マレーシア・イスラーム美術館精選 特別企画
『イスラーム王朝とムスリムの世界』 
東京国立博物館 東洋館

アート ニュース|2021.9.15
文=坂本裕子(アートライター)

華麗なるイスラーム文化、その多様性の魅力

「イスラーム」という言葉に何を思うだろうか。
 9.11以降、政治的には不穏な動向と結びつけられがちだが、日本とも親交の深いトルコのアヤ・ソフィアや、スペインのアルハンブラ宮殿、インドのタージ・マハルなど、その文化には、オリエンタルな憧れを持つ人も多いだろう。

イスラーム教は、7世紀にアラブ人の預言者ムハンマドによって創始され、現在その人口は19億人ともいわれ、キリスト教に次ぐ信者数を持つ世界宗教である。
 1300年を超える歴史の中で、我こそは正統なるムハンマドの後継と謳い、多くの王朝が各地で交代を繰り返した。その範囲は、わたしたちがイメージする中近東のエリアに限らず、ヨーロッパから北アフリカ、中央アジア、東南アジア、そして東アジアにまでおよぶ。 
 そして、イスラーム教を受容した各地では、唯一神アッラーへの信仰を共有しながらも、その地の文化と融合して独自の豊かなイスラーム文化を生み出し、建築、絵画、工芸、書、宝飾品など、多くの文物をいまに伝えているのだ。

このイスラーム王朝の歴史とともに、そこで生み出された美術を紹介する展覧会が、東京国立博物館の東洋館で開催されている。
 東南アジアのイスラーム教国のひとつであるマレーシアのマレーシア・イスラーム美術館が誇る豊富なコレクションから貴重な作品が来日。
 その収集品は、特定の国家や地域に限らず、地域もジャンルも多岐にわたっており、まさにイスラーム文化を世界規模で観られる展覧会といえよう。

マレーシア・イスラーム美術館外観
美術館のファサードには、『クルアーン(コーラン)』第29章「蜘蛛」20節の章句がイスラーム文化を象徴する装飾で記されている。
 言ってやるがよい、「地上をあちこち旅して歩き、よく眺めてごらん。アッラーがいかに   してまず最初創造の業をお始めになったかを。やがてまた第二の創造を興した給うであろう。  アッラーは全能におわします。」

7世紀に興った「ウマイヤ朝」に始まり、18世紀末~19世紀初頭の「カージャール朝」まで、主要な14の王朝と、イスラーム文化の特徴を「モスクの美術」、「武器と外交」、「イスラーム書道芸術」として挙げ、その地域性を表す「マレー世界のイスラーム王国」、「中国のイスラーム」、そしていまを感じさせる「現代絵画」を含んだ15章で、時空を超えてイスラーム文化を概観できる充実ぶり。

左:第2章「初期イスラーム王朝」の展示風景から
ヨーロッパで製作された古地図と各王朝の特徴的な美術作品が歴史を語る。
右:第14章「中国のイスラーム」、第15章「現代絵画」の展示風景から
イスラーム文化においてもっとも尊ばれる書は、近代になると芸術としての書道が生まれ、現代美術として新たな個の表現へと拡張していく。会場では日本、イラン、エジプトで活躍する3名の現代作家の作品が紹介される。

本展で紹介される王朝と地域を概観する第1章「はじめに ムスリム*世界の歴史と文化」では、各時代を象徴する作品1点が、その王朝を代表する建築物(聖堂やモスク)のパネルとともに並ぶ。そのエリアがどれほど広大な地域におよんでいるかということと同時に、同じ信仰の空間として造られた建物も、実に多様な展開を遂げていることがうかがえる。
                                                                            *ムスリム:イスラーム教徒

第1章「はじめに ムスリム世界の歴史と文化」の展示風景から

アカンサス文柱頭 ウマイヤ朝、スペイン 10世紀 マレーシア・イスラーム美術館蔵
モスクの柱の上にのせられていた大理石彫刻には、アカンサス文様があしらわれており、ビザンティン帝国やサーサーン朝ペルシアなどの先行する文化の意匠や技術が取り入れられていたことを示す。王朝の末期には、ムスリムの勢力は、北アフリカ、イベリア半島、アラビア半島、アナトリア、ペルシアにまで拡大していたという。

第2章からは、コラム的にイスラーム文化の紹介の章をはさみつつ、編年を基本に王朝を追って各時代の作品が紹介される。

植物文様や幾何学文様に加えてアラビア文字が文様に含まれていく「ウマイヤ朝」、商業・文化・知的活動においてイスラーム世界の中心となったバグダードを確立させた「アッバース朝」、カイロを貿易の拠点として栄えた「ファーティマ朝」、十字軍の脅威を退けて北アフリカに創設される「アイユーブ朝」の、初期イスラーム王朝は、ムスリム文化の形成を伝える。

金製イヤリング エジプト(ファーティマ朝)11~12世紀 マレーシア・イスラーム美術館蔵
カイロを中心に、各地の金鉱や奴隷、象牙貿易によって繁栄したファーティマ朝は、陶器、ラスター彩ガラス、金属装飾品や水晶などの奢侈品が知られていた。金の線状透細工の高い技術を持つ職人による繊細で豪華なイヤリング。小さな鳥のモティーフは人気が高く、精巧な型を使用して大量に生産されたそう。 こうした宝飾品や宝石はカリフの外交上の贈答品として献上され、イランやスペイン、ビザンティン帝国との交易により、技術や様式、モティーフも豊かになっていく。

左:『クルアーン』(マクリビー体) スペイン・アンダルシアまたは北アフリカ 13世紀 マレーシア・イスラーム美術館蔵
時代を通じてもっとも重視されたのが、アッラーがムハンマドに下した掲示を記録したクルアーンの書写だった。こちらはグラナダかバレンシアの貴族のために作成された豪華なクルアーンの一部。金色の囲いは章題で、文字に添えられているのは、発音区別符号や母音記号。それぞれに意味を持ちながら、美しい装飾ともなっている。
右:クルアーン台 トルコ(オスマン朝) 1800年頃 マレーシア・イスラーム美術館蔵
こうした聖典をシャイフ(長老)が読誦する際に用いられたのが、アラビア語で「リハル」と呼ばれる折り畳み式のクルアーン台だ。この作品は、螺鈿と玳瑁で象嵌装飾された豪華なもの。会場では、「モスクの美術」として、美しい手織り絨毯や、ガラス製のランプ、やはり豪華なクルアーン・キャビネットなどとともに観られる。

広大な地域を支配下に置き、各地域の要素を吸収して新しい造形を生み出した「セルジューク朝」、ヴェネツィアとの独占的な貿易と石彫芸術で知られた「マルムーク朝」、チンギス・ハーンの遠征により、モンゴルの支配下でその影響を受ける「イル・ハーン朝」、「ティムール朝」には、多様な文化の融合を感じることができるだろう。

左:エナメル彩騎馬鷹狩人物文鉢 イラン 12世紀末~13世紀初 マレーシア・イスラーム美術館蔵
12世紀末のイランで発達したエナメル彩の技法は、1度目の焼成で下絵を定着させ、2度目に釉上に上絵を焼き付ける。すぐれた絵付師、陶工が必要とされるため、製品は高価で、エリート層のみに流通したという。モンゴルを感じさせる騎馬鷹狩人物像は、詩や細密画でも好まれるテーマだった。
右:ミフラーブ・パネル 中央アジアまたはイラン(ティムール朝) 14~15世紀 マレーシア・イスラーム美術館蔵
イスラームを象徴するような鮮やかなターコイズ・ブルーが美しいタイル製パネルは、14~15世紀のペルシアや中央アジアで製作された。周辺部にはムハンマドの言葉を、中央には創造主に全幅の信頼を置くという意味の文言が、それぞれ様式の異なる文字文で装飾される。

イランの「サファヴィー朝」では、クエルダ・セカとよばれる、異なる釉薬が混ざらないようにして焼成するタイル装飾の技法が生み出され、建築の壁面を飾るようになり、その後の「カージャール朝」では、油彩画の技法によって王室の肖像を描くようになるなど、ヨーロッパの文化を取り入れていったことがうかがわれる。
 栄華を極めた「オスマン朝」や「ムガル朝」では、支配地から産出される豊富な資源と職人たちの高度な技術から生まれた、きらびやかな美術品に目がくらむ。
                                                    

『シャーナーメ』の挿絵 イラン(カージャール朝)18~19世紀 マレーシア・イスラーム美術館蔵
ペルシア文学の「シャーナーメ(王書)」の1シーン。戦場で瀕死の兵士に近寄る英雄ロスタム。自身が戦った兵士が自分の息子であったことに初めて気づいた英雄は、苦悶のあまり服を引きちぎる。写本製作が隆盛した初期サファヴィー朝の細密画の様式を継承して、後のカージャール朝時代に書写されたものとのこと。鮮やかで精緻な細密美とともに、父子のまなざしの交差に情感も読み取って。

宝飾小箱 トルコ(オスマン朝) 17~18世紀 マレーシア・イスラーム美術館蔵
「壮麗王」スルタン・スレイマン1世の黄金期を最盛期とするオスマン朝は、大規模な建築とともに、絢爛豪華な宮廷生活で知られる。絨毯やシャンデリア、家具に油彩画といった室内装飾はもとより、調度や食器から衣服や装飾品に至るまで、いずれも一級品が生み出された。こちらもその一例で、翡翠の装飾に、ダイヤモンド、エメラルド、ルビーなどがはめ込まれている、王室での日用品だそうだ……。

花や蝶、家畜をモティーフとした工芸品や染織、手の込んだビンロウジ容器が特有とされる「マレー世界のイスラーム王国」や、やきものの技術や、イスラームの書に大きな変革をもたらした紙と毛筆の文化を持つ「中国のイスラーム」の影響は、いかに広い地域でこの文化が花開いたのかを語る。

七宝合子 中国(清) 19世紀 マレーシア・イスラーム美術館蔵
シルクロードで知られるように、イスラーム世界と中国は貿易でつながっていたが、13世紀にモンゴル人の支配下となると、直接の結びつきを持つ。中国のやきものや書などがムスリム世界へもたらされると同時に、中国にイスラーム教そのものやその文化をも根づかせ、両方において融合の美を生み出した。全体にエナメル釉がほどこされた合子には、中国様式のアラビア文字で信仰告白と神への賛美が記されている。光緒帝の時代、中国のムスリム社会からの注文で製作されたもの。

見どころは、やはりその装飾美と書の文化だろう。
 建築はもちろん、器に、工芸に、染色にあしらわれる文様の精緻さと美しさ、宝飾品の豪華さは圧倒的だ。
 そして6つの主な書体に集約していくアラビア文字による書は、アッラーの言葉を伝えるとともに、これまたみごとな装飾美に昇華する。
 文字が刻まれる対象そのものだけではなく、それを発注し、制作し、所有し、贈る人びとの聖性や権威も付与されて、世界を祈りと美で表していくのだ。

第12章「ムガル朝」の展示風景から
17世紀になると、宮廷工房では王室肖像画が盛んに制作されるようになる。正装して横向きに立つ王の姿は写実的に描かれ、こうした絵画や書の一葉は画帖に収められ、豪華に装丁された。丁寧な筆致と繊細な金彩に注目。
また、インド亜大陸の鉱物資源に恵まれた朝廷では、王や王妃、王族のための華麗な宝飾品も多く生み出された。目もくらむジュエリーは必見!

左:宝飾ネックレス 南インド 18世紀 マレーシア・イスラーム美術館蔵
右:同部分(展示から)
金の土台に、ダイヤモンド(135個!)、ルビー(713個!)、エメラルド(86個!)をはめ込んだ、限りなくゴージャスな1品。松かさ形のペンダントを花形パーツでつなげ、インドで好まれるペイズリー形のパーツが連ねられている。耳飾、鼻飾、腕輪、腕飾とセットで、会場では一式で堪能できる。鼻飾は嫁入り道具に含まれるそうで、王室女性の婚姻時のジュエリーとされる。

左:第10章「イスラーム書道芸術」の展示風景から
右:書道印可免状(イジャーザ) トルコ(オスマン朝)1778~79年 マレーシア・イスラ-―ム美術館蔵(展示から)
イスラーム文化にとって、文字はクルアーンを広める重要な手段であるとともに、建築やそこに置かれる調度などの装飾でもある。啓典を書写することは、もっとも重要でやりがいのある仕事ながら、書家はそのために、さまざまな書体の習得やその訓練のみならず、書かれている言葉の意味の深意を理解し、さらには紙漉き、インクの調合、写本の装丁や装飾の技術まで会得しなければならなったそうだ。そうして一人前の水準に達すると、書道印可免状(イジャーザ)が与えられて、師匠として認められる。

いずれの王朝でも感じられるのは、知的文化に対するの熱心な取り組みである。
 早くから図書館を設立し、世界中の文学・哲学・科学・医学の書を集め、クルアーンをはじめとした書写と頒布を惜しまず進める中で、その地の文化を取り込みながら、多彩で多様な造形が生み出された。

絶対神のイスラーム教に持っているイメージとはちょっと異なるかもしれない、柔軟で鷹揚な多様性に満ちたムスリムの世界。
 その美に魅せられたならば、それは理解への一歩となるはず。

展覧会概要

マレーシア・イスラーム美術館精選 特別企画
イスラーム王朝とムスリムの世界 東京国立博物館 東洋館12・13室

オンラインによる事前予約(日時指定券)が必要となります。
また、新型コロナウイルス感染症の状況により会期、開館時間等が
変更になる場合がありますので、必ず事前に美術館ホームページでご確認ください。

会  期:2021年7月6日(火)~2022年2月20日(日)
開館時間:9:30-17:00(入館は閉館の30分前まで)
休 館 日:月曜日(祝休日の場合は開館、翌平日休館、ただし1/3は開館)
     12月14日(火)、12月26日(日)-1月1日(土)、1月4日(火)
入 館 料:一般1,000円、大学生500円
     高校生以下および満18歳未満、満70歳以上は無料(要証明書提示)
     障がい者およびその介護者1名は無料(要証明書提示)

展覧会サイト https://www.tnm.jp/

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