「人懐っこすぎる猫」琴平神社│ゆかし日本、猫めぐり#31

連載|2023.8.4
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

 猫を通して日本を知る「ゆかし日本、猫めぐり」。第31回は、高知の琴平神社で出会った、甘えん坊な猫ちゃんが登場!

「人懐っこすぎる猫」

 猫の撮影がスムーズに進むのは、被写体である猫たちが撮影する人間を信頼し、したいように好き勝手に動いてくれるとき。警戒心が強くても、逆に人懐っこすぎても、撮影は難航する。特に甘えモード全開の猫は、あっという間に近づいてきて、「撫でて」「遊んで」と、あれこれ催促。撮影どころではなくなってしまう。

 この日出会った白猫は、とりわけ人懐っこい猫だった。

 高知県南国市にある琴平神社。太平洋を望む海岸近くの丘陵に鎮座するこのお社には、いろいろなタイプの猫がいる。

 車を降りると、フィーヨロロロロ……。トンビの声が耳に飛び込んできた。と同時に、猫も発見! クモに夢中になっている。

 対してこちらは、「そっとしといて」と睨む猫。

 さらに、一見強面(こわもて)ながら、

実は愛嬌たっぷりの猫も。

 個性もさまざまな猫たちが、それぞれ「お気に入りの場所」でくつろいでいた。駐車場にいる猫は、地域の人たちも一緒に世話をしているという。

 白猫は、境内の片隅にいた。

 一目見るなりぐんぐん近寄ってきて、

カメラで追いきれずにフレームアウト。

 気を取り直し、再度挑戦。

 だが……。

 結果は同じ。一直線に足元に。

 実はこの猫、子育て真っ最中のお母さんで、近くでは子猫2匹が戯れ合っていた。

 やがて、子猫にせがまれ静かに授乳……、

 と思いきや、こちらが気になるのか、白猫は子猫を振り切り寄ってきて、

 またしてもゴロン。

 よほど甘えたいのだろう。

 聞けばこの猫は、もともと警戒心が強くて逃げ回っていたため、避妊手術を受けさせることができず、孕(みごも)ってしまったという。だが、妊娠中に調子を崩し、宮司の宮地邦さんに助けを求めてからは人に頼ることを覚えたよう。今ではすっかり甘えん坊だ。

 この日も良いお乳が出るようにと、宮地さんが用意したちゅ~るに大満足。

 途中で縞猫も加わって、激しい争奪戦が始まった。

 やがてようやく落ち着いた。

 ……と思ったら、今度は縞猫がカメラに気がつき、

またしても一瞬でフレームアウト。

 思うようにコトが進まない。
 気分を変え、お参りをすることに。

 琴平神社の御祭神は、大物主神(おおものぬしのかみ)。もっとも、その歴史は古く、天智天皇の御代に、五穀豊穣と国民の平和を願って、黒田郷(ごおり)という地に黒崎の宮を建立したのがはじまりという。

 だが、684(天武天皇13)年の巨大地震で、黒田郷は一大鳴動とともに海に沈没。そのときのあまりの音のすごさに、里人が山に登って海を見ると、海中から金の御幣(ごへい)がひらひら・・・・飛んできて、松の木に留まった。その様子から金比羅・・・大権現と名づけ、浜辺の小さな祠でお祀りするようになったという。

 その後、1641(寛永18)年に、現在お社のある琴平山に遷座。明治の神仏分離を機に、大物主神が御祭神となった。

 本殿に向かうと、あれ? 
 さっきの白猫がいる。

 先回りをして待っているうちに、眠くなってしまったよう。

 しばしお腹を撫でて、さあ、お参りを。

 ちなみに、通称「金比羅さん」で知られる香川県の金刀比羅宮(ことひらぐう)も、明治以前は金毘羅大権現が御祭神。もっとも、こちらは釈迦が説法をしたと伝わる天竺(インド)の霊鷲山(りょうじゅせん)に棲む神、クンビーラが由来という。金毘羅、金刀比羅、琴平とも表記される、この大権現に関する神社は全国に約600。金刀比羅宮は、現在それら神社の総本宮になっている。もっとも、こちらの琴平神社は、金刀比羅宮より歴史が古いとする説も。名前の由来である「金の御幣」という表現も、仏教が浸透する以前の日本古来の信仰を思わせる。

 ともあれ、金比羅大権現は、海上交通の守り神として、特に船乗りたちから篤く信仰されてきた。このお社でも、同じ高知県の室戸に住む船乗りが、今も船で近くの港に来て、本殿へ続く石段を登ってお参りに来るという。

 参拝後、その石段に目をやると、

 猫がいる!
 近寄っても逃げず、付かず離れずの自然体。

 境内の一角には、大権現を浜辺から山にお遷しする際、馬の背に乗せたという伝承にちなんで青銅製の馬の像も祀られていた。

 身体の調子が悪いときは、この馬の像のその部分を撫でると治癒すると信じられているという。

 かつてメインの参道だったという、別の石段も登ってみた。

 標高約70mの琴平山の山上に鎮座するこのお社へ通じる車道が整備されたのは、1965(昭和40)年。それまでは、お祭りがあるときは、前の晩から氏子たちが境内の通夜殿に泊まり込み、準備をしたという。長い参道の途中には、旅籠屋もあったとか。苔むした石段には、かつての活気とにぎわいが、温もりある気となって刻まれている。

 ふと、目の前を一組の親子が通り過ぎた。

 キリッとした美人さん! 子育てがんばって!

 気がつけば、陽がずいぶん高くなっている。 

 縞猫もすっかり落ち着いて、

昼寝をすることに決めたよう。

 ここからは、まったりとした猫時間。
 邪魔をしないよう、そろそろ退散することにしよう。

琴平神社
〒783-0082 
高知県南国市里改田2607
TEL:088-865-8881

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

RELATED ARTICLE