シェイクスピア原作の悲劇『マクベス』と喜劇『夏の夜の夢』を組み合わせたダブルビル7公演が、GWの新国立劇場に活況をもたらした。前者は、英国の鬼才ウィル・タケットに委嘱した新作世界初演、後者は、メンデルスゾーンの音楽に、英国バレエの巨匠フレデリック・アシュトンが1964年に振り付けた名作で、国内のバレエ団では、東京バレエ団やKバレエカンパニーに続く上演。1時間の新制作が2本並ぶ注目の公演となった。
演奏はマーティン・イェーツ指揮東京フィルハーモニー交響楽団。
『マクベス』福岡雄大
『夏の夜の夢』柴山紗帆、渡邊峻郁
英国の奇才ウィル・タケットがミュシャの曲を使ってバレエ化
『マクベス』のバレエ化が実現したのは、吉田都舞踊芸術監督が、高円宮妃殿下から、スコットランドの作曲家ジェラルディン・ミュシャ(1917〜2012)のバレエ音楽『マクベス』を紹介されたのがきっかけだという。ミュシャは、画家のアルフォンス・ミュシャの子息で作家のジリと結婚し、1945年にプラハに移住。バレエ『マクベス』が上演される機会はなかった。
今回は、イェーツが振付家と協議しながら編曲したそうで、埋もれた音楽に光を当てたのは、非常に野心的なクリエーションだったと言えよう。ミュシャの音楽は、ストラヴィンスキーやバルトーク、ヤナーチェクなど同時代の作曲家たちの影響を受けながら、繊細かつ不穏な旋律をはじめスコットランドの風土を感じさせる打楽器の響きなどに特徴が表れていた。
振付は、概ね正攻法で、マクベス夫妻の王位への執着による暗黒の物語をなぞるような展開は、もう一工夫ほしいとはいえ、分かりやすい。
主役のマクベスとマクベス夫人をはじめ、登場人物たちのキャラクターの造形ぶりは日に日に白熱していったようで、ダンサーたちの新たな可能性を切り開いたのは大きな収穫だった。
福岡雄大、米沢 唯
ダブルキャストで全く異なる解釈は、見応え十分
初日キャストでは、一見実直な武将に見えるマクベス=福岡雄大が、クールな悪妻、米沢の野心に乗せられ、身を崩していく様がじわじわ伝わり、サスペンス的なスリルさえ漂わせた。一方、第2キャストの奥村康祐と小野絢子のペアは、小心の夫を悪行に駆り立てる魔性の妻の姿が官能的に描かれ、振付の行間を情念で埋めていくような役への没入ぶりに圧倒された。夫人の狂乱のモノローグやマクベスが夫人の亡骸と共に踊るシーンなど、両日ともに説得力があった。王冠、血の色、キスなどがキーワードとなっているが、中でも夫人が夫の手に自分の手を重ねる仕草が意味深長。マクベスが成敗されたのちも、中央に忽然と夫妻の亡霊が現れて、手を取り合う幕切れが印象的。5日のアフタートークで、「夫妻の関係は“剣と鞘”」(小野絢子談)と解き明かされた時はなるほどと納得した。
脇役では、井澤駿が、連日バンクォーを熱演。3人の魔女の踊りは、もっと不気味な雰囲気が出てもよかった。ダンカン王からバンクォー、マクダフの家族たちを次々に手にかけていく残虐性を容赦なくリアルに描いたが、映像などで暗示する方法もあったのではなかろうか。
第2キャストの奥村康祐、小野絢子
英国バレエの巨匠、アシュトン振付『夏の夜の夢』
『夏の夜の夢』は、音楽的にも、「結婚行進曲」などおなじみの名曲が満載。東京少年少女合唱隊の澄み切った合唱にしばしば耳を奪われた。
「スケルツォ」で、オーベロンとパックが、4人の妖精を従えて、きらめくようなテクニックを繰り広げるのも見応えがあったし、ホルンの響きにのせた「ノクターン」でティターニアとオーベロンが仲直りのデュエットを踊るシーン、ロバに変えられたボトムが爪先立ちで踊り、夢から覚めた時は戸惑ってみせるなど見所に事欠かない。
柴山紗帆、木下嘉人(ボトム)、山田悠貴(パック)、妖精たち
所見の主要キャスト(2日/5日)は、ティターニア:柴山紗帆/池田理沙子、オーベロン:渡邊峻郁/速水渉悟、パック:山田悠貴/佐野和輝、ボトム:木下嘉人/福田圭吾、ヘレナ:寺田亜沙子/益田裕子、ディミートリアス:渡邊拓朗/小柴富久修、ハーミア:渡辺与布/中島春菜、ライサンダー:中島駿野/小川尚宏。
いずれも芸達者で、恋人の取り替え芝居で笑いを誘う。しなやかな柴山、コケティッシュな池田、端正な渡邊、風格の速水、自由奔放な山田と佐野、抜群の存在感を放った木下と福田等々の快演が忘れがたく、次回公演『白鳥の湖』へ期待を膨らませるに十分だった。
(4月29日~5月6日 新国立劇場オペラパレス)
池田理沙子、速水渉悟
[新国立劇場バレエ団 次回公演]
●『白鳥の湖』ピーター・ライト版
2023年6月10日~18日(オペラパレス)
新国立劇場HP https://www.nntt.jac.go.jp
新国立劇場ボックスオフィス ☎03-5352-9999
おすすめの本
有吉京子著(平凡社)
各巻定価=1320円(10%税込)
累計2000万部を超えるバレエ漫画の金字塔、有吉京子の『SWAN―白鳥—』の愛蔵版。北海道出身の主人公・聖真澄はプリマを目指し、東京、モスクワ、ロンドン、ニューヨーク……、様々な人々との出逢いと別れを糧に成長していく。
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