『Viva Video! 久保田成子展』 東京都現代美術館

アート ニュース|2021.12.27
文=坂本裕子(アートライター)|写真=メインビジュアル:トム・ハール デザイン:佐々木暁

新潟から世界へ。ヴィデオ・アートのパイオニアの仕事を現代にみる意義

久保田成子(くぼたしげこ:1937-2015)をご存じだろうか。
 新潟に生まれ、彫刻家を志して上京、その創作の初期から前衛的な美術活動に参加するも、国内での限界を感じて単身ニューヨークに移住を決意。「彫刻」と「映像」を組み合わせた「ヴィデオ彫刻」を創出し、ヴィデオ・アートの先駆者のひとりとして国際的に活躍した日本人女性アーティストである。同じくヴィデオ・アートで知られるナムジュン・パイクのパートナーでもある。

デジタル技術が当たり前になりつつある現代に、ヴィデオはその技術だけではなく、メディアとしても旧世代のものととらえられがちだが、その黎明期にいち早く特性と可能性を見いだして世界に自身の表現を展開した久保田は、まだまだ女性アーティストが認められにくかった時代という点においても、現代美術史上、重要な足跡を残したといえる。しかし、国内での知名度をはじめ、その貢献は十分に評価されているとはいえない。

久保田没後初めて、日本では約30年ぶりの大規模な展覧会が、東京都現代美術館で開催中だ。
 本展ではその現状をふまえ、アメリカを拠点に活躍した久保田の仕事を、最新かつ現代美術史の文脈に沿いつつ、日本から世界へ向けて改めて研究成果として提供することを目的としている。
 2015年の没後すぐに、その遺産を保護し、発展させるためにニューヨークに設立された「久保田成子ヴィデオ・アート財団」の全面協力により、ヴィデオ彫刻の復元から作家が保管していたドローイング、資料を中心に、国内美術館の所蔵品と遺族からの借用品も含めて、初公開資料が多数展示される。
 ひとりの女性として、アーティストとして、そして人間として、彼女が何を考え、どのような表現をなしたのか、その創作を多角的にみられる空間が展開している。

編年を基本に7章でつづられる構成は、個人的な資料やヴィデオを使用した最初期の作品にも触れながら代表作へと展開し、その晩年まで、彼女の表現の力を感じさせてくれるだろう。

1937年に生まれた久保田は比較的自由な家庭環境に育ったという。南画系の画家であった祖父の影響で早くから絵を描き、幼少期にすでにその才能を見せる。長じてからは彫刻家を志し、1960年の大学卒業後は東京の前衛美術のコミュニティに参加した。63年に画廊での初個展を開催、同時代に活動していたハイレッド・センターやオノ・ヨーコ、ナムジュン・パイクらとも関わりながら表現を追求するが、当時の日本では女性アーティストの活躍の場が限られていることに失望し、ニューヨークへの移住を決意する。

世界的な前衛芸術運動を展開していたフルクサスの代表 ジョージ・マチューナスを頼って単身渡米した久保田は、ニューヨークを拠点に国際的なアーティストたちと交流する。
 会場では、高校時代に二紀展で入選した油彩作品や個展の写真など日本時代の資料、彼女が編集したハイレッド・センターの「イヴェント集」、フルクサスでの活動での制作など、貴重な初期作品がみられる。

1965年にフルクサスのイベントの一環として発表したパフォーマンス《ヴァギナ・ペインティング》は、発表当時から一部に悪評を呼んだが、現在、美術史や社会文化史の中で見直しが進む。また60年代末には、最初の夫である作曲家デイヴィッド・バーマンもメンバーであったソニック・アーツ・ユニオンにも参加していた。こうした活動は、彼女の創作における社会的なまなざしを形成することになる。

展示風景から
入口には久保田の代表作の一つ《メタ・マルセル:窓(雪)》 久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵(左)。壁につづられたメッセージとともに味わって。
第1章、第2章では、貴重な初期の久保田の作品や記録、写真が並ぶ(右)。ニューヨークへ向かう前にマチューナスに送った手紙や持っていったトランクなどが印象的だ。マチューナスをテーマにした作品には鋭い観察とユーモアが感じられる。

1970年代に入ると、生涯のパートナーとなるパイクとの共同生活から、ヴィデオを使用した作品を制作するようになる。
 ソニーのポータパックを担いで独りでヨーロッパを旅しながら撮影した初期のヴィデオ作品や、同じく女性アーティストのメアリー・ルシエらとのコラボレーション作品などをみていく。
 ヴィデオというメディアへの移行とともに人種、民族、性別、家族といった、社会の制度やそこから生まれる格差や差別を問うテーマが通底していることが感じられるだろう。

左:展示風景から
右:《ヴィデオ・ポエム》1972-75/2018 久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵(展示から)
赤い布袋が風により膨らんだりしぼんだりする中に、久保田自身の顔が口をパクパクさせている。音はない。壁面につづられた文言(ポエム)から、この赤い物体が女性器を、ひいては女性そのものを象徴していることを想像させる。ヴィデオ彫刻の初期作品。

やがてヴィデオと彫刻という表現から「ヴィデオ彫刻」という創作概念を生み出した久保田にとって、その大きな契機となったのが、1968年のマルセル・デュシャンとの飛行機内での偶然の出会いだった。
 彼への敬愛から生み出された「デュシャンピアナ」シリーズで、彼女はその代名詞ともなるヴィデオ彫刻の傑作を生みだし、国際的に評価を高めていく。

《デュシャンピアナ:ヴィデオ・チェス》1968-75 久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵(展示から)
1968年にカナダのトロントで行われた『リユニオン』コンサートで、デュシャンとジョン・ケージの様子を久保田が撮影した写真を着色して映像にしたモニターの上に、ガラスのチェス盤と透明のプラスチック製の駒が並べられた作品。元となった写真とともに「解決は存在しない。なぜなら問題がないのだから。」(デュシャン)と「問題は存在しない。なぜなら解決がないのだから。」(久保田)の文字が掲示される。デュシャンへのオマージュがスマートなユーモアを持つ作品になっている。

《デュシャンピアナ:マルセル・デュシャンの墓》1972-75/2019 久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵(展示から)
床から天井までテレビモニターを積み上げてモニター部分のみを残してベニヤ板で覆い、さらに天井と床に鏡を置くことで、画面が映りこんで無限に増幅していく。画面にはデュシャンの墓を撮影した画像に色加工を施したものが流されて、撮影時の風の音が重なる。デュシャンと久保田の言葉の掛け合いも壁に表示され、みて、聴いて、読む空間としての作品は、場所により展示方法がさまざまに変化する。ぜひこの場ならではの展示を堪能して!

《デュシャンピアナ:階段を降りる裸体》1975-76/83 富山県美術館蔵(展示から)
デュシャンの油彩画《階段を降りる裸体:No.2》を引用した久保田の代表作のひとつ。木製の4段の階段にモニターが据えられ、そこには実際のヌード女性が階段を降りる姿が、ときにゆっくりと、ときに高スピードで映し出される。絵画を映像に、平面を立体にしたユニークで革新的な作品は、ニューヨーク近代美術館ではじめて収蔵されたヴィデオ・インスタレーション作品となった。こちらは日本で制作されたバージョン。

《デュシャンピアナ:自転車の車輪1, 2, 3》1983-90 公益財団法人アルカンシエール美術財団/原美術館コレクション(展示から)
デュシャンの最初のレディメイド《自転車の車輪》を引用し、スツールの上の車輪に小型モニターが取り付けられており、モーターの動力で車輪が自動で回転するようになっている。会場では定時にこの車輪が回転している様子もみることができる。

《デュシャンピアナ:自転車の車輪1, 2, 3》と《三つの山》の展示風景(原美術館、1992)
撮影:内田芳孝 Courtesy of Shigeko Kubota Video Art Foundation, ©Estate of Shigeko Kubota

1980年代には、水やモーター、プロジェクションなどによる動きや光の反射といった要素を取り入れて、時間や空間を意識した作品へと拡張させる。
 それは、デュシャンへのオマージュから、自然や生命の円環といった視点を含んだ久保田独自の作品への超克の軌跡ともとらえられるだろう。

左:《メタ・マルセル:窓(花)》(部分)1976-77/83 Photo by Peter Moore, Courtesy of Shigeko Kubota Video Art Foundation, ©Estate of Shigeko Kubota
右:《メタ・マルセル:窓(三つのテープ)》1976-83/2019 富山県美術館蔵(展示から)
デュシャンの代表作のひとつ《なりたての未亡人(Fresh Widow)》から発想された作品。デュシャンの黒い窓景は、ヴィデオ映像に置き換えられる。初期はスノーノイズ(砂嵐)の画像が使用されたが、83年の再制作では「花」と「星」の画像が新たに制作された。(スノーノイズの作品も会場入り口でみられる)
「デュシャンピアナ」シリーズの延長ととらえられる作品ながら、タイトルにもある通り、巨匠からの脱却を意図している。

《三つの山》1976-79/2020 久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵(展示から)
3つの山を合板製の立体で構成し、それらには鏡を巡らせた穴にモニターが埋め込まれている。それぞれのモニターからは、ヘリコプターから撮影したグランド・キャニオン、車窓からのエコー・クリフ、タオスの夕焼けの蜃気楼、ティートンの日没が映し出され、撮影時の音がスピーカーから流れる。映像は鏡に反射して、展示される空間にも不思議な光を乱反射させ、覗き込むわたしたちの姿も鏡の中で無限に増殖していく。
山は久保田の自画像的風景であり、火山は自身の子宮にもたとえられる。自然の壮大なスケールやエネルギーを彫刻に映し出すことで、自身の手の刻印、意識、生命を内包させる意図がある。

《河》1979-81/2020 久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵(展示から)
折り紙の笹船を模したステンレス製の構造物には水が張られ、回転する機械によって絶えず波打っている。川に見立てられたという船は上に3台のブラウン管テレビが吊り下げられて、その水面に映像が映し出される。1983年のホイットニー・ビエンナーレに出品され、展示風景が美術雑誌『Art in America』の表紙を飾った作品。何が映っているのかは、水面を覗き込まないとみることができない。ぜひ会場で!

左:《韓国の墓》1993 久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵(新潟県立近代美術館での展示風景、2021)撮影:吉原悠博
1984年、34年ぶりに韓国に帰国を果たしたパイクが親戚に再会したり、家族の墓を参った時の様子を久保田が記録したヴィデオ《韓国への旅》を元にしたインスタレーション。韓国の墳墓の形を模した半円形の彫刻の表面に不規則に開けられた窓から、その画像が流される。各窓を覆う鏡の反射と、彫刻の表面に投影されるプロジェクターからの映像が、彫刻の木製の質感を感じさせず、どこか近未来的な金属感を漂わせる。
右:《ナイアガラの滝》1985/2021 久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵(新潟県立近代美術館での展示風景、2021)撮影:吉原悠博
白い壁面にはプラスチック製の鏡の断片と大小10台のモニターが組み込まれ、色加工されたヴィデオ映像はナイアガラの滝の春夏秋冬の風景を表す。壁の前にはシャワーのように水が落ち、受け止める床のプールは、やはり鏡の断片で覆われて、光を反射しながら、断片化されたモニターの映像を映し出す。目まぐるしく反射する光とは裏腹に、美しく静謐な作品は、多視点のイメージのなかで、みる者に深い思索をうながしている。

《スケート選手》1991-92 久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵(新潟県立近代美術館での展示風景、2021)撮影:吉原悠博
1992年のアルベールビル・オリンピックで銀メダルを獲得した、フィギュアスケート選手の伊藤みどりをモチーフにした作品。顔と胸、腹部にモニターを内蔵した木製の人形が、回転する丸いリンクの上でポーズをとる。人形に向けてプロジェクションが投影されて、スケートリンクでの演技を彷彿とさせる。同時にディスコのお立ち台(笑)のようにもみえる、楽しい作品。

世界的な現代アーティストとして、1991年にニューヨークのアメリカン・ミュージアム・オブ・ザ・ムービング・イメージで開催された美術館での初個展は、東京をはじめ国際巡回するも、1996年に夫のパイクが脳梗塞で倒れ、彼女はそのサポートのため、自身の創作の中断を余儀なくされる。
 これが久保田の現在の評価に大きく影響していることは否めないだろう。しかし、彼の死後、創作を再開した最後の10年間は、彼女自身も病と闘いながらパイクへの愛があふれるユーモラスかつ冷静な創造者としての眼を感じさせる作品を遺している。

《セクシュアル・ヒーリング》1998 Courtesy Electronic Arts Intermix (EAI), NY
脳梗塞のリハビリを受けるパイクを撮った記録ヴィデオから。パイクが、リハビリを担当する看護師たちから間接的に性的な刺激を受け、それが療養になっていることをユーモラスに描いた作品には、切なくなるほどの限りない愛情とともに、その姿をも作品として残す久保田のアーティストとしての強靱な精神もうかがえる。

芸術に社会的な視点をもたらした「フルクサス」が生まれた時代性は、女性アーティストが活動することの厳しさを痛感し、たった独り異国に渡った久保田の生きざまとリンクする。
 「芸術」の概念を拡張し、思考する作品への方向を拓いたデュシャンとの出会いと、それを乗り越えようとする彼女の創作は、当時新しいメディアであったヴィデオを独自の表現へと昇華させた。
 そこには、一貫した社会へのまなざしと、人間への、自然への愛が根ざしている。

久保田の生涯と生み出された作品は、彼女が生きた時代とともに、現代という文脈で改めて見直すことに意味がある。
 ユーモアのエッセンスを持ちつつ、多層な思索をうながす刺激的な空間。アートが持つ社会性のひとつの表現のあり方をみせてくれるはずだ。

展示風景から

展覧会概要

『Viva Video! 久保田成子展』 東京都現代美術館 企画展示室3F

新型コロナウイルス感染症の状況により会期、開館時間等が
変更になる場合がありますので、必ず事前に展覧会ホームページでご確認ください。

会  期:2021年11月13日(土)~2022年2月23日(水・祝)
開館時間:10:00-18:00 (入場は閉館の30分前まで)
休 館 日:月曜日(1/10、2/21は開館)、年末年始(12/28~1/1)、1/11
入 館 料:一般1,400円、大学生・専門学校生・65歳以上1,000円
     中高生600円、小学生以下無料
     身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・
     被爆者健康手帳をお持ちの方と、その付き添いの方(2名まで)は無料
問 合 せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

展覧会サイト www.mot-art-museum.jp

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