生誕260年記念企画 特別展「北斎づくし」

アート ニュース|2021.8.10
文=和田京子(編集者)|写真=祖父江慎/藤井瑶(コズフィッシュ )

「北斎づくし」展のウラ側

7月22日から東京ミッドタウン・ホールで開幕した「北斎づくし」展(会期は9月17日まで)。すでにご覧になった方も、これから行かれる方にも、ここでは普段ならお見せできない展覧会の舞台ウラを披露してしまおう。実際の展示を一歩踏み込んで愉しんでもらえたらと思う。

壁、床、天井、そして展示ケースまでも『北斎漫画』尽くしの会場。写真は設営中にアートディレクターの祖父江慎さんとコズフィッシュのデザイナー藤井瑶さんが撮影。

まず、タイトルの「北斎づくし」。関係者による何度かの制作会議を経て、満場一致で決まったのが、このタイトルだ。「尽くし」とは、そもそも「すべてを列べ連ね挙げる」こと。北斎の代表作『北斎漫画』の「漫画」は、現代でいう絵物語ではなく、北斎は「漫ろに描いた絵」を意図していた。だから『北斎漫画』にはストーリーはないが、そこには北斎が思いつくままに、市井の庶民から動植物、故事伝説から宇宙に至るまでのあらゆる画題、一人の絵師が描いたとは思えないほど多彩な画風、そして膨大な量の絵を描き尽くしていた。虫一匹も聖人も庶民も優劣なく描く。それが北斎による「尽くし」の精神だ。

また、90歳という長寿を完うした北斎の生涯は、描くことに尽くした一生でもあった。臨終に際してさえ、「あと十年、いやあと五年生きられたら、真の画工になることができるだろう」と描くことへの執念を遺しているほど。恐るべし、「尽くし」の絵師、北斎である。

写真:藤井瑶(コズフィッシュ )

こうした北斎の「尽くし」を、会場構成に反映したのが建築家・田根剛さんだ。北斎の描くことへの熱量や過剰な執着を空間化した。天井から壁、床に至るまで、北斎の生気が充溢している。ここで高精細デジタルアーカイブとプリンティング技術が冴える。加えて、グラフィックを担当したアートディレクターの祖父江慎さんとデザイナーの藤井瑶さん(コズフィッシュ)が、巨匠としてだけではない、北斎の親しみやすい洒落やユーモアの魅力を存分に引き出した。メインビジュアルでは、風で舞い上がる布で顔が隠れてしまった残念なキャラクターが登場。その頭上をひらひらと舞った紙が、まるで吹かれ吹かれて会場にたどり着いて展示空間を満たしているかのよう。会場の入口と出口には祖父江さんが選んだ愛嬌たっぷりのキャラクターたちもお目見えする。橋本麻里さんによる解説も明快かつ粋だ。頭でっかちにならずに、スッと軽やかに北斎の世界に導いてくれる。こうして「北斎づくし」を体感する舞台装置が整った。

『北斎漫画』の展示室。ご覧の通り、特製カーペットの足元から天井まで「尽くし」の空間。写真:祖父江慎

エントランスから第1展示室までのアプローチでは、 祖父江さんイチオシの『踊独稽古』のキャラクターたちが躍りながら来館者を誘導してくれる。写真:祖父江慎

そして展示は、『北斎漫画』、「冨嶽三十六景」、そして『富嶽百景』を全ページ・全点・全図を徹底的にホンモノで見せ尽くすという前代未聞の企画だ。たとえば、『北斎漫画』は初編から十五編まで全883ページをホンモノで見せるとなると、ページ数分(厳密には見開きで見せるので、その半数の冊数)の原本が必要となる。よって、会場にはおよそ500冊ものホンモノが並んでいるのである。

『北斎漫画』を展示する際、浦上さん自ら、開くページの摺を1冊1冊確認しながら、一番良い状態の本を選ぶという徹底ぶりだった。写真:藤井瑶(コズフィッシュ )

なぜ、こんな無謀な展示が実現できたかというと、北斎の世界的なコレクターである浦上満さんの協力があってのこと。じつは浦上さん、『北斎漫画』だけでも50年をかけて1600冊以上は所蔵しており、展示はそのほんの3分の1に過ぎないのだ。こうして、ホンモノ尽くしが可能になった。

『北斎漫画』十編の展示中。同じ『北斎漫画』、しかも同じ編でも、刊行時期や版元によって、これだけ表紙の種類が異なる。ちなみに江戸時代の出版では相合版(あいあいばん)といって、1冊の出版物を複数の版元でシェアして出版するシステムがあり、『北斎漫画』も、当時たいそう人気があり、次々に名乗りを上げた版元によるその相合版で出版されている。写真:藤井瑶(コズフィッシュ )

以前、浦上さんに、どうしてこれほどまでの数を蒐集しているか尋ねたことがある。

「各編1冊ずつ集めて15冊揃えば、コンプリートだと思うでしょ? でも違う。木版って摺の良し悪しがある。版木は摺れば摺るほど劣化してしまうから、版木が新しいほど摺が良い。それに保存状態の良し悪しもある。『北斎漫画』はヨーロッパでも人気だったから、時折、フランス語で書き込みがあったりする。それは、日本から遥々海を渡ってどこか外国で大切に読まれていた1冊。同じ『北斎漫画』といっても、1冊1冊固有なんだ」

展示では、こうして浦上さんが1冊ずつ吟味して蒐集してきた珠玉のコレクションが並んでいる。同様に、浦上さんのコレクションから、 稀少な初摺『富嶽百景』の初編から三編までの全ページ、全図が展示されている。

モノクローム表現の最高峰と賞される『富嶽百景』。その展示室は漆黒で演出した。壁面の拡大画像は作品イメージの白と黒とが反転されており、版木を思わせる。写真:藤井瑶(コズフィッシュ )

今回の展示で「冨嶽三十六景」がお目当ての方もいるだろう。この錦絵揃物は「三十六景」と謳いつつも、江戸当時も大変な好評を得たこともあり、追加で10図制作されていて、全部で46図ある。それがサークル状の展示室に一覧できるように並んでいる。なんとも贅沢で、壮観な眺めだ。文化財保護の観点から、作品は一定期間以上の展示継続が難しい。どうしても会期中に作品の入れ替えが必要になるが、会期を通して全46図が見れるように手配した。これまた、至れり尽くせり。

『冨嶽三十六景』の展示作品は、山口県立萩美術館・浦上記念館所蔵品(浦上コレクションとチコチンコレクション)と山形美術館収蔵品による。写真:藤井瑶(コズフィッシュ )

[上/左右]展示では読本を見せるセクションもある。読本『北越奇談』の波の中を歩く祖父江さん。読本挿絵をおよそ2000 パーセントも拡大した壁画。原寸はたかだか23センチ×16センチほどの小さな本だが、そこにこんなに迫力ある世界が繰り広げられていることに驚く。この展示室には、そのほか『椿説弓張月』『新編水滸画伝』『釈迦御一代図会』といった代表的な読本が見られる。 /『新編水滸画伝』の序巻から最終巻までの90冊を積み上げたタワー。写真:藤井瑶(コズフィッシュ ) [下/左右]展示を確認する浦上満さん。/『釈迦御一代図会』の壁画前で拝むスタッフ。展覧会成功を祈願? 写真:祖父江慎

北斎は有名すぎて、いまさら観にいったって発見はない、なんて思うことなかれ。版画なんて何枚も摺っているから他でも観れるでしょ、というのも大きな誤解。浦上さんの「1冊1冊固有なんだ」との言葉通り、その中でも最高の摺、最高の状態の北斎作品が、これだけの量で揃っていること自体、事件であり、奇跡だ。北斎が富士山を「二つと無い」を意味する漢字「不二」を当てて書いているが、「北斎づくし」展もまた、北斎を体感できる不二の機会なのだ。

[左]会場出口にも、『踊独稽古』に登場する深々と頭を下げて控える「サヨウニ」キャラクターがお出迎え。 [右]ショップでは、本展の公式図録やポストカードやTシャツ、蕎麦猪口、豆皿などオリジナルグッズが並ぶ。写真:藤井瑶(コズフィッシュ )

生誕260年記念企画 特別展「北斎づくし」

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入館料 一般 1,800円、大学・専門学校生 1,200円、中学・高校生 900円

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※ 招待券、特別観覧券をお持ちの方は、事前の日時予約は必要ございません。
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 会期   2021年7月22日(木.祝)~9月17日(金)
 開館時間 11:00~19:00(最終入場18:30)
 休館日  8月10日(火)、8月24日(火)、9月7日(火)
 会場   東京ミッドタウン・ホール [東京ミッドタウンB1]
      〒107-0052 東京都港区赤坂9丁目7-2

公式オンラインショップ

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公式図録 北斎づくし

展覧会をダイナミックに体感できる超大判の特製カタログ。
その大きさ、なんと新聞サイズの546×406ミリ!
江戸時代の木版摺物に触発された画期的なデザイン。
本展覧会に出展される全作、全編、全頁を完全収録したコンプリート版。

​​[収録作品]
北斎漫画/三体画譜/略画早学/一筆画譜/画本早引/踊独稽古/冨嶽三十六景/富嶽百景/新編水滸画伝/椿説弓張月/北越奇談/釈迦御一代図会

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公式図録


定価:3,000円(税込)
判型:546×406mm
総頁:44頁
製本:スクラム製本

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