現在開催中の展覧会から、注目の展覧会をピックアップ。桜の季節、お花見とあわせての訪問はいかが。
皇居三の丸尚蔵館 開館記念展 「皇室のみやび―受け継ぐ美―」 第3期「近世の御所を飾った品々」 皇居三の丸尚蔵館
近世の御所を彩った高雅な美に触れる
皇居内で皇室に受け継がれた美術品の数々をみられることをご存じだろうか。1993年に皇居東御苑内に開館した「三の丸尚蔵館」だ。同館は2023年に開館30年を迎えて展示室を拡張、「皇居三の丸尚蔵館」としてリニューアル・オープンした。これを記念し、4期、8カ月にわたり収蔵品を紹介する展覧会「皇室のみやび―受け継ぐ美―」を開催中。現在は第3期「近世の御所を飾った品々」と題し、江戸時代までに京都御所や宮家などに伝来した品々が公開されている。
歴代天皇は、政を司る存在として祭祀や儀礼を執り行うのみならず、文化芸術の振興、保護にも熱心に取り組んできた。江戸時代、政治の実権が徳川家に移ってからも、戦国時代に分断された宮中行事を復興させるなど、文化的側面における役割を担い続ける。こうして残され、受け継がれてきた文物は、明治維新まで天皇の住まいであった京都御所や各宮家を飾った超一級品揃い。
平安時代の歌人・藤原定家の《更級日記》(国宝)をはじめ、雅楽の曲名を銘に持つ室町時代の筝(そう)や桃山時代の華やかな蒔絵がほどこされた《蔦細道蒔絵文台・硯箱(御在来)》、江戸中期の絵師・円山応挙の《源氏四季図屏風》(後期展示)などの「御在来(ございらい)」と称される、京都御所に伝来した作品から、旧桂宮家旧蔵の狩野永徳作と伝えられている《源氏物語図屏風》に、八条宮智仁(としひと)親王が和歌を散らし書きにした《古歌屏風》、有栖川宮家に伝えられた希少なやきもの《修学院焼ふくべ形香炉》など、書画、工芸、楽器と多彩なラインナップで皇室の深い造詣に彩られた歴史と伝統を感じられる。初公開の作品も多く、みどころ満載。撮影OKの作品もあるので、千鳥ヶ淵の桜とともに、ぜひお持ち帰りを!
※画像の作品はすべて皇居三の丸尚蔵館収蔵
※掲載画像は前期展示の作品です。後期(4/9以降)は展示替えとなります
左:《筝 銘 團乱旋(とらでん)》 室町時代(16世紀)
右:《蔦細道蒔絵文台・硯箱(御在来)》 桃山時代(16世紀)
伝承が途絶えた雅楽の曲名を銘に持つ筝は、両端の貝彫刻の象嵌に注目。金銀がまぶしい文台と硯箱には、『伊勢物語』から「東下り」の一節が表されている。大胆で華やかな意匠は桃山期ならでは
《修学院焼ふくべ形香炉》 江戸時代(18世紀)(右はパネルから)
江戸時代、後水尾天皇と霊元上皇の時代に修学院離宮内で作られた「御庭焼(おにわやき)」といわれるもの。現存作品が少なく、貴重な作例
伝 狩野永徳 《源氏物語図屏風》 桃山時代(16~17世紀)
描写も彩色も美しい屏風には引手跡があり、もとは襖絵だったことがうかがえる。物語とともに楽しんで
左:伝 藤原定家 国宝 《更級日記》 鎌倉時代(13世紀)
右:八条宮智仁親王 《古歌屏風》 桃山時代(16~17世紀)
国宝指定の『更級日記』は、公家で歌人だった定家が書写したとされる古写本。奥書に所持していた本を紛失したため再度書写したことが書かれているという。旧桂宮家の祖・智仁親王の筆による金地に散らし書きの古歌屏風は、『千載和歌集』と『新古今和歌集』からの和歌が左右隻で意匠を変えて書かれているのがにくい。書もまた、画としても楽しむ日本ならではの美だ
狩野常信 《糸桜図簾屏風》 江戸時代(17世紀)(右は部分)
江戸幕府の御用絵師だった常信は、復興された京都御所の障壁画を四度手がけている。こちらも京都御所の伝来品。実際の簾が中央にはめこまれており、本展では透かしたらどのように見えるかまで工夫された展示が嬉しい
展覧会概要
皇居三の丸尚蔵館 開館記念展 「皇室のみやび―受け継ぐ美―」
第3期「近世の御所を飾った品々」
会場:皇居三の丸尚蔵館
会期:2024年3月12日(火)~5月12日(日)
※会期中一部展示替えあり 後期:4月9日(火)~
時間:9:30–17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(月曜が祝日、休日の場合は開館、翌平日休館)
料金:一般1,000円/大学生500円、
高校生以下、18歳未満および満70歳以上は無料
障がい者手帳持参者と介護者1名は無料
公式サイト:https://pr-shozokan.nich.go.jp/miyabi/
企画展示「歴博色尽くし」 国立歴史民俗博物館
博物館ならではの豊かな資料から読み解く日本の「色」
国立歴史民俗博物館では「色」をテーマにした興味深い展覧会が開催中だ。赤、青、黄などの単なる「いろ」のみではなく、その意味を大きくとらえ、素材の持つ質感や構造がもたらす「つや」、それらが組み合わされることによって生まれる「かたち」までを視野に、歴史学、考古学、民俗学、自然科学、そして芸術のジャンルを超えて、日本における色と人との関わりを考える。建築物彩色から染織工芸、浮世絵版画、漆工芸、考古遺物に隕鉄剣まで、バラエティに富む館蔵資料を活かした6章立て。
初公開の「醍醐寺五重塔彩色模型」や、「平等院鳳凰堂斗栱(ときょう)彩色模型」には、劣化や剥落のため、現在ではうかがいしれないか売っての絢爛な色彩をみる。飛鳥・奈良時代までの古裂「上代裂(じょうだいぎれ)」や江戸から明治期の染織の見本帖からは、身にまとう色の各時代のとらえ方や、古いものに学び、生かそうとする感性に触れる。浮世絵版画からは、疱瘡(ほうそう、天然痘)にかかった子どもの見舞いに用いられた「疱瘡絵」と明治維新後の変わりゆく町の姿を写した「開化絵」という、ともに「赤絵」と呼ばれた各々の「赤」の意味や素材の違いに、色と文化の関係に思いをはせる。漆工芸では、蒔絵、螺鈿、色漆のみごとなコレクションで、高度な技法や繊細な素材が紹介される。
古墳時代、日本の古代社会に変革をもたらした鉄器、須恵器、古墳装飾に、空間を彩った「もの」の造形や色を確認する。支配階級の身体を飾った金銀や貴石、ガラスなどの装飾品も多彩な素材と色が楽しい。人類の鉄利用のはじまりとされる隕鉄(鉄ニッケル合金)製の刀剣類では、日本刀と同じ技法で製作された世界で唯一の隕鉄100%の脇差の妖しい輝きに「色」が浮かび上がる。
多様な意味合いを持つ日本語の「色」を視覚的に体感できるだろう。
展示室中央に据えられた「平等院鳳凰堂斗栱彩色模型」は、昭和修理(1950–57)の際に作成された複写図に基づいて、川面稜一が彩色したものを研究の進展を反映して再彩色したもの。復元された色とともに、その研究の歴史の証言としても意味のある資料だ
初展示の「醍醐寺五重塔彩色模型」(左)は、1954年から1960年にかけて解体修理された内部にほどこされていた彩色を山崎昭二郎が手がけたもの。彼による彩色の痕跡をトレースした白描(右)とともにみられる
左:法隆寺伝来と伝わる上代裂(奈良時代)の展示
右:山形の染織業者が作成した友禅染見本帖(明治時代)の展示
左:「疱瘡絵」の展示から
右:「開化絵」の展示から
疱瘡絵に使用された日本由来の赤と、新たな時代、新しく入ってきた化学染料を多用していた開化絵にほどこされた赤。それぞれの持つ表情と意味の違いを味わいたい
左:蒔絵に使用される金粉は繊細で細やかな多彩さに驚く
右:漆工芸の技術の粋が集まった印籠の優品が勢ぞろい。それぞれの意匠の妙は楽しく、うっとり
手前:花鳥螺鈿大型円卓(蝶文三脚台付) 江戸~明治時代
大きさもほどこされた螺鈿も圧巻の一作。三脚に舞う蝶の意匠もお見逃しなく
装身具の展示
右:6. 鉄の隕石で作られた刀剣 ~ウィドマンシュテッテン構造が生み出す隕鉄の質感~ 展示風景から
ギボン(ギベオン)隕鉄製の脇差「天降剱(あふりのつるぎ)」 1996年
世界唯一の脇差は、日本刀の折り返し鍛錬の技法で製作された。それにより生じた杢目のような肌に注目
展覧会概要
企画展示「歴博色尽くし」
会場:国立歴史民俗博物館 企画展示室A
会期:2024年3月12日(火)~5月6日(月・休)
時間:9:30–17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(4月29日は開館、振替休館なし)
料金:一般1,000円/大学生500円、高校生以下は無料(要証明書)
障がい者手帳提示者と介助者(1名)は無料
公式サイト:https://www.rekihaku.ac.jp
企画展 ライトアップ木島櫻谷―四季連作大屏風と沁みる「生写し」 泉屋博古館東京
日本の四季を圧倒の大画面で。「写生」が表すものとは?
近年注目度の高まる木島櫻谷(このしまおうこく:1877–1938)。明治後期から昭和前期に活躍したこの日本画家は、写生を旨とした円山応挙にはじまる円山四条派の表現を基本に、文展での受賞を重ね、京都画壇の俊英として竹内栖鳳と並ぶ注目を浴びる。動物画を得意とし、写生による生き生きとした姿に情趣を添える独自の表現を獲得した。一方、狩野派や琳派の要素を取り込んだ屏風絵では、左右隻をひとつの空間として自然をパノラマミックに表し、画風の拡がりを感じさせる。
泉屋博古館東京は、コレクションの礎を築いた住友春翠が大正中期に大阪茶臼山に竣工した本邸を飾った櫻谷による「四季連作屏風」を所蔵し、いま、この四双全点が公開されている。
縦180㎝・幅720㎝を超える、屏風でも大ぶりの作品が並ぶ空間は、金地の輝きと独特の風合いの色彩も華やかに、絢爛で美しい日本の四季を展開する。伝統的な草花を描きながらも、顔料を厚く盛り上げたり、油彩画のような筆触を試していたり、櫻谷ならではの創意を見いだせるだろう。
応挙をはじめ、「写生派」の先達の作品と併せて紹介される動物画からは、細密描写を追求する「加筆派」と、俳諧味を取り入れ略筆を活かす「減筆派」の差異がみえてきて、現在「円山四条派」と称される画風に対照的な表現が共存することを感じさせる。そこから櫻谷の位置づけを考えるのも一興。その彼が描く動物たちは、優れた眼と筆による写生に基づくも、どこか人間的な感情が読み取れる表情が魅力的だ。
日本の伝統的な画技に、近代ならではの写実の感覚や西洋画の技法を試み、活かした櫻谷画の特色が照らし出される本展は、「生を写す」日本人の写生の感性の機微をも教えてくれるだろう。
「竹林白鶴」も加えた5双のきらびやかな大屏風が並ぶ。その圧巻の空間とともに、細密な描写や色合い、絵具の重なりなど、それぞれの作品の細部も味わってほしい
木島櫻谷 《柳桜図》 大正6年(1917)泉屋博古館東京蔵
木島櫻谷 《雪中梅花》 大正7年(1918)泉屋博古館東京蔵
左:円山応挙 《双鯉図》 江戸・天明2年(1782)、円山応瑞 《牡丹孔雀図》 江戸時代(18–19世紀)ともに泉屋博古館蔵
右:木島櫻谷 《狗児図》 大正時代(20世紀)個人蔵、森一鳳 《猫蝙蝠図》 江戸時代(19世紀)泉屋博古館蔵
応挙やその息子による細密な表現と、江戸後期の絵師・森一鳳や櫻谷による軽やかな筆が表す動物は、どちらも動き出しそうな生命感を持つ。「写生」の多様さを感じて
左:写生帖の展示
右:木島櫻谷 左から 《双鹿図》 明治30年代 個人蔵、《雪中孤鹿》 明治30年代末頃 個人蔵、《秋野孤鹿》 大正7年(1918)頃 泉屋博古館東京蔵
鹿を主題にした3点は、時を経た表現の変遷に、変わらぬもの/変わったものを確認できる
展覧会概要
企画展 ライトアップ木島櫻谷―四季連作大屏風と沁みる「生写し」
会場:泉屋博古館東京
会期:2024年3月16日(土)~5月12日(日)
時間:11:00-18:00 ※金曜は19:00まで(入館は閉館の30分前まで)
料金:一般1,000円/高大生600円/中学生以下無料
障がい者手帳提示者と同伴者1名は無料
公式サイト: htpps://sen-oku.or.jp/Tokyo/
「生誕150年 池上秀畝―高精細画人―」 練馬区立美術館
池上秀畝から改めて見直す、近代日本画のもうひとつの流れ
池上秀畝(いけがみしゅうほ、1874–1944)は、明治から昭和初期に主に官展(文展・帝展)で活躍した日本画家。彼の生誕150年を機に、その画業を改めて顕彰する展覧会が開催されている。
長野県に生まれた秀畝は、明治22年(1889)に上京、のちに花鳥画家として知られる荒木寛畝(かんぽ)の最初の門人・内弟子となる。明治27年(1894)に日本美術協会第6回展における2等受賞でデビューを果たすと、大正5年(1916)から3年連続で文展の特選を受賞して、官展を代表する画家となる。
当時、活躍していた画家に同郷で同い年だった菱田春草がいる。東京美術学校(現・東京藝術大学)で学んだ春草は、横山大観らと新しい日本画の革新を目指す「新派」を牽引した。一方の秀畝は、官展では「旧派」とされる。近年、新派に比して旧派に注目する展覧会が少ないなか、本展では、秀畝を通して新しい視点で旧派の画家たちの活動にスポットを当てることも目的としている。
編年でたどる内容は、行方不明も多い彼の作品を可能な限り調査し、再確認された9作品が揃う。いずれも時代を代表する力作で、過去にない規模だ。
官展出品という特性や、皇族・華族の御殿や屋敷を飾る絵画が求められた時代性から、秀畝の作品は大画面、絢爛さが特筆される。屏風や板戸、大額絵など、迫力の展示空間からは、徹底した写生に基づく描写に、新派が求めた空気を感じさせる表現なども取り入れ、自身の画を追求した画家の姿が浮かび上がる。初公開の写生帖も、花鳥画にとどまらず人物や市井の風景、西洋画の模写など、幅広い興味と研鑽の跡を感じさせて興味深い。さらに畳の上で、ガラス越しではなく筆致や彩色を確認できる展示コーナーが設けられているのも嬉しい。
「僕は旧派でも新派でもない」という一文を残した秀畝。激動の近代、日本画壇の両派の熾烈な主導権争いのなかで、純粋に表現を追求した画家の、古くて新しい画境を感じたい。
池上秀畝 《竹林に鷺図》 大正2年(1913)伊那市常圓寺蔵
ガラスを通さず、畳に上がり、屏風が置かれる本来の環境で鑑賞できる。後期は、やはり伊那市常圓寺蔵の《桐に鳳凰図》(大正12年[1923])に展示替えされる
池上秀畝 《牡丹に孔雀・芭蕉図》 制作年不詳、《桃に青鸞・松に白鷹図》 昭和3年(1928)ともにオーストラリア大使館蔵
通期で展示される旧蜂須賀侯爵邸の杉戸絵は、表裏ともにみられる。 ガラスに隔たれていないのも嬉しい
会場では、こうした花鳥のみごとな写生にとどまらず、多彩な画題を写生に収めているのをみることができる
左:池上秀畝 《翠禽紅珠》 昭和4年(1929)伊那市常圓寺蔵
右:池上秀畝 《秋日和》 昭和9年(1934)京都大学人文科学研究所蔵、《秋日和 大下図》 昭和9年(1934)長野県立美術館蔵
左は第10回帝展に出品され、かつては目黒雅叙園の創設者・細川力蔵の所蔵であったという。右は第15回帝展に出品され、鏑木清方が絶賛したという一作。近年までは秀畝作と意識されず長らく京都大学の構内に掛けられていたそうだ。下図と揃ってみられる貴重な機会
池上秀畝 《飛蝶》 昭和12年(1937)飯山陸送株式会社蔵
今回新発見の作品。かつて目黒雅叙園を飾る欄間だったという。雅叙園では現在も「秀畝の間」や「静水の間」の天井絵がみられる
池上秀畝 《神風》 昭和19年(1944)靖国神社蔵
最晩年の一作は、戦時下の戦勝祈願のために、元寇をモチーフに描かれた。抑制された色が猛威を振るう波の迫力を増す表現は、秀畝のひとつの到達点といえよう
展覧会概要
「生誕150年 池上秀畝―高精細画人―」
会場:練馬区立美術館
会期:2024年3月16日(土)~4月21日(日)※4月2日より展示替え
時間:10:00-18:00 (入館は閉館の30分前まで)
料金:一般1,000円/高校・大学生と65~74歳800円/
中学生以下と75歳以上は無料(要証明書)
公式サイト: htpps://www.neribun.or.jp/museum.html