『奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム』 東京都庭園美術館

アート|2022.3.3
坂本裕子(アートライター)|写真:永澤陽一《ボディ・アクセサリー(2004年秋冬)》(展示より)

シュルレアリスムが生んだ “狂気” のモード美の系譜

  
   創造とはすでにあるものや
   みなが満足しているものに満足しないということであり、
   したがって反逆や衝突の状態を包含しているのである。
                      ――ジャン・デュビュッフェ
                        (展覧会図録より)

 
 こんな言葉からはじまる刺激的な展覧会が東京都庭園美術館で開催中だ。
 その名も「奇想のモード」。

20世紀最大の芸術運動であったシュルレアリスム。
 アンドレ・ブルトンを中心に文学からはじまったこの動向は、ジョルジョ・デ・キリコやマックス・エルンスト、サルヴァドール・ダリ、ルネ・マグリットにマン・レイなど、若き芸術家を巻きこんで、さまざまな表現におよぶ運動へと発展した。
 当時発見された「無意識」を探求し、いま現前する現実を超えた真の現実を表し、そして人間性の完全な回復を目指すことを掲げたその理念は、世界を変革する革命思想にも彩られ、以降の表現世界に多大な影響を与えた。
 現代において、シュルレアリスムの影響を受けていない芸術はないといっても過言ではないだろう。
 日本においては「超現実」とも訳され、非現実的で奇抜な表現に対して使用される「シュール」という言葉にもなっている。

本展は、これまでに見たこともないような世界を表し、人びとの意識の深層に訴えたシュルレアリスムがモードの世界に与えた影響をたどる。

たんにシュルレアリスムがファッションの世界にもたらしたものにとどまらず、ファッションからシュルレアリストたちが作品に取り込んだもの、当時のファッション誌などをはじめとするデザインにおけるコラボレーションなど、互いに共鳴しながら有機的に展開された表現を「モード」からみていく。
 さらに、こうした感性に通ずる作品を、16世紀のファッションプレートから21世紀のコンテンポラリーアートまでに見いだしていく。

それはまさに現代の眼からみた「奇想」のモード。
 シュルレアリスムがモードに与えた影響をひとつの契機として、各時代におけるモードの世界で展開された自由な想像力や発想をみなおし、「美の表現」を再考する興味深い内容になっている。

会場プロローグ展示風景から
ダリの彫刻作品の奥には、『ファーブル昆虫記』の著者の曾孫であるヤン・ファーブルによる玉虫の羽を使用した《甲冑》がある。いまもなお美しく玉虫色の光を発する翅には、自然が持つ美の驚異に圧倒される。

構成は、大きく9章立て。
 歴史的なモードに見いだせる、現代からみると驚異と感じられる特徴を持つもの、シュルレアリストとの交流から時代を牽引するモードを生み出したデザイナー、エルザ・スキャパレッリの作品、シュルレアリストたちとモードとの関わりを感じられる表現とその発想の継承、日本における奇想ととらえられる和装の装いから、現代に活躍する日本人アーティストによるアートとモードのハイブリットな作品へ。

各章はゆるやかにつながりながらも、もともと邸宅であった同館の空間を活かして配置される。
 章立てを追うよりも、それぞれの空間と奇想のモードがもたらす共鳴を感じながら廻るのがよいだろう。

「1.有機物への偏愛」「2.歴史にみる奇想のモード」「3.髪(ヘアー)へと向かう、狂気の愛」では、動植物を身に纏うデザインや中国の纏足の文化、死者の髪をアクセサリーに入れて身につける「モーニングジュエリー」に毛髪を使用したドレスなど、現代の倫理観からみると、驚異とともに、「タブー(禁忌)」ともとらえられるモードが紹介される。

ライチョウの足のブローチ、スコットランドWBS (Ward Brothers) 工房、1953年、アクセサリーミュージアム蔵
もともとはスコットランドの男性が狩りの際に獲物に出会うためのお守りとして伝統衣装のキルトに付けて使用されていたものが、第二次世界大戦を機に、土産物として装飾がほどこされたブローチとして生産されるようになったという。
コルセット、1880年頃、 イギリス、神戸ファッション美術館蔵
19世紀、女性はウェストが細ければ細いほどよい、という美の基準が加速し、コルセットは女性の装いに不可欠のものとなり、さまざまな開発が進んだ。なかには、コルセットに対応するために自身の肋骨を減らした人もいたとか(美は苦しい……)。 こちらは合成着色料が開発され、カラフルなものが生産された、コルセット黄金期のもの。
左:纏足に使用された靴 展示風景から
中国(主に漢民族)には古くから小さな足の女性を「美人」とする風習があり、嫁入りの重要な条件とされた。歩行が困難な姿も美の基準とされたのだ。良家ではその条件を満たすために幼いころから足に布を巻き、小さな靴を履かせて変形させて足のサイズを10㎝ほどに保とうとした。美しい刺繡がほどこされた可愛らしい靴はその愛らしさゆえに、現代では差別にもつながるこの奇習のグロテスクさを感じさせる。
右:「3.髪(ヘアー)へと向かう、狂気の愛」 展示風景から
手前は現代作家小谷元彦による毛髪でできたドレス《ダブル・エッジド・オヴ・ソウト(ドレス02)》。奥のポスターは1945年に発売されたビタミン入りヘアローション「パンテーン」の広告。
左:マルタン・マルジェラ《ドレス》2004年、京都服飾文化研究財団蔵、京都服飾文化研究財団撮影
右:展示風景
一見ブロンドの髪の毛に見えるドレスは、皺を寄せたアルミホイルや籐の椅子の画像などを服に精巧にプリントしたものだそう(首に巻かれているのはマフラーではなくビーバーの毛でつくられたネックレス)。身体の一部である毛髪とまとうものである服が境界を曖昧にする。
横に並ぶのは、人口毛で作られた永澤陽一の《ボディ・アクセサリー》。エロティックな美とともに素材が毛であることがなお妖しさを添える。
「2.歴史にみる奇想のモード」 展示風景から
19世紀初期に、(子どもではなく)大人の女性に愛好された着せ替え人形の雑誌付録や、16世紀から20世紀までの服飾文化に関わる著作・記録に「奇想」を見いだす。

「4.エルザ・スキャパレッリ」「5.鳥と帽子」では、シュルレアリストたちともっとも近しく交流し、その奇抜なアイデアでファッション界において一世を風靡したスキャパレッリの作品が紹介される。
 当時ライバルでもあったココ・シャネルが、台頭する女性の社会的な地位を象徴するデザインで現代までつながったのに対し、芸術性を追求したスキャパレッリのモードは、その発想において現代アートへのインスピレーションになっているといえるのかもしれない。

左:展示風景
右:エルザ・スキャパレッリ《イヴニング・ケープ》1938年、京都服飾文化研究財団蔵、広川泰士撮影
きらびやかな金糸やシークイン(スパンコール)で刺繍されたのは、ギリシア神話の太陽神・アポロンが5頭の馬に引かれる馬車で天駆ける姿。豪華さだけではなく、太陽神をまとうという大胆さにも圧倒される。デザイン画は、画家で舞台装飾家であったクリスチャン・ベラール、刺繍は当時パリで隋一ともいわれた工房ルサージュによるものとのこと。
他のスキャパレッリの大胆で美しいドレスとともに。
「5.鳥と帽子」 展示風景から
左:スキャパレッリのデザインによる帽子の展示。鳥の羽を大胆に使用した帽子は、物資不足のため、贅沢が叶わなかった第二次世界大戦中に唯一お洒落が許容されていたそうで、それゆえの創造性が発揮されたもの。
右:19世紀後半から20世紀初頭、鮮やかな羽をもつ鳥を剥製にした帽子飾りが流行した(上)。現代では倫理的に抵抗感もあるものの、その大胆な発想は、モードに大きく寄与したことだろう。
時代が下ると帽子は小ぶりになっていく。特にイヴニング用は頭にぴったりしたものが流行した(下)。こちらは樹脂やモールを使って水中を表したものだろうか。ディテールとオリジナリティが競われたというが、いまにも動きそうな魚(?)のなまめかしさにちょっと被るのにためらいも……(笑)。

「6.シュルレアリスムとモード」は、〈6-1.裁縫とシュルレアリスム〉〈6-2.分断化される身体〉〈6-3.物言わぬマネキンたち〉の3つのテーマで、シュルレアリスムが持っていた「フェティッシュ」な嗜好性から作品にアプローチする。
 ダリ、マグリット、エルンスト、マン・レイらシュルレアリスムを代表する作家の著名な作品から、彼らの創造にはモード的な要素が色濃く反映していることを感じられるだろう。

左:ハリー・ゴードン《ポスター・ドレス》1968年頃、京都服飾文化研究財団蔵、畠山崇撮影
右:展示風景
女性(?)の片眼が大きくプリントされたワンピースは、タイトル通り紙製(不織布製)。「眼」もダリやルイス・ブニュエルの映画が想起されるように、シュルレアリストにとって重要なモティーフだった。しかし60年代の本作は不安感よりも「デザイン」としての軽やかさを持っており、楽しさを感じさせる。こうした「ペーパー・ドレス」は、欧米を中心に大量に出回ったようで、大量生産・大量消費の時代を象徴する一作。
会場では、カッサンドルがデザインしたファッション誌『ハーパース・バザー』の表紙と並ぶ。
「6.シュルレアリスムとモード」 展示風景から 左:ファッション誌とシュルレアリストとのコラボレーション
ダリやカッサンドル、ジョセフ・コーネルらが表紙を飾った。
右:メレット・オッペンハイム『パルケット4号』デラックス版 メレット・オッペンハイム:手袋
スウェードにシルクスクリーンと刺繡で静脈をあしらった手袋が、作家のテキストとドローイングが切り抜きとともに入れられた限定版の雑誌として発行された。水色にピンクの刺繡がほどこされた手袋は雑誌とともにちょっと欲しくなる。
「6.シュルレアリスムとモード」 展示風景から
左:〈6-1.裁縫とシュルレアリスム〉から
シュルレアリスムの表現には、裁縫にまつわるイメージが多用される。ここにはファッションとの親和性とともにロートレアモンの一節「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会いのように美しい」が大きな源泉になっていることもあるのだろう。マン・レイから渡辺武まで、シュルレアリスムの表現にみられる「裁縫」のイメージをたどる。
右:〈6-3.物言わぬマネキンたち〉から
縫製の際あるいは店頭において、身体の代わりとなったマネキンは、人間の形をしながらも人にはなりえない無機的な存在としてシュルレアリストたちに好まれた。デ・キリコの作品やハンス・ベルメールの球体関節人形、ウジェーヌ・アジェによる人の存在を感じさせないパリの風景写真などに、マネキンへの偏愛を見いだす。

「7.裏と表――発想は覆す」からは、既成概念をくつがえす表現で、みる者の意識を揺さぶったマグリットやマルセル・デュシャンの作品がモード界に与えたインパクトが、現代のデザイナーや作家たちにも継承されていることをみていく。

「7.裏と表――発想は覆す」 展示風景から
マルタン・マルジェラ《ネックレス》2006年、京都服飾文化研究財団蔵、京都服飾文化研究財団撮影
服飾の既成概念を裏切るデザインを次々と発表するマルジェラのネックレスは、木製の額縁に金メッキをほどこしたもの。モノの再生や価値の転換をうながす楽しくも鋭い視点を含む作品には、意外な素材と用途が組み合わされるところにシュルレアリストが多用した「ディペイズマン」を見いだせるかもしれない。
「7.裏と表――発想は覆す」 展示風景から
左:ドルチェ&ガッバーナ《ネックレス》
現代イタリアを代表するファッションブランドが発表したネックレスには、それぞれ41カ所のパーツ金具がつけれられる。かたやアンティークから型取りした鍵、かたやオリジナルの型から金銀2色のブランド名をプリントしたビニールを貼り付けた王冠。アクセサリーとは遠いチープなアイテムを使用した、現代ならではの豪華(?)な作品。
右:熊谷登喜夫《靴「食べる靴」》と《パンプス「食べる靴」》
日本の樹脂製食品サンプルを応用して、牛肉やアイスクリーム、かき氷の靴は、「食べる靴」シリーズの一環として制作された。履くものと食べるもの、普通ならば結びつかない要素を合わせたキッチュでポップな作品は、楽しさとともに固定概念へ揺さぶりをかける。

「8.和の奇想――帯留と花魁の装い」から「9.ハイブリッドとモード――インスピレーションの奇想」では、翻ってわが国のモードに「奇想」を見いだしつつ、そうした表現に発想を刺激され、自身の表現へと昇華させている現代アーティストの作品が紹介される。

江戸時代、遊郭の華としてその夢幻を体現していた花魁は、たくさんの簪を挿した髪型、きらびやかな衣装で身を飾り、その姿は浮世絵に多く残されている。彼女らが花魁道中で履いた高下駄も、その特異な歩き方とともに奇想ととらえられるだろう。
 また細部にこだわることが粋とされた和装の文化において、帯留はその装飾的役割からさまざまな意匠が凝らされた。それは、制作者のアイデアと技が競われる小宇宙でもあったのだ。

「8.和の奇想――帯留と花魁の装い」 展示風景から
季節を纏い、組み合わせの妙を競う着物は、衣の染めや文様のみならず、襦袢から帯、帯揚げ、帯留など、細やかな工夫と意匠が行き渡る。夏の薄衣の文様、楽しい帯と帯留の遊び感覚あふれる組み合わせ、そして超絶技巧ならではの凝った帯留の「奇想」を楽しんで!
「8.和の奇想――帯留と花魁の装い」 展示風景から
渓斎英泉に二代歌川豊国、国貞、芳虎、豊原国周など、幕末の浮世絵師たちが描いた吉原の花魁の姿に和のモードの奇想をみる。これらは本展に出品している舘鼻則孝のコレクション。

花魁の高下駄にインスピレーションを得た舘鼻則孝は、現代に《ヒールレスシューズ》を制作し、アメリカの歌姫、レディ・ガガがステージで履いたことがよく知られている。

舘鼻則孝《Heel-less Shoes(Lady Pointe)》2014年、個人蔵、GION撮影
舘鼻が卒業制作で手がけたのが、花魁の高下駄に着想を得た《ヒールレスシューズ》で、レディ・ガガが注目したことで世界的に知られるようになる。タイトル通り「かかと」のない靴のデザインは、どこかアンバランスな不安感をはらみつつ、実際には履いて歩けるのだ(ちょっと履いてみたくなる……)。欠損が露わにする歪んだ美のエロティシズムと、不思議なバランスの存在感は、身体の機能と美の在り方についても考えさせられる。

永澤陽一は、シマウマや馬の脚部がそのままジョッパーズパンツになった《恐れと狂気》で、人間と動物との境界を曖昧にする。

「9.ハイブリッドとモード――インスピレーションの奇想」
永澤陽一 ジョッパーズパンツ《恐れと狂気》
展示風景から

串野真也は、過去の日本美術の表現に触発されつつ、さまざまな動物の皮革や鳥や昆虫の羽を組み合わせた靴をデザインする。それを人間が履くことでハイブリッドが完成する「キメラ」を想起して。

「9.ハイブリッドとモードーインスピレーションの奇想」
串野真也の展示風景から
串野はほかに尾崎ヒロミ(スプツニ子!)と結成したアーティストユニットで制作したインスタレーションがみられる。「テクノロジーの進歩と生命、人間の関わり」をテーマにしたどこか不穏な美しさを持った《ANOTHER FARM》はぜひ会場で!

「動物を纏う」作品は、こうして展覧会のはじまりへと回帰しつつ、モードとアートの領域を超えて、21世紀の感性と科学技術とともに、自然と人間との、異なる遺伝子を持つ生命体の融合という新たな視点を含んで「奇想」の可能性を未来へと拓いていく。

「装うこと」がはらむ妖しい狂気の世界、「奇想のモード」が持つ “シュールな美” 。
 今もなお光を放ち、新たな想像/創造力を引き出している、その魅力を堪能できるだろう。

展覧会概要

『奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム』 東京都庭園美術館

※本展は日時指定の予約制

新型コロナウイルス感染症の状況により会期、開館時間等が
変更になる場合がありますので、必ず事前に展覧会ホームページでご確認ください。

会  期:2022年1月15日(土)~2022年4月10日(日)
開館時間:10:00‐18:00 (入場は閉館の30分前まで)
休 館 日:月曜 ただし3/21は開館、3/22休館
入 館 料:一般1,400円、大学生(専修・各種専門学校含む)1,120円、中学生・高校生および65歳以上700円 小学生以下および都内在住在学の中学生は無料
     身体障害者手帳・愛の手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳の持参者と介護者2名無料(手帳提示)
問 合 せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

展覧会サイト www.teien-art-museum.ne.jp

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