マチュー・ガニオ×柚香光 2025年の幕開けを華麗に彩ったスペシャル・ガラ

カルチャー|2025.2.25
小田島久恵(音楽ライター)|写真=瀬戸秀美

パリ・オペラ座エトワールと元宝塚スターの共演が話題に

 今年でパリ・オペラ座を去るエトワール、マチュー・ガニオ。デニス・ガニオを父に、ドミニク・カルフーニを母にもつマチューはダンサー界の生粋のサラブレッドで、赤ちゃん時代からローラン・プティ率いるマルセイユ・バレエの公演で母ドミニクに抱かれて舞台(『マ・パブロヴァ』)で照明を浴びていた。2004年に20歳でエトワールに任命されて以来、その「完璧な王子」の姿は世界中のバレエ・ファンを虜にし、熱狂的な喝采を浴びてきたが、それから早くも21年。まもなく引退を迎えるマチューの有終の美を新春スペシャル・ガラで観ることが出来た。

上野水香やオペラ座ダンサーが魅せた第1部

『眠れる森の美女』

 大阪・名古屋・東京で一回ずつ行われたガラのうち、筆者が観たのは最終日の東京公演。第1部は古典作品がメインで、『眠れる森の美女』の第3幕のグラン・パ・ド・ドゥを上野水香とジャコポ・ティッシ(オランダ国立バレエプリンシパル)が踊った。上野の古典、それも「眠り」のようなオーセンティックなクラシック・バレエを観るのは久しぶりのような気がする。美しいプロポーションは変わらず、ティッシのサポートで完璧なシルエットを次々と見せていく。ベテランダンサーによる新鮮な古典で、いつまでも初々しいオーロラを踊れる上野の凄さに感銘を受けた。
『ロミオとジュリエット』(マクミラン版)を踊ったのはオペラ座のプルミエール・ダンスーズ、シルヴィア・サン=マルタンとプルミエ・ダンスールのパブロ・レガサ。有名なバルコニーのシーンのパ・ド・ドゥで、アクロバティックなリフトも多いが、ロミオ役のレガサは健気に取り組んでいた。レガサは前半の別の演目『ルネサンスより 抜粋ソロ』も踊ったが、ロミオとは別人のようなカリスマ性を発揮し、こちらの方が彼には合っていたと思う。

『ロミオとジュリエット』、『ルネサンスより 抜粋ソロ』、『白鳥の湖』

エトワールのアルビッソンの『ジュエルズ』、上野の『ランデヴー』と充実の舞台

 「これぞオペラ座!」とため息をつかずにはいられなかったのは、オペラ座が誇る大輪のエトワール、アマンディーヌ・アルビッソンがティッシと踊ったバランシンの『ジュエルズ』より「ダイヤモンド」で、バレリーナが魅せる完璧な技術と王妃のような気品は、フランスの国宝を見ているようだった。筆者がロシアや日本で何度も観てきた「ダイヤモンド」の中でも、最高の出来栄えで、アルビッソンはまだまだオペラ座の女王の全盛期にあると認識した。

『ジュエルズ』より「ダイヤモンド」

 プティの『ランデヴー』では、生前のプティから愛された上野水香が、シャンソン『枯葉』に合わせてマチューとデュオを踊る。ボブヘアの現代的な「宿命の女」役は上野のフィギュアにぴったりで、マチューの薦めでこの役に初挑戦したという。17年ぶりの共演というこの二人から生まれる空気感はとてもドラマティックでハイセンスだった。

『ランデヴー』

 当初のプログラム(『ライモンダ』)から変更となった『瀕死の白鳥』をサン=マルタンが演じ、透き通るような四肢が妖精のように見える。音楽性に秀でたものをもっているバレリーナ。前半ラストはバレエ・ガラでは定番のアンジュラン・プレルジョカージュの『ル・パルク』で、数々のガラ公演で目に親しい演目も、この二人が踊るとガルニエ宮の雅な外装が忽ち目に浮かぶ。

『瀕死の白鳥』、『ル・パルク』

第2部で柚香光が登場! 太陽のような輝きを放つ

 この公演が個性的だったのは、まさに「バレエ・ファン以外」のお客様も大勢集まっていたことで、休憩をはさんだ後半の第2部は、元宝塚歌劇団花組トップスター、柚香光(ゆずか・れい)が登場し、オペラ座バレエとは全く別世界の目の覚めるようなパフォーマンスを展開した。

『美しき夜明け~大河を超えて』

 新作ソロ『美しき夜明け~大河を越えて』は、演劇とダンスとレビューがひとつになった斬新なスタイルの上演で、音楽も前半とは全く違うワイルドでポップなものを使っている。中性的で蠱惑的な柚香光の存在を初めて見るバレエ・ファンには、驚きの連続だっただろう。一方、柚香ファンにとって、第1部のパリ・オペラ座のレパートリーは異文化だったと思う。どちらがよりびっくりしたのか。バレエしか知らない筆者は柚香のおおらかで太陽のようなステージ上での輝きに大きな驚きを感じた。全く未知の世界だった。

『美しき夜明け~大河を超えて』

ラストを華やかに飾った、マチュー×柚香の新作デュエット

 パリ・オペラ座のサン=マルタンとレガサが踊るプティパ版『白鳥の湖』が次の演目の前に挟まれたが、ラストの柚香光×マチュー・ガニオ新作デュエット『A day in the sun』のインパクトがすべて持っていってしまったような気がする。振付はオペラ座エトワールのガラ来日公演の振付などを頻繁に手がけるジョルジオ・マンチーニ、音楽はレディ・ガガやブルーノ・マーズが使われている。

『A day in the sun』

 マチューと柚香という、違う世界のスターたちが、ごく自然な呼吸感でデュオを踊る様子は、一瞬一瞬が貴重で、スリリングだった。積み重ねてきたトレーニングの違う二人が同じ舞台で絡んで踊ることには、軽いショックも感じた。マチューは水のように柔軟な人で、どんな挑戦も拒まない。違う惑星から地球に舞い降りてきたような美しい二人が、彼らのために作られた新作デュオを勢いよく見せていく様子は、まさに「未来的」だった。2025年、アデューを迎えるマチューのもとには日本と世界中からゲストの要請が集まってくるだろう。オペラ座での功績を称えるオール・オペラ座ダンサーによるガラや、キャリアの後期に挑戦した『オネーギン』も再び観てみたい。そんな予想をした上で、この「マチュー・ガニオ スペシャル・ガラ ニューイヤーコンサート」は大変新鮮だった。
(2025年1月7日 NHKホール)

『A day in the sun』

おすすめの本

『入門 パリ・オペラ座バレエの世界』

パリ・オペラ座バレエ団 監修
渡辺真弓 訳(世界文化社刊)
定価=3850円(10%税込)

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本書はフランスで刊行された児童向けバレエ入門書の日本語版。ガイド役を大人気のエトワール、ドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオが務める。世界最高峰のパリ・オペラ座バレエ学校からバレエ団の華麗なる舞台まで、豊富な写真とともに紹介。翻訳はフランス・バレエの第一人者、渡辺真弓氏。児童書とはいえ、オペラ座の歴史やバレエ学校、バレエ団のレパートリーまで、美しく大判な写真とともに紹介、オペラ座のすべてがバランスよく網羅されているため、大人でも見応え、読み応え充分。まさにパリ・オペラ座のオフィシャルブックともいえるファン必携の一冊だ。

おすすめの本

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