猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。第19回は、一乗寺で暮らす猫ちゃん。甘えん坊なハチワレちゃんが、あとをつけてきて……。
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「一緒に遊ぼう!」
猫と過ごすのんびり時間
人懐っこいとは聞いていたが、これほどとは思わなかった。
目が合うと、遊ぶ気満々で寄ってくる。
兵庫県加西市にある法華山・一乗寺。西国三十三所第26番札所のこの寺は、周囲の豊かな自然と一体となった山々の谷間にある。
受付を過ぎると、「法華のきざはし」と呼ばれる162段の急な石段。
本堂は、このまっすぐな石段の先にある。
さあ、いざお参りへ。
だが、猫が寄ってきてなかなか上れない。
こちらは鼻がむず痒いのか、表情が七変化。
かと思うと、凜々しい顔でポーズを取る。
「一緒に上る?」
試しに声をかけてみると……。
その気はないらしい。
もう1匹の猫も……。
ゆるゆると自分の時間を過ごしたいよう。
諦めて石段に向かうと、
なんと!
さっきの猫がスタンバイしていた。
では上ろう!
とはいえ、猫はちょっと上っては、まだ行くの? と立ち止まり、再びこちらの後を追ってジグザク登る。
途中、常行堂(阿弥陀堂)の前でひと休み。
このお堂は、不断念仏(特定の日時を決めて、その間、昼夜間断なく念仏を唱える行)や、止観(雑念を止めて心を一つの対象に集中し、正しい智慧を起こして対象を観る行)道場として、かつて使われていたという。
鳥の声に耳を澄まし、古色を帯びたお堂を眺めていると、猫が膝に乗ってきた。
頑張ったご褒美とばかり、撮影者のお腹をゆっくりモミモミ。2人(正確には1人と1匹)の姿は、近くにいらっしゃる石仏にそっくりだった。
まったり過ごした後は、国宝の三重塔へ。
……と思いきや、
道半ばでゴロン。毛繕いが始まった。
ゆっくり進む猫時間に、こちらも合わせる。
その後は三重塔を背景に、立派にモデルを務めてくれた。
この塔の建立は、平安末期の承安元年(1171)。品ある古塔のたたずまいにしばし見惚れた。
次は、いよいよ舞台造りの本堂へ。ここからは猫と別れてお参りした。
重文の本堂は、寛永5年(1628)に再建されたもの。当初の建立は、白雉元年(650)、孝徳天皇の勅願によると伝わる。
ご本尊の聖(しょう)観世音菩薩も、やはり重文で秘仏。白鳳時代のもので、渡来のものか日本で作られたかは不明だという。ご開帳の時期も決まっておらず、内陣も立ち入り禁止。秘仏には、その法力が強すぎて、精進潔斎していない一般人の目に触れると障りが起こる場合があり、隠して守る意味合いもあるという。
本堂の舞台からは、地形に溶け込むように並ぶ堂塔伽藍が見渡せた。
本堂の裏手には、弁才天を祀る弁天堂や妙見菩薩を祀る妙見堂(左)のほか、仏法を守護する毘沙門天を祀る護法堂(右)も。いずれも重文である。
境内のそこかしこに、今も祈りの心が息づいている。
奥に進むと、この寺の開山、法道仙人が祀られている奥の院の開山堂があった。
法道仙人はインド出身。飛行自在の能力を持っていたとされ、6〜7世紀頃、中国・朝鮮半島を経て日本に渡ってきたと伝わる。このとき、峰が蓮の花のように八葉に分かれた山を発見し、法華経が説かれた地名にちなんで法華山と命名。その後この地にとどまって修行の場とし、仏教を広めたという。
さらに進むと、巨大な岩が現れた。現在は賽の河原(小児が親に先立って亡くなった後、苦しみを受けるとされる冥途(めいど)の三途の河原。父母供養のため石で塔を作ろうとすると鬼が来て壊してしまうが、これを地蔵菩薩が救うという)になっているこの岩は、もとは磐座だったのではと思わせる。いずれにせよ、この山は古来崇められてきた霊山だったのだろう。
土地に積み重なる祈りの姿に思いを馳せ、広い境内をゆっくり巡った。
同行してくれた猫にも感謝。
いつまでも仲良くね。
天台宗別格本山 法華山 一乗寺
〒675-2222
兵庫県加西市坂本町821-17
Tel 0790-48-2006(本坊) 0798-48-4000(納経所)
拝観時間 午前8時〜午後5時
拝観料 500円
堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。
堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。