Bunkamuraに流れるフランスの文化を辿る今回の特集。第2回は、Bunkamuraル・シネマとフランス映画の関係性について、シネマ運営室シニアアドバイザーの中村由紀子氏と上映プログラムの編成を行うメンバーのひとりであるマネージャーの浅倉奏氏、そしてル・シネマのトークショーに登壇経験もある映画批評家の須藤健太郎氏に、鼎談形式で語ってもらった。3人の言葉から、ル・シネマのこれまでと、これからの姿が浮かび上がってくる。
間口の広い映画館を目指して
須藤 僕は1980年生まれで地方出身なので、開館当時のBunkamuraル・シネマのことを知っているわけではないんです。99年に大学進学で横浜に来て、最初にル・シネマで見たのはたぶん『ロゼッタ』(監督:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ)だったと思います。ただ、今回これまでの上映作品のリストを見て気付いたのは、自分がここで何を見たかを挙げていっても、自分にとってのル・シネマは見えてこないということ。90年代の特集上映の企画の立て方やそのラインナップを見ていると、自分は当時立ち会うことはできなかったけど、ル・シネマによって培われてきた映画文化の土壌があったことがよくわかります。そういう土壌があったからこそ、自分のような映画好きが育ってきたわけですよね。たとえば、94年、96年、98年と3回にわたって展開された「パリの横顔 Vol.1〜3」という特集が好例ですね。パンフレットも充実していて、巻頭には映画評論家の山田宏一さんと秦早穂子さんの対談がある。自分はまさにこの延長線上にいるんだな、と。

浅倉 当時のラインナップやパンフレットなどを見てみると、本当にその通りです。
中村 これからお話ししようと思っていたことを先におっしゃっていただきました(笑)。では、ル・シネマの成り立ちについて振り返ってみます。Bunkamuraは日本の大型複合文化施設の先駆けですが、ル・シネマは計画段階では「映像ホール」といった感じでした。それ以前から東急グループは映画館の運営もしていて、たとえば、まちだ東急ル・シネマ(2000年7月閉館)という映画館をご存じですか?
須藤 いえ、いま初めて聞きました。
中村 そこはいわゆるアート系の映画館ではなく、街に根付いた場所でありたいという考えの映画館だったそうです。そして渋谷のBunkamuraに新たにオープンする映画館も、そのテイストを受け継いでル・シネマという名称を継承したと聞いています。開館した1989年はミニシアターが活況で、渋谷はミニシアターの街と言われ、その中でル・シネマは後発でした。それぞれ独自の路線があり、どのようにして他と被らない、Bunkamuraにふさわしい映画館になれるのか、議論を続けました。そうした中で、ヨーロッパの作品に特化し、結果的にフランス映画の上映が増えていったんです。
須藤 ミニシアターは各自の個性を打ち出していますからね。
中村 ええ、名だたる作家路線のところもあれば、尖っていておしゃれな路線もある中で、わたしたちはどうすればいいかと考えました。そこで作家性を際立たせるような作品ラインナップよりも、観客に開かれた多様な作品選びを意識しました。ただ、ル・シネマといえばフランス映画という印象を強くお持ちの方々は多くいらっしゃる。開業から2000年代にかけて大ヒットした『カミーユ・クローデル』『髪結いの亭主』『インドシナ』『ポネット』などの作品がフランス映画だったこともありますし、画家のピエール=オーギュスト・ルノワールと、彼の息子で映画監督のジャン・ルノワールに焦点を当てた『ルノワール+ルノワール展』がBunkamuraザ・ミュージアムで開催された時、ル・シネマでは『ジャン・ルノワール 映画の世界 ルノワール 父子の系譜』という特集上映を組みました。同じ建物内の施設で展覧会が鑑賞できて映画も見られる。こうした印象もお客さまに強く残って、ル・シネマといえばフランス映画といったイメージなのかもしれません。
須藤 映画館と美術館の連携自体、ここBunkamuraでしかできませんよね。大森さわこさんの『ミニシアター再訪〈リヴィジテッド〉 都市と映画の物語 1980-2023』(アルテスパブリッシング)の中村さんへのインタビューでは、ル・シネマは女性の観客を意識していたと話されていましたが……。
中村 そうですね。ザ・ミュージアムが女性芸術家の作品展をテーマの一つにしていたこともあり、結果的にそうなっていったんです。開館3作目に上映した『カミーユ・クローデル』(監督:ブリュノ・ニュイッテン)が大ヒットし、通常では考えられませんが、朝からお客さまが押し寄せ、それも当時は映画館に多くの女性が足を運ぶこと自体がまだ頻繁ではなかった中で、90%近くが女性でした。女性の彫刻家の人生を辿る伝記映画で、この作品への反応から、多くの女性に見てほしい映画を意識し始めましたね。つまり、作家性に寄った作品を紹介しつつ、お客さまの感情や感動につながるタイプの作品も見ていただきたい、女性たちにも受け止めていただきたいと考えるようになったんです。

カンヌを通して世界の映画と出会った
浅倉 時代の流れを感じ取りながら、お客さまと一緒に方向性を探ってきたということでしょうか?
中村 正直に申し上げて、そうですね。双方のニーズを探りながら、その時代に届けたい作品を意識していました。そして、しばらくヨーロッパ路線を続けてきましたが、中国などアジアの国々の映画に目を向けるきっかけとなったのが、『さらば、わが愛/覇王別姫』(監督:陳凱歌)です。本作は当時あった配給会社ヘラルド・エースが購入されており、カンヌ映画祭でワールド・プレミアされました。須藤さんはカンヌに行かれたことはありますか?
須藤 いえ、ないんですよ。

中村 カンヌ映画祭は、作品が誕生する場であり、作家を育てていく場所だと思っています。映画に携わる人たちが、世界中から集ってくる。ですから、フランスの映画祭ではありますが、カンヌを通して世界に目を向けているということに気づいたんです。わたしもカンヌに映画人として育てられたという気持ちがありますね。


浅倉 90年代や2000年代当初、ル・シネマはフランスやヨーロッパの映画や文化を切り口に上映を続けてきましたが、さまざまな出会いがあり、プログラムの傾向を一定に固めてきたつもりはなかった、ということですね。最近の作品でいうと、山中瑶子監督の『ナミビアの砂漠』や団塚唯我監督の『見はらし世代』は、わたしもカンヌ映画祭で見て感銘を受け、ぜひ当館で上映したいと思いました。ちなみにもともと「洋画作品のみを上映する」といった方針があったわけではないのですが、2021年に上映した濱口竜介監督の『偶然と想像』が、ル・シネマにとってはじめての邦画作品となりました。
須藤 僕も上映リストを眺める中で、そのことを知って驚きました。
いろいろな出会いの場であってほしい
浅倉 変化を恐れてはならない、と思います。伝統を大切にしつつも変わることを恐れない。そういった姿勢を、たとえばヌーヴェル・ヴァーグの作品のようなフランスの映画、文化から学びました。Bunkamuraの休館に伴い2023年6月に移転したBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下は、私たちもお客様と一緒にいろいろな世界と出会っていけるような場でありたいという思いがあり、上映作品をプログラムしています。ここ数年は、特に若手作家の作品も積極的に上映しようと意識しています。
須藤 ル・シネマ 渋谷宮下が特集「マギー・チャン レトロスペクティブ」から始まったのは面白いですね。一見、若い観客に向けた特集という感じはしないんです。『花様年華』(監督:ウォン・カーウァイ、主演:マギー・チャン、トニー・レオン)は僕も公開時にル・シネマで見ましたが、マギー・チャンのファン層はいまの若い人というより、もっと上の世代ですよね。ただ、ウォン・カーウァイはいまだに若い層に人気がある。これまでのル・シネマのお客さんと新しい世代の両方に訴えかけるという意味でも、旧ル・シネマと新ル・シネマをつなぐという意味でも、蝶番のような企画になっているように見えます。

中村 この特集を企画した同僚は、『冬時間のパリ』の宣伝で2019年に来日したオリヴィエ・アサイヤス監督と会食をご一緒した際の私と監督の会話が着想源だと言っていました。
私が「マギー・チャンのような素晴らしい女優が俳優活動から退いてしまったのがとても残念だ」とお伝えしたところ、アサイヤス監督も「僕も心から同感です」と答えて、その私たちの惜しむ表情が忘れられず、いつか本格的な回顧上映を……と思ったそうです。
マギー・チャンはアサイヤス監督の『イルマ・ヴェップ』や『クリーン』などアジア映画に限らず国際的に活躍していたので、幅広い作品を組めることも魅力でした。
往年のファンに喜んでいただけることはもちろん視野に入れていましたが、若い世代の方にも改めて彼女と出会い直してほしいという思いもあり、特集を決めました。
最近は女性の映画人にも新たなスポットが当たる時代だと思いますので。

浅倉 冒頭で『ロゼッタ』の話が出ましたが、3月27日からル・シネマ 渋谷宮下で公開するダルデンヌ兄弟監督の新作『そして彼女たちは』は去年カンヌで見た作品で、お客さまに出会ってほしいなと強く思った映画です。本作は3月19日~22日の会期で開催される「第33回フランス映画祭 2026」のクロージング作品として当館で上映、監督の登壇も予定しています。同映画祭は、これまでル・シネマに来てくださったお客さまが、ふたたびフランスのカルチャーに浸れる絶好の機会になると思います。こんなふうに、ル・シネマは、常にいろいろな出会いの場であってほしいと考えています。
須藤 映画を家で見る環境がどんどん整ってきていて、劇場まで足を運ばない映画ファンも増えています。僕は普段大学で教えているのですが、若い世代にどうやって映画に関心を持ってもらうか、試行錯誤の日々です。劇場で上映中の作品を紹介しても、なかなか見に行ってくれなかったりする。でも、そういうことをきっかけに映画の面白さに気付く学生が、たまにではあってもやっぱりいるんですよね。映画館という場所が、そういう出会いや発見を可能にしているんだと思います。
須藤健太郎(すどう・けんたろう)
映画批評家。学習院大学文学部フランス語圏文化学科准教授。著書に『評伝ジャン・ユスターシュ』(共和国、2019)、『作家主義以後』(フィルムアート社、2023)、訳書にニコル・ブルネーズ『映画の前衛とは何か』(現代思潮新社、2012)、『エリー・フォール映画論集 1920–1937』(ソリレス書店、2018)、ニコル・ブルネーズ『ジャン゠リュック・ゴダール——思考するイメージ、行動するイメージ』(共訳、フィルムアート社、2025)、監修にカイエ・デュ・シネマ編集部編、奥村昭夫訳『作家主義[新装改訂版]』(フィルムアート社、2022)など。
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下では、下記のフランス関連プログラムを今後予定しています。
詳しくはBunkamura公式HPをご覧ください。
3月19日〜3月22日開催
第33回フランス映画祭 2026
※『そして彼女たちは』クロージング作品、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督来日予定
3月27日公開
『そして彼女たちは』 監督:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
4月24日公開
『サムライ 4Kレストア』監督:ジャン=ピエール・メルヴィル
