堀内誠一のポケット 第28回

アート|2023.5.29
林綾野 写真=小暮徹

伝説のアートディレクターであり、絵本作家でもあった堀内誠一さん。その痕跡を求め、彼が身近に置いた品々や大切にしていたものをそっと取り出し見つめます。家族しか知らないエピソードや想い出を、路子夫人、長女の花子さん、次女の紅子さんにお話いただきました。堀内さんのどんな素顔が見えてくるでしょうか?

第28回 メキシコのおもちゃ(前編)

談=堀内紅子

メキシコで買い集めたオアハカの木彫りの動物たちは、ずっと我が家の宝物でした。メキシコ旅行に行ったのは、パリから帰国した翌年で、わたしは高校生でした。階段状のピラミッドや、唐辛子をふりかけたとうもろこし、市場の喧騒、日差しやマリアッチ、母がわたしにも飲ませたがった(そして毎食飲んだ)甘塩っぱいマルガリータ、極め付けは滞在中に遭遇した火山の大噴火などなどの記憶が強烈で、正直、買い物のことはほぼ覚えていないのです。でも帰ってからも動物たちを父がニマニマしながら「実にいい」と眺めていたり、ブチの犬を撫で回しながら、「これはきっとこういうカーブの木があったから、こうしたんだ」と話していたのはよく覚えています。ブチの犬はわたしが家を出てから、いつ頃だったか、「持ってていい?」と母に断り、手元に置かせてもらっていました。いつもすぐに手に取れる場所に置いていたので、子どもたちの手垢にまみれ、色もすっかり褪せてしまいました。今作られているものはアクリル絵の具で彩色されているので、ここまで色褪せるのは、初期の作品の証だそうです。一時期は墨汁か何かで塗り直そうと考えていましたが、早まらなくてよかったです。

1972年頃ニューヨークで手に入れたオアハカの木彫、コヨーテ。当時5ドルで購入。これが堀内さんとメキシコの民芸との最初の出会いだったと思われる。つくったのは、オアハカの木彫作家マヌエル・ヒメネスと後日わかった。
左が紅子さんが手元に置いたブチの犬。今はブチはほぼ消えて見えない。
バザール・サバト(土曜市)オアハカ民芸の店で、購入した山猫の木彫とその後『anan』の連載「堀内誠一の空とぶ絨緞」のために堀内さんが描いたスケッチ。当時600ペソで購入したとある。
メキシコ旅行で堀内さんが家族を撮影した写真。右から次女・紅子さん、長女・花子さん、路子夫人。

玄関やリビング、化粧室に至るまで、堀内家のあちらこちらに大小さまざまなオブジェや人形が飾られています。今でこそいくつかのものは箱にしまわれていますが、堀内さんは愛着のあるものを棚いっぱいに並べ、いつも身近に置いていたそうです。
その中の一つ、ちょっとおとぼけた顔がかわいいこのコヨーテはメキシコ、オアハカの木彫りの像。オアハカはメキシコ南部、オアハカ州の州都です。この像はオアハカのアラソーラ村で作られたもので、数あるアイテムの中でもとりわけ堀内さんのお気に入りでした。
1982年、83年と堀内さんは2度、メキシコを訪れています。82年の最初の旅は、路子夫人、花子さん、紅子さんと4人での家族旅行でした。当時紅子さんは17歳の高校生。自然や町々の様子、食文化の印象は鮮烈で買い物の記憶はあまりないと回想されていますが、数回に渡って『anan』に書いた旅レポート(「堀内誠一の空とぶ絨緞」)を読むと堀内さんの買い物への意欲はかなり高かったようで、現在堀内家に残されているバラエティに富んだメキシコのアイテムはその成果といえるでしょう。
しかし堀内さんのお気に入りだったこのコヨーテ、実はメキシコで購入したものではないのです。「10年前、ニューヨークで見つけた5ドルのコヨーテがオアハカの木彫との最初の出会いだった」と、『anan』1982年10月号の連載記事に書いています。記録をたどっていくと、堀内さんは1972年、アメリカに取材に行っていますので、この時に購入したのでしょう。
ニューヨークにお目当てのお店があったのか、それともふらっと入った店先で偶然この像と出会ったのか。堀内さんがコヨーテを手に入れた詳細は花子さんも紅子さんも聞いたことがないそうです。この像に魅せられた堀内さんは、いつかメキシコを訪れたならオアハカに行ってたくさんの動物像を手に入れたいと胸を膨らませていたのでしょう。このコヨーテ、オアハカのアラソーラ村に暮らしていたマヌエル・ヒメネスが作ったものだということが今ではわかっています。ヒメネスは、「オアハカン・ウッド・カーヴィング」と呼ばれるこうした木彫りの像を最初に作り始めた人物で、彼の制作した像は現在ではコレクターアイテムにもなっています。
1982年、堀内さんはオアハカを訪れ「ほしかった山猫の木彫りに出会った。」「そこにあるものは全部ほしかった」と言っていくつかの木彫りの像を購入。紅子さんが可愛がっていた「ブチの犬」もそのひとつです。
中でも黄色い山猫の像に堀内さんは強く惹かれ、イラストを描いて『anan』で熱心に紹介しています。「静物的で瞬間的なイメージの再現で、まずシルエットに写実味があり、塗られた色彩は野生の生命力に対する感動で選ばれた原色だ」と綴り、さらに「オアハカの動物は一点制作が本筋で、玩具と工芸品の中間にあるもの、遊ぶ道具と飾るものの中間、観察と表現がマッチの火がついたように奇跡的に燃えあがる造形芸術のスタート線上にあるような気がする」と続けます。
何気ない工芸品が持つ魅力に感じ入り、それを多くの人に伝えようとした堀内さん。コヨーテや山猫、ブチの犬、サソリなど堀内家に何気なく並んでいるオアハカの木彫りの像。1つずつの像に40年前、旅先から持ち帰った堀内さんの感激が詰まっているのです。
(文=林綾野)

次回配信日は、7月14日です。


第1回 若き日のパスポート、第2回 初任給で買った画集、第3回 石元さんからの結婚祝い、第4回 パリ、堀内家の玄関 、第5回 トランプ遊びと安野光雅さんとの友情、第6回 ムッシュー・バルマンの瓶と香り 、第7回 ダッチ・ドールと古い絵本、第8回 パペットと人形劇 、第9回 お気に入りのサントン人形、第10回 瀬田貞二さんとの思い出、第11回 愛用の灰皿、第12回 お気に入りのバター型 、第13回 ルイ・ヴィトンのトランク、第14回 梶山俊夫さんの徳利とぐい呑み、第15回 ミッキーマウスの懐中時計、第16回 少年崇拝、第17回 スズキコージさんのスケッチブック(前編)、第18回 スズキコージさんのスケッチブック(後編)、第19回 コリントゲーム 、第20回 谷川俊太郎さんからの手土産 、第21回 2冊のまめ本、第22回 騎士のマリオネット、第23回 クリスマスのカード、第24回 お面に惹かれて、第25回 お気に入りの帽子、第26回 愛用のカメラ、第27回 デンマークのヴァイキング人形 はこちら

・堀内誠一さんの展覧会のお知らせです。

「堀内誠一 絵の世界」
2023年4月21日(金)~6月25日(日)
大分市美術館
休館日:4/2(月)5/8(月)5/15(月)5/22(月)5/29(月)6/12(月)19(月)
開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)

「ぐるんぱがやってくる 堀内誠一 絵の世界」
2023年7月1日(土)~8月20日(日)
ひろしま美術館(広島)
会期中無休
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)

「堀内誠一 絵の世界」
2023年10月7日(土)~12月17日(日)
群馬県立館林美術館

その後も巡回する予定です。

・新刊のお知らせです。

『父の時代・私の時代』 ちくま文庫
1979年に日本エディターズスクール出版部から刊行された堀内誠一の自伝『父の時代・私の時代』が、このたび増補・文庫化され5月12日に刊行されました。

『ぞうのこバナ』 世界文化社
まど・みちお/作 堀内誠一/絵 
1969年に月刊絵本「ワンダーブック」に掲載されたまど・みちおとの共作が、53年ぶりに書籍として復活。同時期に堀内が描いた童謡のさしえ「ぞうさん」「かわいいかくれんぼ」「おつかいありさん」も併録しています。

『ぼくにはひみつがあります』 主婦の友社
羽仁進/作 堀内誠一/絵 
1973年に好学社から刊行された映画監督の羽仁進との共作が、増補改訂版として50年ぶりに復刻されました。

堀内誠一 (1932―1987)
1932年12月20日、東京に生まれる。デザイナー、アートディレクター、絵本作家。『anan』や『BRUTUS』、『POPEYE』など雑誌のロゴマーク、『anan』においては創刊時のコンセプト作りやアートディレクションを手がけ、ヴィジュアル系雑誌の黄金時代を築いた。1958年に初の絵本「くろうまブランキー」 を出版。「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」「こすずめのぼうけん」など、今に読み継がれる絵本を数多く残す。1987年8月17日逝去。享年54歳。

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