錬金術師列伝

カルチャー|2022.9.30
澤井繁男

第4回  最後の錬金術師 ニュートン(1)

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 これまで錬金術の中軸となる人物を挙げて言及してきたが、パラケルススより前の人物にも触れながら、ニュートン(1642―1727年)へと向かおう。ニュートンを錬金術師とみなすのはおかしいと思う方もおられようが、私はそう考えるのがふさわしいとみなしている。
 以下、番号をつけて挙げてゆこう。

1. ニコラ・フラメル(1330?―1418?年)

フランスはパリの人物で実在した。職業は「代書屋兼出版業者」であった。「代書屋」とは遺言書や不動産取引の契約書、裁判の書類などの公文書を作成する職業で、「出版」の方は、いまだ活版印刷術が発明されていないから、書物の書き写し業を意味した。裕福だが一般的な市民で、多数の慈善事業(病院経営など)を行なった。
没後200年の17世紀に『象形寓意の書』なるフラメルが書き遺したとされる本が発見された。ここで彼は錬金術師という名声を得た。この画期的な書は別名「『アブラハムの書』の解説書」とも言われ、文章はヘブライ語、それに抽象的な寓意図つきで、錬金術の奥義書と評価された。

ニコラ・フラメル

 フラメルは生前、西方にはヘブライ語に堪能なユダヤ人・ラビがたくさん住んでいるという情報の下、スペインに向かっている。彼はカバラの秘法に精通したユダヤ人カンシェ師の助力を得て、『アブラハムの書』を解説した。
1382年、彼は金産出の実験を、妻のみている前で実施した。

長年の研究の結果生み出された灰色の物質を、半ポンドの鉛と白色の物質(賢者の石)を混ぜて「銀」を得、次に、白い物質(フラスコの中)と熱を加えると、

 虹色→黄色→橙色→紫色→赤色と変化させて「賢者の石」を得て、同量の赤い物質(賢者の石)と水銀から同量の黄金を抽出する。

この実験を3回繰り返したという。

#「カバラ」とは、ヘブライ語で「口伝」「伝授」の意味で、口伝されるものは、
「最高の叡智=神の能力」とするユダヤ教の一思想である。成立は3~4世紀で、原典は『形成の書(セーフェル・イェツィーラー)』。内容は神のそばに寄って、「完全なる人間」を目指すことで、これが錬金術の、「魂の浄化による完璧化」という思想に酷似している。さらに、錬金術による人造人間を「ホムンクルス」、カバラのそれを「ゴーレム」と呼ぶ。

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2. ヨハネス・トリテミウス(1462―1516年)

 ドイツ人で大修道院長なのに魔術師・歴史家。多数の隠微(オカルト)哲学の本を著わし、当時の著述家や芸術家に影響を与えた。とりわけ『オカルト哲学』(1531年)の著者コルネリウス・アグリッパ(1486―1535年)は強い刺激を受けた。早くに父親を亡くし、粗暴な義父とともに暮らした不幸を勉学によって乗り超えようとして、その最中に神秘主義やオカルトの文書に親しむようになり、後年天使が、子供の頃自分の許に現われて、神秘主義とオカルトについて記された2つの銘板を提示した、と回顧している。彼が1枚を選んだ後、天使が「その祈りの言葉を果たすように」と約束を交わして消えた。この天使との出逢いが彼のオカルト作品に影響を及ぼした。独学でドイツ語を修め、夜中には密かにラテン語の修得にも努めた。

コルネリウス・アグリッパ
ヨハネス・トリテミウス

 21歳(1482年)のとき、幸運にもベネディクト派の大修道院、スポンハイムの聖マーティン修道院に入会して、2年も経たずに23歳で修道院長に指名された。当時修道院は財政難であったが、彼の尽力で繁栄をきわめた。例えばたった48冊の蔵書を2000冊以上に増やしている。そして弟子を取ったが、そのひとりがアグリッパだった。

 トリテミウスはおそらく歴史家を目指したと思われるが、その歴史書はあまりあてにならない。むしろ彼は魔術師で、「自分が行なう魔術の実践は民衆の伝統とは一切関係なく、洗練された数字や知識に基づくものであり、自然内部の数学的な調和の分析に関係するものである」(チャールズ・ウェブスター)と強調した。

3. 薔薇十字団(クリスティン・ローゼンクロイツ〔1378-1484年〕)

結社の目的は、「完全にして普遍の知識」を得ることである。ここでも「完全・完璧」が登場してくる。思い出してほしい、錬金術の原義とは、「不完全」なものを「完全」なものに変化させることだった。錬金術に関わりのある術師、書物、団体などと、この言葉が共通項だと納得がいく。そして人間や世界の変革を企図する結社であり、それが「秘密」であることが「オカルト(隠微)」な世界を連想させて、錬金術らしさが髣髴とする。

クリスティン・ローゼンクロイツ

 薔薇十字団は17世紀初頭の4冊の書物によって知られる。この4冊の執筆者や配布 者名は、ある程度の予想はついているが、正確には判明していない。

 1614年:『全世界の普遍的改革』とその付録冊子である『薔薇十字団の伝説』
 1615年:『薔薇十字団の告白』
 1616年:『化学の結婚』

 『化学の結婚』の著者とされる人物は、ルター派の神学者であり、薔薇十字団の会員でもあったといわれた「ヴァレンティン・アンドレーエ」だというが、アンドレーエは本書の実際の著者で薔薇十字団の開祖であるローゼンクロイツ本人の変名であり、ローゼンクロイツ名義では刊行者という立場を取っている。邦訳書に、種村季弘訳・解説『化学の結婚』紀伊国屋書店(1993年)がある。

ヴァレンティン・アンドレーエ

 さてその活動内容だが、

 ・われわれの活動は無報酬で病人を治療することである(これは「病人=不完全」を「健康=完全」にすることと同義)。
 ・われわれは特別な服装はしない。
 ・われわれは毎年、「精霊の家」で会合をする。
 ・同志はそれぞれ後継者を選ぶ。
 ・R.C.という文字がわれわれの唯一の証印であり、紋章である。

 総括すると、いまの赤十字のようでもあり、質素倹約を旨とする団体で、べつに秘密結社としなくてもよいと思えるが、秘密としたところに当時の時代背景がみえてくる。こうした善行や趣旨が社会にゆきとどいていなかったに違いない。

 次にクリスティアン・ローゼンクロイツとは、どういう人物か?これは言い伝えでしか残っていない。

・1378年、没落したドイツ貴族の家に生まれる。幼少期、両親を亡くし、ドイツの修道院で育てられ、ギリシア語・ラテン語を修得する。16歳のとき東方へ旅に出る。イエメン、モロッコ、エジプト、トルコなどで、10年間錬金術を学ぶ。「人間と世界を完全なるものに変革する」と決意するが、これはあくまで抽象的で精神的な意味での変革で、思/念としての錬金術であって、実践的ではなかった。
・8名の弟子とともに毎年「精霊の家」で会合を持つ。
・1484年、106歳で死去。
・死後、120年後に復活。

 「薔薇」の意味するところは、その花が東洋(ペルシア)から西洋へもたらされた、「知
恵」の徴の花であるので、東洋の知恵の意味と、「十字」(キリスト教を象徴する西洋の知恵)が合体し、結局のところ薔薇十字団とは「東洋と西洋の知恵の結合」を指す、伝説的象徴団体である。


『薔薇十字の目に見えない学院』テオフィルス・シュヴァイクハルト,1628年

参考文献
キャロリン・マーチャント著 団まりな ほか訳『自然の死』工作舎,1985年
澤井繁男監修『錬金術がよくわかる本』PHP文庫,2008年
チャールズ・ウェブスター著 神山義茂 織田紳也 訳 金子務 監訳『パラケルススからニュートンへ』平凡社,1999年

澤井繁男
1954年、札幌市に生まれる。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。
作家・イタリアルネサンス文学・文化研究家。東京外国語大学論文博士(学術)。
元関西大学文学部教授。著者に、『ルネサンス文化と科学』(山川出版社)、『魔術と錬金術』(ちくま学芸文庫)、『自然魔術師たちの饗宴』(春秋社)、『カンパネッラの企て』(新曜社)など多数。訳書にカンパネッラ『哲学詩集』(水声社、日本翻訳家協会・特別賞受賞)などがある。

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