットとなっている。
12:11
ダム本体に到着折原橋を引き返しダム沿いの道をいけば、ほどなくダム見学の入口に到着する(map⑧)。ダムの左岸側に発電所があり、その横をぐるりと迂回してダムの天端(てんば:ダム本体の一番上部のこと)へ行くことができる。
発電所を囲う柵には、発電所とダムの断面図が掲示されていた。取水口から取り込んだ水で発電用の水車を回転させ、その後の水は放水路を通り後に紹介する灌漑用水として利用される。
断面図に書かれていた通り、発電所のすぐ横にはゴミを取り除く金属のスクリーンがある
先に紹介したように、玉淀ダムの天端には作業用通路のキャットウォークがある。キャットウォークの下流側にあるトラス構造の柱を、間近に見ることができる。
キャットウォークから、末野大橋と折原橋がよく見える。ダムができる前と比べれば下流側の水量はずいぶんと減ってしまったが、「玉淀」の謂(いわ)れともなった、玉のように美しく淀みのない水の流れが青い空を映していた。
14:02
導水路の出口を探しに小前田駅へ玉淀ダムの重要な役割の一つが灌漑用水の導水だ。ダム近くにある案内板を見ると、水はダムから導水幹線を通って櫛挽(くしびき)台地の用水路に流れていく。導水幹線は暗渠(あんきょ:地下を通る水路)で、北東に5kmほど離れた場所で開渠(かいきょ:ふたなどで覆われていない水路)になる。
事前に導水幹線の出口がどこか調べたのだが、はっきりとしたことがわからなかった。Google Mapで付近の縮尺を変えつつ探したところ、案内板にあった「カニ沢制水門」の場所がわかった。その場所をたよりに、ストリートビューを利用して暗渠から開渠に変わる場所を探し当てることができた。根気のいる作業だが、目的の場所を見つけたときは一気にテンションが上がる。
玉淀ダムを堪能したら、寄居駅に引き返し秩父鉄道の小前田駅まで行く(map⑨)。乗車時間はだいたい5~6分。私が訪問した2021年は業務委託駅だったが今は無人駅となってしまった(2023年8月現在)。開業は1901(明治34)年と古く、開業当初のものかどうかは不明だが、かなり古い作りの駅舎やレールでできたホームの柱などが残っている。
14:20
櫛引台地を潤す豊かな水 小前田駅から北西に1kmほど歩くと、目的の場所に到着(map⑩)。北武蔵広域農道と呼ばれる道の脇に導水幹線の出口がある。想像以上にしっかりとした造りで、琵琶湖疏水のように水路の出口には扁額(へんがく)が掲げられている。
扁額の文字は「豊水潤萬物」。万物を潤す豊かな水……は、灌漑用水としての使命を担う水路にぴったりな言葉だろう。
開渠となった用水路は、北東方向に延びていく。途中に小さな橋が架かっていたが、橋の親柱には「櫛挽用水」とあり、水路の名前を表している。
水路に沿って歩いていくと、やがて小さな水色の水門が見えてきた。案内板にあったカニ沢制水門である(map⑪)。
水門を真横から見ると、右に分岐するゲートが見える。これは、ダム近くの案内板にあった緑色のカニ沢排水路のゲートではないかと思う。水量が多すぎるときは、こちらのゲートを開けて荒川に放水するのだろう。
ちなみに、こちらの動画は実際のカニ沢制水門の水の流れを撮影したものだ。流れに勢いがあることがよくわかる。
水路はさらに続き、この後も分岐しながら櫛挽台地に水を運んでいく。ずっと流れを追いかけてみたいが、今回はこのあたりで帰途につくことにする。オツカレサマでした。
※掲載しているタイムスケジュールは探訪時のものです。
牧村あきこ
高度経済成長期のさなか、東京都大田区に生まれる。フォトライター。千葉大学薬学部卒。ソフト開発を経てIT系ライターとして活動し、日経BP社IT系雑誌の連載ほか書籍執筆多数。2008年より新たなステージへ舵を切り、現在は古いインフラ系の土木撮影を中心に情報発信をしている。ビジネス系webメディアのJBpressに不定期で寄稿するほか、webサイト「Discover Doboku日本の土木再発見」に土木ウォッチャーとして第2・4土曜日に記事を配信。ひとり旅にフォーカスしたサイト「探検ウォークしてみない?」を運営中。https://soloppo.com/