「人の交わりにも季節あり」南方熊楠│ゆかし日本、猫めぐり#26

連載|2023.5.26
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。
第26回は、猫ちゃん同士の距離感から、人の交わりに思いを馳せる。

「距離の取り方」

 どんなに意気投合していても、

 ときには1人(1匹)になりたいことがある。

 そんなときは、少し距離を置いて、

 心を解放。

 しばらくすると、ほら元通り……

 ……のはずが、あれ?

 あれれれれ〜?

 行っちゃった……。

 猫同士でも、心の機微を汲み取ることは難しいよう。

 猫も人間も、ずっと仲良しでいるのは大変だね。

 今月の言葉
「人の交わりにも季節あり」 南方熊楠
    (別冊太陽 日本のこころ192 『南方熊楠』)

 超人的な博物学者で、民俗学の草創者でもある南方熊楠(みなかたくまぐす)は、同時に植物学、特に菌類や変形菌類(粘菌)、藻類など、花を咲かせない「隠花(いんか)植物」の先駆的な研究者として知られている。その一方、望めば手に入るはずの学位や肩書き、地位や権力などには関心を示さず、生涯「無学位の学者」として生きた。猫好きとしても有名だ。
 生まれは江戸時代最終期にあたる、慶応3年(1867)。熊楠という名前は、生まれ故郷和歌山県の熊野古道沿いに鎮座する産土(うぶすな)神社、藤白神社から授けられたという。熊は熊野、楠は、藤白神社境内の大楠を祀る子守楠神社にちなんで付けられたのだ。
 幼い頃から自学自修が日常で、読んだ書物を筆写して記憶。自身の血肉としてきた熊楠は、たとえば江戸時代に編纂された百科事典『和漢三才図会』全105巻も、8歳から5年がかりで筆写している。すべての源は、森羅万象への好奇心。そんな独自の勉学スタイルは、20歳から約14年に及んだアメリカやイギリス滞在でも貫かれた。特に7年あまり暮らしたイギリスでは、大英博物館で、東西にまたがる厖大な文献や書籍、考古学資料などの読書と筆写に明け暮れ、ノート52冊にも及ぶ「ロンドン抜書」を残している。イギリス随一の科学雑誌『ネイチャー』に論文を寄稿するのも、ロンドン時代から。生涯にわたって寄稿は続けられ、掲載論文は51本に上るという。さらに、民俗学の情報交換雑誌『ノーツ・アンド・クエリーズ』でも、比較民俗学に関する論文を数多く発表した。
 明治33年(1900)の帰国後は、熊野の那智の滝近くにある宿に逗留し、この地の山中で隠花植物や昆虫、小動物など、ありとあらゆる生物相を採集。すでにアメリカ時代、在野の菌類学者から隠花植物研究の手ほどきを受け、植物の宝庫であるフロリダやキューバで採集の経験があった熊楠だが、原生林が残る紀伊半島の山中の多様な生命世界に、真言密教の曼荼羅に通じる無限の広がりを見たのだろう、この時期、「南方マンダラ」と呼ばれる絵図を描き残している。さらに、田辺市に拠点を移してからは、自然植林に近い環境が維持されている神社林で粘菌を採集。新種や珍品を発見することもあったという。だが、当時は村の合併に伴って神社の統廃合が進められ、廃社となった境内の木々が次々と伐採されていた時代。熊楠は、そんな神社合祀令に強く反対し、さまざまな人に応援を頼んで、多くの神社と樹齢数百年の木々を伐採から救った。
 今月の言葉は、そんな熊楠が、ロンドン時代に親交を結んだ中国の革命家、孫文の訃報に際し、口にしたという一言。歳の近い熊楠と孫文は、明治30年(1897)に初めて出会い、意気投合。3ヶ月という短い期間ながら、深い心の絆を結んだ。おそらく西洋列強の脅威を前に、東洋はどう立ち向かうべきか模索する中で、ジャンルを超えて同朋を見つけたという想いがあったのだろう。その後、2人は熊楠のいる和歌山で再会。だが、3度目は叶わなかった。すべてのものは移りゆく。森羅万象と向き合ってきた熊楠だからこその含蓄ある言葉である。

 今週もお疲れさまでした。
 おまけの2枚は、2匹のその後。
 通り過ぎた猫は、少し離れてストンとお座り。
 気のないフリをしながらも、
 背中から「来て!」モード発散。

 一方、こちらはコトの一部始終に立ち会うも、最後まで見て見ぬふりに徹していた猫。
 あっぱれ!

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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