矢田寺 一期一会の出会い│ゆかし日本、猫めぐり#3

コラム|2022.6.17
文=堀内みさ|写真=堀内昭彦

猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。第3回は、あじさいの名所・矢田寺の気ままな猫ちゃんをご紹介。

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あじさい咲く境内で出会った猫

ひとつひとつ微妙に色が異なるあじさいが、境内いっぱいに咲き誇る。その数、およそ1万株。

奈良盆地の北西、里山の風情に満ちた矢田丘陵の中腹にある矢田山金剛山寺(やたさんこんごうせんじ)、通称矢田寺は、あじさいの名所として知られる古刹。開山から1300年を越える歴史ある境内には、かつて7堂伽藍、48ヶ坊が建ち並んでいたという。

ご本尊は木造の地蔵菩薩立像。お釈迦さまの入寂後、弥勒菩薩が出現するまでの長い無仏の間、その身をさまざまな姿に変えてこの世に現れ、生命あるすべてのものの苦難を身代わりとなって受け、和らげるとされるお地蔵さまは、代受苦の菩薩として知られている。
 矢田寺は、そんな地蔵信仰の中心として古くから栄え、今も境内にあるさまざまなお地蔵さまが参詣者を静かに見守っている。

猫と出会ったのは、そんなお地蔵さまの一つ、味噌なめ地蔵の前だった。このお地蔵さまの口元に味噌を塗ると、味が良くなるという言い伝えから「味噌なめ地蔵」と呼ばれるようになったという。

よく見ると、同じ色の猫が他にもいる!

後をつけると、北僧坊に行き着いた。

現在4ヶ坊ある塔頭(たっちゅう)の中で、開山の智通僧正(ちつうそうじょう)が住んでいたと伝わる北僧坊。ここが猫たちの家なのだ。

「猫は言葉が通じる。私はそう思っています。言うこともちゃんと聞きますよ」と話すのは、北僧房・先代住職の奥様、寺本敦子さん。
 網元だった実家の祖父が、猫をお守りとして大事にする環境で育った寺本さんにとって、幼い頃から猫は言葉が通じる存在だった。「“カラスがいるから魚を見といて”と頼むと、ちゃんと番をしてくれました」。

この日も寺本さんが「おいで」と言うと、猫が魔法にかかったようについてきて、促されるままあじさいの前でポーズをとった。

一見強面の「限りなく飼い猫に近い野良猫」も、

寺本さんにはこの通り。

もっとも、自然豊かな環境は危険とも隣り合わせ。一時は30匹以上に餌をあげ、倉庫に寝床も用意したという野良猫も、猫たちの餌を目当てに近寄る野犬に、あるものは噛まれて他界、あるものは宿替えをして激減。家族に迎えた猫たちも、突然行方知れずになることがある。
猫も人も、すべて変化し留まることがない。矢田寺では、そんな諸行無常の心をあじさいの移ろう花色に、雨に打たれて咲く花姿を、代受苦のお地蔵さまに重ねているとも聞く。
あじさいと猫。一期一会の出会いに感謝した。

高野山真言宗 矢田山金剛山寺(矢田寺)

〒639-1058
奈良県大和郡山市矢田町3516
☎ 0743-53-1531(北僧坊)
拝観時間:午前9時30分~午後4時30分

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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