©Seiichi Horiuchi

「堀内誠一 絵の世界」島根県立石見美術館

アート|2024.7.17
エディター・竹内清乃

“伝説のアートディレクター”であり、WEB太陽の連載「堀内誠一のポケット」でもおなじみの堀内誠一(1932-87)。デザイナーとして、そして絵本作家としても活躍した堀内の画業を振り返る全国巡回展が現在、島根県立石見美術館で開催されている。

堀内誠一は「anan」や「BRUTUS」などの人気雑誌のデザインやロゴマークを手がけたことで有名だが、一方で『ぐるんぱのようちえん』や『たろうのおでかけ』などをはじめとする数多くのロングセラーを手がけた絵本作家としての顔も持っていた。
本展では、創作の原点となった若き日の絵画作品からスタートして、多彩な絵本の原画と物語の挿絵、そしてエディトリアルの仕事の作品や魅力的なイラストの地図などがバラエティー豊かに紹介されている。その一部ではあるが、展覧会のみどころをご案内しよう。

島根県立石見美術館の会場入口。メインイメージが掲げられている。

絵を描くのが大好きだった少年

堀内誠一は1932年に東京の向島(むこうじま)に生まれ、父の治雄は図案家で自宅の並びの工房でデザインの仕事をしていた。いつも身近に父の製図道具や材料があって、余ったケント紙によく絵を描いて遊んでいたそうだ。
本展の初めのコーナーには当時の「お絵かきスクラップ・ブック」が展示されていて、堀内が5歳か6歳頃に描いた絵のクオリティーの高さに驚く。中には「ドカン」、「ビュー、ボーボー」という効果音を文字で記していて、すでに絵本の萌芽のようなものがある。
少年時代に描いた絵を母の咲子がスクラップしてまとめていたので、戦争を経て現在もこうして堀内の画才に接することができたのは幸いだった。
戦後、14歳だった堀内は家計を助けるために伊勢丹百貨店の宣伝課に入社。ここで店舗のディスプレイデザインとPR誌「BOUQUET」の編集デザインを担当することになる。
宣伝課での仕事は充実していたが、絵を描くことをやめたくないという思いがつのり、仕事帰りに画塾へ通って絵を学んだ。その頃に現代美術会展に出品した〈青いサーカス一家〉は奨励賞を受賞。「絵を描きたい」という純粋な気持ちは、その後「絵本」という運命的な仕事につながって花開くことになるのである。

〈お絵かきスクラップ・ブック〉 5,6歳頃の作品 ©Seiichi Horiuchi
〈青いサーカス一家〉 油彩、キャンバス 1950年 ©Seiichi Horiuchi

ロングセラー絵本の人気キャラクター

1958年に堀内は内田路子と結婚。福音館書店に勤めていた路子を通じて、編集者の松居直(ただし)と知り合い、創刊まもない月刊絵本「こどものとも」の仕事から絵本作家の道を歩み出すことになった。「こどものとも」は1冊が1つの物語絵本とする新機軸の月刊誌だった。
では展示室の「はじまりの絵本たち」のコーナーから見てみよう。
1960年に出版された第1作目の『たろうのばけつ』を皮切りに「たろう」シリーズが展開される。今も人気を誇るシリーズで、ポップな色調と、たろうと動物たちのシンプルで自由な線画のタッチが特徴的だ。発表された当時はそれまでの絵本とのあまりの違いに「こうした絵でも本になるのか」と周囲が驚いたという逸話も残されている。当時は意表をついたようだが、このモダンなデザインは今見ても新鮮。
そして、代表作となったロングセラー『ぐるんぱのようちえん』。泣き虫の大きな象「ぐるんぱ」は、ビスケットや靴を作る職場で働いても毎度大きなものばかり作ってしまって‥‥。西内ミナミの愛らしい物語と、水彩で描かれたカラフルでのびのびした絵に自然と癒されてしまう。展示室には堀内が実際にプロの職人の仕事場を取材したスケッチブックもあり、そのデッサンに込められた堀内の熱意が見てとれる。

「はじまりの絵本たち」のコーナーに展示された、「たろう」シリーズの作品。©Seiichi Horiuchi
『たろうのおでかけ』 1963年 福音館書店 ©Seiichi Horiuchi
『ぐるんぱのようちえん』 1965年 福音館書店 ©Seiichi Horiuchi

日常の不思議を探る「科学の絵本」

堀内が文章も手がけている科学の絵本は、子どもたちが日常の中で科学の視点を持つことを意識した先駆的なものだった。
たとえば『ほね』は、魚を食べた後に骨が残ることから始めて、人間や動物たちも骨だけになったところを見せ、骨の役割や構造をわかりやすい絵で見せていく。少年とガイコツのポーズもユニークで「あっ、これは面白そう」と子どもたちが飛びつきそうだ。
子どもの頃から『少年の科学』といった雑誌やロボットなどの機械類に興味を持っていたという堀内は、自らアイディアを練って科学絵本を楽しんで描いていたようだ。
科学の技術は時代とともに進んでいくが、身近な生活の謎はいつでも子どもたちの好奇心を刺激するものである。堀内の科学の絵本もロングセラーとして広く愛されている。

『ほね』 1974年 福音館書店 ©Seiichi Horiuchi

パリで生まれた絵本たちと制作の裏側

1974年に堀内は家族と、パリ郊外での暮らしを始めた。「anan」のアートディレクターを辞して東京で仕事に追われる日々から離れ、絵本の仕事に専念したいという気持ちがあったようだ。
「パリで生まれた絵本たち」のコーナーでは、パリ在住中に作られた絵本やその制作過程などが紹介されている。
その中で1977年刊行の『きこりとおおかみ』は、フランス北部のピカルディ地方の森を舞台にした民話を絵本化したもの。この絵本を制作するにあたって、日本にいる編集者と交わした手紙や、ダミーとして作った豆本も展示されている。物語の展開を細かく文章で説明していたり、まめ本にイメージした場面の絵を丁寧に描き込んでいる。日本とフランスの遠距離を郵便でやりとりした過程の資料から、堀内の絵本作りにかける情熱が伝わってくる。

『きこりとおおかみ』(1977年 福音館書店)と手作りのまめ本。まめ本のタイトルは「やけどをしたオオカミときこり」となっている。
まめ本の中に見本のイラストが描かれている。
実際の『きこりとおおかみ』のページ。
©Seiichi Horiuchi
1976年7月9日、『きこりとおおかみ』について、堀内より福音館書店の担当編集者、時田史朗に宛てた手紙。「おくれましたが、ミニ・ダミーを送ります」という書き出しで、ページ割とイラストのイメージの展開を説明している。©Seiichi Horiuchi

物語の挿絵の魅力

絵本の仕事と兼ねて、児童図書の物語の挿絵の仕事でも作画に堀内らしいセンスが発揮された作品が数多くある。
1969年に刊行された『ふらいぱんじいさん』。トロピカルな表紙の絵を見るだけで、ジャングルの動物とふらいぱんじいさんの冒険にワクワクしてくる。
そして通算100刷を迎えた、古田足日原作の『ロボット・カミイ』。ダンボールで作られたロボットのカミイが、マーカーとカラーインクでラフなタッチで描かれている。モノクロのページも漫画のようにカミイの無邪気でやんちゃなキャラクターを表現していて愉快だ。
また、谷川俊太郎とのコンビで大ヒットした『マザー・グースのうた』のシリーズ。これもマザー・グースの独特な世界観を、深みのある色調と線画で個性豊かに描いている。
まだまだ、ここでは紹介し尽くせない名作揃いで、大人になって読み返すと味わい深い作品たちである。

『ふらいぱんじいさん』 1969年 あかね書房 ©Seiichi Horiuchi
『ロボット・カミイ』 1970年 福音館書店 ©Seiichi Horiuchi

「堀内誠一の頭の中」のいろいろなモノたち

展示室の中央の広々とした空間に出ると、「堀内誠一のポケット」でも登場した愛蔵品の数々が一斉に展示されていた。題して「堀内誠一の頭の中」というスペースで、堀内のイマジネーションの世界に迷い込んだような場所だ。
壁際には仕事場をイメージした机を設置、身近に置いていた品々や画材などが並べられている。その他にもトランク、画集や海外のお土産などが周囲に飾られている。その前の展示ケースには、「堀内の地図コレクション」として世界各地を旅して集めた地図がぎっしり広げられ、愛用したカメラのハッセルブラッド500CとミノルタSR-T101、そして自身のパスポート、携えていた手帖、宿泊先のホテルの部屋を描いたスケッチなどプライベートな品々も置かれている。
もう一つの展示ケースには、蚤の市や旅先で見つけた品々が並べられている。
その中には連載第34回で登場したドイツで買ったカラスの指人形、ダッチ・ドール(連載第7回)、サントン人形(連載第9回)、愛煙家だった堀内がイタリアの「ハリーズ・バー」で求めた黄色い灰皿(連載第11回)、ミッキーマウスの懐中時計(連載第15回)、モンブランの万年筆などなど‥‥。これらの品々を見て、連載をご覧いただいている方には「これが本物か」という実感がわくだろう。お気に入りのモノたちに囲まれて暮らしていた堀内誠一のモダニズムに触れられたような気がしてくる。

「堀内誠一の頭の中」というタイトルのスペースは、さまざまなオブジェが飾られて、おもちゃの国のような雰囲気。
堀内の地図コレクションと海外旅行に携帯した品々。
旅先で購入した人形たちや愛用品のコーナー。

オリンピックイヤーに寄せてパリ気分満喫

今年の夏、オリンピック開催で賑わうパリにちなんで、本展で展開されているパリ関連の展示や特設コーナーに注目したい。
堀内が得意とした手書きの地図の中でも〈パリの名所絵地図〉は、かわいい雰囲気ながら、その正確な構図と書き込まれた情報量のすごさに驚かされる。この地図が描かれたのは1980年だが、オペラ通りに手書き文字で「日本人ばっかり」とか、ベルヴィル駅近辺に「ここの朝市がいちばん安い」など、現地で見聞きしたコメントが記録されているが、面白くてためになるものばかり。
そして本展の最後を飾るのは、堀内がひとりでパリ、セーヌ河岸を歩いて描いた風景画。これらは仕事を離れて、ただ描きたくて描いた絵であり、いつも見慣れた風景を見ている堀内のまなざしが絵の中に投影されている。シテ島やノートルダム大聖堂、そしてポン・ヌフを描いた爽やかな筆致が、古き良きパリの姿を届けてくれる。

おしまいに石見美術館の特別展示として、「アンヌ・モネ Tシャツの仕事」というコーナーも設けられている。堀内はパリに暮らしていた1970年代後半から1987年に亡くなるまで、日本のアパレルブランド「Anne Monnet(アンヌ・モネ)」からの依頼で、プリント柄のTシャツのイラストレーションを手がけていた。ここでは商品化されたTシャツと、ラフデザインとして描かれた絵や実際に使用された原画が展示されている。

ミュージアムショップでは、「ぐるんぱ」のオリジナルTシャツや公式展覧会図録、カラフルな堀内誠一のイラストの入ったグッズなどが販売されている。生き生きとした喜びに満ちあふれたアーティストの世界とその思い出をいつまでも楽しめるだろう。

〈パリの名所絵地図〉 1980年 ©Seiichi Horiuchi
〈パリ風景 ポン・ヌフからサン・ミシェル橋を見る〉 1978年 ©Seiichi Horiuchi
アンヌ・モネのTシャツとイラストレーションの展示 ©Seiichi Horiuchi

展覧会概要

「堀内誠一 絵の世界」

島根県立石見美術館(島根県芸術文化センター「グラントワ」内)
会期:2024年7月6日(土)〜9月2日(月)
開館時間:9:30-18:00(入館は17:30まで)
休館日:毎週火曜日(8月13日は開館)
観覧料:一般1,000円(企画・コレクション展セット1,150円)、大学生600円(企画・コレクション展セット700円)、小中高生300円(企画・コレクション展セット300円)
問合せ:0856-31-1860
公式ホームページ:https://www.grandtoit.jp/

関連プログラム

◼️ワークショップ「豆本をつくってみよう」
講師:堀内紅子(作家次女、翻訳業、保育士)
日時:8月11日(日・祝)14:00-16:00
会場:講義室
対象:どなたでも(小学3年生以下は保護者同伴)
参加方法:要事前申込、先着20名/参加無料 *観覧券またはミュージアムパスポートが必要
〈※定員に達しましたので受付を締め切りました〉

◼️ギャラリートーク
学芸員による作品解説
日時:7月27日(土)、8月18日(日)/14:00 ~
参加方法:申込不要、先着50名 *観覧券またはミュージアムパスポートが必要

関連書籍

「堀内誠一 絵の世界」
監修=堀内事務所
編集=アートキッチン
定価:2,750円(本体2,500円+税)
B5変型判 240ページ

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